材料系 News
CO₂排出削減につながる低エネルギープロセスとして期待
東京科学大学(Science Tokyo)※ 総合研究院 フロンティア材料研究所の鎌田慶吾教授(材料コース 主担当)らの研究チームは、自然界に豊富に存在する鉄を含む安価で高活性な鉄触媒が、酸素分子のみを酸化剤として、低級アルカン[用語1]から有用なアルコールへと高効率で変換できることを発見しました。
低級アルカンは入手の容易さとコストの低さから、有用化学品の代替原料として注目されています。しかし、不活性なC–H結合をもつアルカンは活性化が難しいため、温和な条件でアルコールなどに直接変換できる酸化触媒の開発が望まれています。一方、アルコールはアルカンよりも容易に酸化されてCO2などへ変換されるため、酸素分子のみを用いて選択的に酸化変換できる安価な触媒が求められています。
これらの背景から、研究チームは低級アルカンであるイソブタンからtert-ブタノール(t-BuOH)[用語2]への酸化変換に対する触媒として、鉄の酸化数を制御したペロブスカイト酸化物[用語3]La1–xSrxFeO3–δの効果を評価しました。その結果、このペロブスカイト酸化物が、酸素分子のみを酸化剤として用いる高活性の触媒として機能することを発見しました。さらに、従来の均一系触媒よりも低い反応温度で、高いアルコール生成能力を示す、安定かつ再利用可能な固体触媒であることも明らかになりました。
本研究成果は、11月1日付の米国化学会専門誌「ACS Applied Materials & Interfacesオンライン版」に掲載されました。
※2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
選択酸化は、アルコールやカルボン酸などの有用な酸化生成物の製造において重要な反応です。特に、C1–C4の低級アルカン類を直接酸化して有用な酸化生成物を合成することは、アルカン原料の入手の容易さや価格の安さの観点から注目されています。しかしそうした反応は難易度が高いことから、工業的に成功した低級アルカンの気相酸化プロセスは3例のみに限られます。
一方、低級アルカンの液相酸化プロセスは温和な条件で実施できるため、生成物の選択性向上やCO2排出量低減などの面で優位性を有しています。しかし、分離・再利用が困難な均一系触媒や、活性化された高価な酸化試薬(過酸化水素など)を用いる必要があることなど、さまざまな課題を抱えています。そのため、大気中に無尽蔵に存在する酸素分子を酸化剤に用いることができ、分離回収が容易で再利用可能な固体触媒の開発が求められてきました。
本研究では、低級アルカン酸化に有効な固体触媒を探索するにあたって、自然界に豊富に存在する鉄の酸化数を制御することに着目しました。これまでの研究によって、酸化酵素や金属錯体の活性点として、高原子価の鉄種(Fe4+など)からなる酸素種が効率的に不活性C–H結合を酸化できることが知られています。一方、高原子価の鉄を含んだ金属酸化物は、特異な磁気・電気伝導・熱膨張特性を示すため、エレクトロニクスなどの機能性材料として期待を集めています。研究グループは、このような全く異なる研究の類似点に着目し、鉄イオンの酸化数を制御したペロブスカイト酸化物を触媒として用いることを目指しました。
本研究では、イソブタンをモデル基質として、酸素分子を用いた低級アルカン酸化に有効な固体触媒の探索を行いました。具体的には、鉄イオンの酸化数を制御したペロブスカイト酸化物をナノ粒子[用語4]として合成し、イソブタンの酸化反応に応用しました。酸化生成物として、tert-ブタノール(t-BuOH)、tert-ブチルヒドロペルオキシド(TBHP)、アセトン[用語2]が選択的に得られ、生成物の完全酸化によるCO2の生成はほとんど確認されませんでした。この触媒効果の検討から、酸化物中に含まれる鉄イオンの酸化数が反応活性に重要な役割を果たすことが分かりました。特に、主にFe4+からなるBaFeO3–δ、SrFeO3–δなどが高い触媒活性を示すのに対し、Fe3+からなるFe2O3やLaFeO3などは本反応に不活性でした。
一方で、反応後に回収したBaFeO3–δやSrFeO3–δの再利用を検討したところ、Fe4+の割合が高いために不安定であり、反応後に構造が変化することから、再利用ができませんでした。そこで、Fe3+とFe4+の割合を制御したLa1–xSrxFeO3–δ触媒を検討したところ、高い触媒活性を示しただけでなく再利用も可能であることが分かりました(図2)。特にLa0.8Sr0.2FeO3–δ触媒では、酸素過剰条件において合計収率が55%に達し、これまで報告されている均一系触媒の値(14–21%)よりも高くなりました。
