材料系 News
東京工業大学 物質理工学院 材料系の野口紘長大学院生(研究当時)、早水裕平准教授(材料コース 主担当)、および弘前大学大学院 理工学研究科の関貴一助教(研究当時:東京工業大学 物質理工学院 材料系 博士後期課程)らは、ペプチド[用語1]の自己組織化[用語2]を利用して、半導体ナノシートである「二硫化モリブデン[用語3]」の表面を分子修飾することで、高感度なナノシート・バイオセンサーの開発に成功した。
二硫化モリブデンは、モリブデンと硫黄原子からなるシート状の層状物質で、1層のナノシートの厚さは5 Å(0.5ナノメートル)程度と非常に薄い構造となっている。また、二硫化モリブデンは半導体特性を有しており、現在バイオセンサーの新材料として考えられているグラフェンを超える、高感度なバイオセンサーになると注目されている。しかし、バイオセンサー用ナノシートの表面には生体分子と結合するための表面修飾を施す必要があり、既存の化学的な分子結合や物理的な吸着などの修飾法では、二硫化モリブデン本来の電子物性を損なってしまうことが問題だった。
本研究では、二硫化モリブデンの表面で規則正しい構造を自己組織的に形成するペプチドを新たに設計し、簡便に二硫化モリブデンの表面に分子修飾を行った。これを用いたナノシート・センサーの特性解析結果から、ペプチドはナノシートの本来の半導体特性を維持したまま電子移動度を低減させることなく表面修飾に成功していることが分かった。加えて、二硫化モリブデンの光物性もペプチドによって制御できることを証明し、バイオセンサーの実証実験では、1 fM(フェムト・モラー)[用語4]の低濃度タンパク質を高感度で検出することにも成功した。
本研究で設計した自己組織化ペプチドにより修飾された二硫化モリブデンの半導体ナノシートは、今後、多様なバイオセンシングにおいて可能性の幅を広げることに貢献するものと期待される。
この研究成果は「ACS Applied Materials and Interfaces」のオンライン版にて、現地時間2023年3月9日に掲載された。
ナノ材料を用いたバイオセンサーは、高感度で、しかも小型化が可能なため環境モニタリングや医療診断など、さまざまな場所や用途での利用が期待されている。これらのセンサーの電気的な検出機構としては、トランジスタ構造[用語5]を用いた標的分子の電気的検出法が一般的である。トランジスタを用いたバイオセンサーの感度を向上させるために、センサーの検出部分には、比表面積が大きいSiナノワイヤーやカーボンナノチューブなどのナノ材料が用いられることが多い。最近では、グラフェンや二硫化モリブデン(MoS2) に代表される2次元(2D)ナノ材料を用いたバイオセンサーが、さまざまな標的分子に対して高い感度を示している[参考文献1]。グラフェンが半金属であるのに対し、MoS2は半導体の性質を持つ2次元材料の新しい仲間であり、原理的にはグラフェンのバイオセンサーよりも高い感度でバイオセンシングを行うことが可能である。
標的分子に対して選択的な感度をもったMoS2バイオセンサーを実現するためには、センサー表面に特定の分子を固定化する必要がある。これまでの分子固定化方法は、大きく分けて、(1)共有結合でMoS2表面に分子を固定化する方法と(2)物理吸着を用いてランダムに表面吸着をさせる方法が用いられてきた。(1)の方法は、強固に分子を固定化できる反面、MoS2の原子構造を変化させるため、その電子特性を損なう問題がある。また(2)の方法は、容易に分子を固定化できるのに対して、固定化した分子が無作為に吸着するため、分子の配向を制御し分子の活性をどのように維持するかが課題として残されてきた。
上記の問題に対する解決手段として、自己組織化ペプチドを分子足場として、バイオプローブをナノ材料に非共有結合で固定化する方法が考えられる。近年、グラファイト、グラフェン、MoS2などの表面に、自発的に単分子厚の薄膜を形成するペプチドが報告されている[参考文献2]。最近、早水准教授らのグループでは、トランジスタ型のグラフェンバイオセンサーの表面にペプチドを修飾することにより、匂い分子の選択的な検出に成功していた[参考文献1]。これらのペプチドをMoS2表面でも活用することによって、MoS2の電子特性を活かしたバイオセンサーが促進されることが期待できる。そこで課題となるのは、MoS2表面に安定的に薄膜構造を形成するペプチドの設計、そして、それらのペプチドがMoS2の電子状態に与える影響である。これらを定量的に評価し、ペプチドがMoS2バイオセンサーの分子修飾方法として有効であることを検証する必要がある。
