生命理工学系 News
生命理工学院では、OECD(経済協力開発機構)の科学・技術・イノベーション局(STI)を中心としたインターンシップの推薦・支援を行っており、生命理工学院の大学院生を研修生として送り出しています。
以下は、生命理工学院の支援を受けてOECDインターンシップに参加した学生による体験報告です。
パリに本部を置くOECD(経済協力開発機構)の科学技術・イノベーション局(Directorate for Science, Technology, and Innovation; STI)にて、半年間インターンシップを経験させていただきました山田美喜と申します。幼少期から国際機関に対する漠然とした憧れを抱いていたものの、なかなか直接的な関わりを持つことは難しく、報道やインターネット上での表面的な情報に触れるにとどまっていました。そのような中、生命理工学院のプログラムを知り、このような機会は二度とないと思い、応募するに至りました。
日々の業務では、主にOECDから出すレポートの作成に従事しました。OECDの中核的な役割の一つが、特定のテーマについてエビデンスに基づく政策提言を取りまとめ、レポートとして刊行することです。
最初に取り組んだのは、ホライズンスキャニングと呼ばれる将来起こり得る大きな変化の兆しを、早期から捉えて新しい社会課題、規制ニーズを見出し、政策立案に反映させるというものです。STI局として、このレポートでは新興技術に焦点を当て、各国政府がホライズンスキャニングをどのように政策に活かし、どのような体制を整えるべきかを整理しています。大学の研究では科学技術が社会にどのような波及効果をもたらすのか深く考えることはありませんが、執筆を進める中で、近年のAIや量子技術といった新興技術が国家の技術主権ひいては安全保障に大きな影響を与えていることを知り、大きな学びになりました。先日、このレポート “Building capacity in technology horizon scanning: A guide for policymakers” (2026) が公開されましたので、興味のある方は是非ご覧ください。
(リンク:https://www.oecd.org/en/publications/building-capacity-in-technology-horizon-scanning_b4f0d383-en.html
)
二つ目のレポートは、量子技術の戦略的インテリジェンスに関するものでした。私の役割は、学術論文や科学技術予測レポートをレビューし、医療分野、交通分野、エネルギー分野など各セクターにおける量子技術の潜在的な影響を整理し分析することでした。例えば、医療分野では、量子コンピューティングが大規模な分子シミュレーションを通じて創薬プロセスを加速し得る技術として論じられていました。また、臨床試験デザインの最適化、病院資源の配分、疫学モデリングなど、医療システム全体のマネジメントにおいて量子技術が貢献しうる可能性も指摘されていました。一方で、量子通信や量子コンピューティングの発展は、サイバーセキュリティの観点で新たな懸念を生み出しています。特に、電子カルテの保護に使われている既存の暗号システムが将来的に脆弱化する懸念が指摘されており、耐量子暗号への移行に向けた備えについても多くの議論がありました。
これらのレポート作成業務に加えて、さまざまな会合やイベントに参加する機会もありました。10月末にはパリで開催されたiGEM 2025に参加しました。前任の萩本さんが携わっていた合成生物学とAIの融合に関するレポートが公開されたのに合わせて、OECDがモデレーターを務めるパネルディスカッションが行われました。このパネルでは、アカデミア、欧州理事会などの政府関係者、そして産業界からはAnthropic社の方が登壇し、これらの技術融合がもたらす機会やリスクについて議論が交わされました。Anthropicのパネリストが、たとえ研究現場において完全な自動化が技術的に可能となったとしても、最終的には人間による監督の必要性を強調していたことが印象に残っています。
