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抗ウイルス材料CuxO/TiO2による新型コロナウイルス(変異株)の不活化およびそのメカニズム解明に成功

暗所でも大きな効果、室内照明の照射で更に性能向上

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2022.05.10

要点

  • 酸化銅と酸化チタンからなる抗ウイルス材料(CuxO/TiO2)が新型コロナウイルスの変異株(アルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株)を不活化。
  • 暗所でもウイルス量が検出限界値未満まで減少(不活化)。白色蛍光灯の照射で更に抗ウイルス性能が向上。
  • 新型コロナウイルスを抗ウイルス材料に接触させることで、スパイクタンパク質とRNAの損傷を確認。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の山口晃助教(エネルギーコース 主担当)、宮内雅浩教授(エネルギーコース 主担当)、奈良県立医科大学 微生物感染症学講座の中野竜一准教授、矢野寿一教授、神奈川県立産業技術総合研究所の砂田香矢乃研究員、永井武主任研究員、石黒斉サブリーダーの研究グループは、酸化銅と酸化チタンの複合体からなる抗ウイルス材料(CuxO/TiO2[用語1])が、デルタ株などの新型コロナウイルス変異株も不活化することを実証した。この抗ウイルス材料に新型コロナウイルスの変異株を接触させると、暗所でも3時間以内、白色蛍光灯下では2時間以内でウイルスを検出限界値未満まで不活化させることができた。したがって、本抗ウイルス材料は、室内環境で照明がオン・オフされる環境でも持続的な抗ウイルス効果を発揮することが期待できる。また、抗ウイルス機構を解析した結果、暗所でも新型コロナウイルスのスパイクタンパク質[用語2]RNA[用語3]が損傷し、白色蛍光灯の照射によって更にこれらの損傷が進むことがわかった。新型コロナウイルスがヒトに感染する際には欠かせない要素・機能であるスパイクタンパク質やRNAを損傷させられるため、本抗ウイルス材料は、今後出現の恐れがある様々な変異株にも有効であると考えられる。

研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」(オープンアクセス)オンライン版に4月14日付で掲載された。

背景

新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として、アルコールなどの液体による清拭作業がおこなわれているが、これらの作業には手間と時間がかかっていた。また、アルコールなどの液体は蒸発することから、これらの作業を補足するためにも固体状で抗ウイルス効果が持続し、なおかつ部材へのコーティングや複合化が可能な材料の開発が期待されていた。東京工業大学及び神奈川県立産業技術総合研究所は東京大学と共同で国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」(PL:橋本和仁教授(現JST理事長)、期間:2007~2012年度)において、高い抗ウイルス効果を発揮するCuxO/TiO2の開発に成功していた。今回、この抗ウイルス材料が新型コロナウイルスの変異株(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ株)も不活化することを実証し、さらに、その抗ウイルス機構を明らかにした。CuxO/TiO2は、ウイルスがヒトに感染する際には欠かせない要素・機能であるスパイクタンパク質およびRNAを損傷させることができるため、今後、出現の恐れがある様々な変異株にも有効であることが期待される。

研究成果

本研究グループが開発した酸化銅/酸化チタン複合材料(CuxO/TiO2)の透過型電子顕微鏡像を図1に示す。TiO2粒子の表面に、大きさが数ナノメートルのCuxOが分散して担持されている様子が確認できた。CuxOには1価と2価の銅が混合状態で存在し、1価は暗所での抗ウイルス効果、2価は可視光で光触媒反応を起こす起源として作用する。可視光を吸収する材料ではあるが、目視ではその色は白色に近く、透明なコーティングへの応用も期待できる。

図1. CuxO/TiO2の透過型電子顕微鏡像(図中の矢印の部分がCuxOナノ粒子)

図1. CuxO/TiO2の透過型電子顕微鏡像(図中の矢印の部分がCuxOナノ粒子)

抗ウイルス性能の評価方法を図2に示す。CuxO/TiO2をコートしたガラスおよびコートしないガラス(コントロール)の表面にウイルス懸濁液を滴下した。乾燥を防ぐための透明なフィルムをのせて容器内に入れ、暗所下、または、白色蛍光灯照射下(紫外線カット、1,000ルクス)で所定時間経過後、ウイルス液を回収した。回収した液を希釈して宿主細胞へ接種し、寒天培地を加えて培養した。培養後、色素で染色してウイルスによる感染で破壊された宿主細胞の数をカウントした。

図2 抗ウイルス性能評価方法の模式図(JIS R 1756, ISO 21702を参考にして評価した)