本研究では、MoS2を機能化するペプチドとして、表1に示す異なる電荷を持つ3種類のペプチドを設計し、単層MoS2の電気化学的電界効果トランジスタを利用してペプチドとMoS2の電気的相互作用を確認した。設計したペプチドは、グリシン(G)およびアラニン(A)の繰り返し、アミノ酸配列とチロシンを両端に含む分子足場ドメインを有する。この足場ドメインは、分子間水素結合によってβシート構造を形成し、グラファイトやMoS2表面上の分子膜を安定化させることが報告されている[参考文献3]。本研究では、この分子足場配列の両端に電荷をもつアミノ酸:グルタミン酸(負電荷)、アルギニン(正電荷)、グルタミン(中性)を付加し、それぞれ3つのペプチド(EY5、RY5、QY5)を設計し、実験に用いた。
原子間力顕微鏡(AFM)により、これらの自己組織化ペプチドはMoS2上で高い被覆率と6回対称性を持つ高度に配向したナノ構造を示したことが分かった。また、ペプチド構造の厚さは1 nm程度であり、MoS2の表面で単分子膜を自己組織的に形成することも分かった。
次に、MoS2の電気伝導特性がペプチドから受ける影響を評価するために、電気化学トランジスタ構造を形成し、電気伝導度を評価した(図2、図3)。電気化学トランジスタの電気的測定の結果から、3種類すべてのペプチドにおいてトランジスタの閾値電圧やゲート電圧応答曲線の傾きにほとんど変化が見られなかった。これは、MoS2表面自己で組織化したペプチドがトランジスタ特性に影響を与えず、MoS2固有の電子特性を維持したままバイオセンシング用の分子足場として機能することを示している。
前述のように、単層のMoS2は光励起下で強い発光を示す。ペプチド自己組織化前後の単層MoS2の発光を評価したところ、ペプチドによって発光強度が増減することが分かった(図4)。正の電荷をもつRY5は発光強度が増加した。一方で電荷中性のQY5ペプチドは発光強度が減少した。これは、ペプチド配列中の荷電アミノ酸がMoS2と相互作用していること示唆する。
ペプチドにビオチン分子を化学的に結合したビオチン化ペプチド(Bio-Y5Y)をバイオプローブとして導入した。ビオチン分子は、ストレプトアビジンと呼ばれるタンパク質に強く結合することが知られている。ビオチン化ペプチド(Bio-Y5Y)と足場ペプチド(QY5)の混合溶液を表面に滴下し共自己組織化させることにより、MoS2バイオセンサーを作製した。これに極低濃度(fM)のストレプトアビジン水溶液を滴下し、電気伝導の変化からタンパク質の検出を行ったところ、トランジスタ閾値の変化を観測することに成功した(図5)。これによって検出できたストレプトアビジンの最小濃度は1 fMであった。この高感度は、配列されたビオチンプローブが効率的にストレプトアビジンを認識していることに加えて、自己組織化したペプチドの厚みが非常に薄いためにMoS2バイオセンサーへのシグナル伝達が高効率化されたことから実現できたと考えられる。
ナノ材料を用いたバイオセンサーの研究は、近年の社会情勢の要求を受けて、より高感度な健康モニタリングや環境測定を可能にする技術として大きな期待が寄せられている。グラフェンを用いたバイオセンサーの開発は、過去10年間で大きな進展を見せた。近年では、さらなる高感度化や機能化を目指して他の2次元ナノ材料を使用したセンサーの開発が世界的に発展を見せている。本研究は、2次元ナノ材料の中で最もセンシング応用に期待が持たれている二硫化モリブデンをバイオセンサーとして高機能化するための、新たな表面分子修飾法として自己組織化ペプチドを実証した。二硫化モリブデンの特性を最大限に活かして、高い感度の電気的なバイオセンシングを実現したことにより、グラフェンに加えてナノ材料を用いたバイオセンサーの応用の幅を広げることが期待できる。特に、ペプチドはアミノ酸配列の設計により多様な特性を付与できることから、二硫化モリブデンの電気特性や発光特性を利用したセンシングにおいて多様な機能を発現することが期待できる。