図2. イソブタンの酸化反応における触媒効果。反応条件:触媒(0.1 g)、イソブタン(0.2 MPa、3.2 mmol)、O2(0.25 MPa)、PhCF3(2 mL)、110℃、24 h。
従来の触媒では高い反応温度(~130℃)やO2圧力(~3.5 MPa)、ラジカル開始剤などの添加剤の使用が必要でしたが、本触媒系では60℃という温和な条件でも反応が進行しました。また、イソブタンだけでなく、より反応性の低いn-ブタンの酸化反応も進行しました。これまでに酸素のみを用いて、イソブタンをtert-ブタノールに酸化できる再利用可能な固体触媒の報告例はなく、本研究で開発した触媒は初めての例になります。
この触媒の反応機構を検討したところ、ペロブスカイト酸化物中のFe4+–O種がC-H結合のラジカル的活性化に重要な役割を果たしていることが明らかになりました(図3)。また、La1–xSrxFeO3–δのSr量依存性より、触媒の酸化特性と中間体TBHPの分解特性には、Fe4+とFe3+が混在する状態が有効であることが分かりました。
図3. イソブタンの酸化反応における推定反応機構(左)。La1–xSrxFeO3–δの触媒活性(80℃でのイソブタン酸化)、酸化力(昇温水素還元測定から見積もった値)、TBHPの分解活性のSr量依存性(右)。
2050年カーボンニュートラルの実現に向け、有用な化学品合成において、従来の出発原料である石油に代わる、CO2排出量の低減・削減につながる多様な炭素資源(天然ガス、バイオマスなど)からの新たな合成ルートの開発が重要となります。低級アルカン類は、資源・価格面からそうした新たな化学品原料として注目されていますが、安定なC–H結合の活性化と選択的変換に課題があり、今なお燃料としての利用が主流です。本研究では、資源豊富な鉄イオンの酸化数を制御したペロブスカイト酸化物が、低級アルカン類の直接酸化変換に有効な固体触媒として機能することが明らかになりました。これにより、低級アルカンの用途を燃料から化学品合成原料へと広げられるだけでなく、温和な条件での直接変換によってCO2排出量を低減できると期待されます。
従来、ペロブスカイト酸化物触媒は、排ガス浄化などの気相反応への応用に限られていましたが、今後は多様な炭素資源からの有用化学品合成という新たな触媒応用が進むと考えられます。また、独自の構造制御・多元素化技術を用いたペロブスカイト酸化物ナノ触媒を開発することで、より反応性の低いC–H結合をもつ低級アルカン類の直接酸化変換が可能となり、CO2排出量削減につながる触媒プロセスを実現できます。
本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号24H00393)、JST A-STEP(課題番号JPMJTR20TG)、JST CREST(課題番号JPMJCR22O1)、文部科学省 国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトの支援のもと実施されました。
[用語1] 低級アルカン:一般式
CnH2n+2で表される飽和炭化水素であるアルカンの中でも炭素数が少ないもの。具体的には、メタン、エタン、プロパン、ブタン(n-ブタンとイソブタンの2種類)などがある。
[用語2] tert-ブタノール(t-BuOH)、tert-ブチルヒドロペルオキシド(TBHP)、アセトン:イソブタン酸化で得られる有機化合物。特に、本研究で注目しているt-BuOHは、フェノールのアルキル化剤、バイオディーゼル添加剤、イソブチレンの原料として有用であり、プロピレンオキシド製造時の併産あるいはイソブチレンの水和反応により合成される。
[用語3] ペロブスカイト酸化物:一般的にABO3という組成式をもつ遷移金属酸化物などの結晶。元素の構成により物理・化学的性質を制御できるため、圧電体、強誘電体、磁性体、超伝導体、触媒などの分野で広く研究されている。
[用語4] ナノ粒子:ナノメートル(100万分の1ミリメートル)の大きさを有する粒子。
掲載誌: | ACS Applied Materials & Interfaces |
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論文タイトル: | La1–xSrxFeO3–δ Perovskite Oxide Nanoparticles for Low-Temperature Aerobic Oxidation of Isobutane to tert-Butyl Alcohol |
著者: |
Masanao Yamamoto, Takeshi Aihara, Keiju Wachi, Michikazu Hara, Keigo Kamata* *corresponding author |
DOI: | 10.1021/acsami.4c15585 |