さらに、年に二回開催されるOECDの部署ごとの会合にも参加することができました。科学技術政策委員会 (Committee for Scientific and Technological Policy) では、各国代表に対して直近の活動状況を報告し、フィードバックを得ます。各国の関心分野や優先事項に基づいて、OECD内部の予算配分も調整されるため、OECD側から議論の流れを間近に見ることは興味深いものでした。OECDのConference Centreでは連日のようにさまざまな議題についての会議が開催されているので、関心のあるものには積極的に参加していました。こうした会議を通じて特に印象的だったことは、加盟国の代表が一堂に会し、OECDが作成したレポートに対してコメントを出す場では、それぞれの発言が各国の外交上の立場や利害関係を色濃く反映しているという点です。このインターンシップに参加する以前は、OECDのような国際機関を、世界中の専門家が独立してグローバルな優先課題を解決する中立的な場、あたかも“global government”に近い存在として想像していました。しかし、国際機関とは“international organization”、すなわち国家と国家から構成される組織であることに気づかされました。
半年間のインターンシップを終えても、まだまだ分からないことばかりでしたが、“Better policies for better lives”というOECDのモットーの下、より良い社会を実現したいという強い意志を共有する同世代のインターン生に出会えたことは大きな財産となりました。インターンシップ期間中は一緒にパリ市内外に出かけたり、インターンシップを終えてからも、日本に遊びに来てくれたりするなど交流が続いています。
また、省庁から出向してOECDに勤務されている日本人職員の方々にも大変お世話になりました。業務のことはもちろん、プライベートに関することまで、私の拙い質問にも丁寧に答えてくださりました。インターンシップの中盤には、レポート執筆作業が続いたこともあり、「これほど長い文章を書き続けることにどの程度の意味があるのか」「日本政府にとってこのレポートはどのような価値を持つのか」と疑問を抱き、率直に質問してしまったこともありました。これに対して、たとえOECDからのレポート自体は法的拘束力を有さなくとも、各国政府が個別には収集しきれない幅広い国家間のデータと分析に基づくものであり、政策形成における重要なベンチマークとして活用されているのだと教えていただきました。
今回のインターンシップを通して、昨今の国際機関が抱える構造的な課題について認識が深まったことも貴重な学びとなりました。一般に、OECDの加盟国は”like-minded countries”とされ、より多様なメンバーを有する他の国際機関に比べれば、合意形成は容易だと想像されがちです。しかし、近年の地政学的な動向を踏まえると、必ずしもそうではありませんでした。さらに、サステナビリティに対する意識の齟齬や国際機関の厳しい財政状況といった課題が山積しています。国際協調そのものが問われている今だからこそ、OECDのような機関が対話を促進し、エビデンスに基づいた政策形成を支える場として、むしろこれまで以上に重要な役割を担っていくのではないかと考えます。
この貴重な経験を、今後のキャリア形成に活かし、将来、再び国際的な環境で働きたいと思っております。
国際機関と聞くと、多くの方ははるか遠い存在のように感じるかもしれません。実際、私自身も右も左も分からないままインターンシップを始めました。当初は、想像していた「多様性に富んだ国際機関」というイメージとは少し異なり、自分がマイノリティであることを強く意識すると同時に、国籍や人種の偏りに戸惑いも覚えました。というのも、OECDの加盟国は他の国際機関とは異なり、その大部分を欧米諸国が占めているからです。アジア・太平洋諸国の加盟国は、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドですが、インターン生では韓国出身の方が圧倒的に多く、日本人はほとんど見られませんでした。OECDにとって日本は主要な拠出国であるにもかかわらず、日本からのインターン生が少ないことにもどかしさも感じました。
半年間を経て、OECDの業務内容を現場で体感できただけでなく、国際機関でキャリアを築いていく具体的なイメージも持つことができました。このプログラムがきっかけとなり、私たちの大学から、ゆくゆくは日本全体からより多くの若者が国際機関でのキャリアに関心を持ち、挑戦するようになることを願っています。
最後になりますが、このような貴重な機会を与えてくださった生命理工学院の皆様に、改めて心より感謝申し上げます。
チーム集合写真
Conference Centreでの会合
インターンシップを終えてからも親睦が続いているインターン仲間たち
インターンシップ最終日にOECDを訪ねてくれた、ヨーロッパ留学中の生命理工学院の同期と