ペプチドはアミノ酸配列の設計が可能で取り扱いが簡便なことから、MoS2バイオセンサーの実用化に大きく貢献すると期待される。化学合成によって多種多様な機能を付与したペプチドを生成できるため、電気測定だけでなく光を用いたセンサーにも応用ができる点でグラフェンにない応用展開が期待できる。将来的には、電気と光を組み合わせたセンシング機構を構築し、センシング対象を多次元的に分析することが可能になり、ナノ材料界面の特性を利用したこれまでにないセンサーの開発が期待される。
本研究は科学研究費助成事業5706012、16H05973、20H02564の支援を受けて実施された。
[用語1] ペプチド : アミノ酸がペプチド結合によって短い鎖状に連なった分子。一般にアミノ酸の数が50未満のものをペプチド、50以上のものをタンパク質と呼ぶ。
[用語2] 自己組織化 : 分子や原子などの物質が、秩序を持つ大きな構造を自発的に作り出す現象。
[用語3] 二硫化モリブデン : 化学記号でMoS2と表され、1個のモリブデン原子が2個の硫黄原子により上下からサンドイッチされたサブナノメートルレベルの薄いナノシート構造を形成する化合物。
[用語4] fM(フェムト・モラー) : フェムトは10-15を示すので、1 fMは溶液1リットル当たりに含まれる分子の物質量が10-15モルであることを意味する。すなわち1 cc当たり60万個強の分子が含まれる濃度である。
[用語5] トランジスタ構造 : 3つの電極からなる。ゲート電極からMoS2に電界を印可することで、MoS2の電気伝導度を制御する。電気伝導度は、MoS2の両端にある2つの電極に流れる電流から計測できる。
[1] Homma, Chishu, et al. "Designable peptides on graphene field-effect transistors for selective detection of odor molecules." Biosensors and Bioelectronics 224 (2023): 115047.
DOI: 10.1016/j.bios.2022.115047
[2] Hayamizu, Yuhei, et al. "Bioelectronic interfaces by spontaneously organized peptides on 2D atomic single layer materials." Scientific reports 6.1 (2016): 1-9.
DOI: 10.1038/srep33778
[3] Li, Peiying, et al. "Fibroin-like peptides self-assembling on two-dimensional materials as a molecular scaffold for potential biosensing." ACS applied materials & interfaces 11.23 (2019): 20670-20677.
DOI: 10.1021/acsami.9b0407
掲載誌 : | ACS Applied Materials & Interfaces |
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論文タイトル : | Self-assembled GA-Repeated Peptides as a Biomolecular Scaffold for Biosensing with MoS2 Electrochemical Transistors |
著者 : | Hironaga Noguchi, Yoshiki Nakamura, Sayaka Tezuka, Takakazu Seki*, Kazuki Yatsu, Takuma Narimatsu, Yasuaki Nakata, and Yuhei Hayamizu* |
DOI : | 10.1021/acsami.2c23227 |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 材料系
准教授 早水裕平
Email hayamizu.y.aa@m.titech.ac.jp
弘前大学大学院 理工学研究科
助教 関貴一
Email tseki@hirosaki-u.ac.jp
※5月24日 9:20 関連リンク先に研究室紹介動画を追加しました。