図2. 抗ウイルス性能評価方法の模式図(JIS R 1756, ISO 21702を参考にして評価した)

図3に新型コロナウイルス(デルタ株)の感染価[用語4]の時間変化を示す。比較試料となるガラス基材では、暗所および白色蛍光灯照射下でもウイルス量は大きく減少しない。一方、CuxO/TiO2にデルタ株の新型コロナウイルスを接触させたところ、暗所でも1時間で2桁のウイルス量の減少(99 %の減少)、白色蛍光灯の照射では3.5桁(99.97 %)減少した。ウイルスの検出限界値は4桁以上の減少(99.99 %の減少)に相当するが、暗所では3時間、白色蛍光灯の照射では2時間以内で検出限界値未満の量までウイルスを不活化することができた。ここで用いた光源は紫外線をカットした白色蛍光灯で、照度は日常空間でも得られる1,000ルクスとした。図3の①、②の写真は、図2の評価方法における色素染色後の様子である。CuxO/TiO2に接触させた場合、新型コロナウイルスが不活化している様子が確認できた。

図3. 新型コロナウイルス(デルタ株)の不活化試験結果。CuxO/TiO2はガラス基材にコートした。白色蛍光灯は紫外線カットフィルムを介し、照度1,000ルクスで照射。写真はウイルス感染価の評価結果の一例を示す。

  1. 図3. 新型コロナウイルス(デルタ株)の不活化試験結果。CuxO/TiO2はガラス基材にコートした。白色蛍光灯は紫外線カットフィルムを介し、照度1,000ルクスで照射。写真はウイルス感染価の評価結果の一例を示す。

次に、別の変異株(アルファ株、ベータ株、ガンマ株)の試験結果を図4に示す。この結果、CuxO/TiO2はアルファ株、ベータ株、ガンマ株に対しても、白色蛍光灯の照射2時間でウイルス量を検出限界値未満まで不活化させることができた。

図4. 新型コロナウイルス(アルファ株、ベータ株、ガンマ株)の不活化試験結果。青は初期のウイルス量で、赤は白色蛍光灯を2時間照射した後のウイルス量。光照射は図3と同様に白色蛍光灯を用いた。

  1. 図4. 新型コロナウイルス(アルファ株、ベータ株、ガンマ株)の不活化試験結果。青は初期のウイルス量で、赤は白色蛍光灯を2時間照射した後のウイルス量。光照射は図3と同様に白色蛍光灯を用いた。

新型コロナウイルスがヒトの細胞と接触した際、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質がヒトの細胞表面にある受容体(ACE2)と結合して感染が進むことが知られている。そこで、本抗ウイルス材料によるスパイクタンパク質の損傷特性を、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)[用語5]によって定量評価し、結果を図5に示す。この結果、CuxO/TiO2は暗所でもスパイクタンパク質が減少し、白色蛍光灯の照射によって更にその損傷能力が向上することがわかった。別のタンパク質評価試験、すなわち、ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を用いた試験でも、CuxO/TiO2によってスパイクタンパク質が消失していることが確認できた。

図5. スパイクタンパク質(S1)の変性試験結果。CuxO/TiO2はガラス基材にコートした。光照射条件は図3、図4と同様。

  1. 図5. スパイクタンパク質(S1)の変性試験結果。CuxO/TiO2はガラス基材にコートした。光照射条件は図3、図4と同様。

次に、新型コロナウイルスのRNAの変化について、定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法(RT-qPCR法)[用語6]で解析した結果を図6に示す。この結果、CuxO/TiO2は暗所でもRNAを減少させることができた。また、白色蛍光灯を照射した場合、2段階のRNAの減少傾向がみられた。1段階目(0~4時間)は暗所でのRNAの減少と同様に、CuxOの強い変性作用によってRNAの断片化がもたらされたと考えられる。2段階目(4~8時間)では、光触媒による酸化分解反応が進んで更にRNAの断片化が促進される。すなわち、白色蛍光灯を照射することで、TiO2とCuxOの間で電子の界面電荷移動遷移[用語7]が起こり、酸化チタン上に強い酸化力が生じることで、RNAの分解が更に進むと考えられる。

図6. RNAの変性試験(RNAの断片化試験)の結果。CuxO/TiO2はガラス基材にコートした。光照射条件は図3~5と同様。

  1. 図6. RNAの変性試験(RNAの断片化試験)の結果。CuxO/TiO2はガラス基材にコートした。光照射条件は図3~5と同様。

CuxO/TiO2の抗ウイルス機構を図7に示す。CuxOにより、暗所においてもスパイクタンパク質とRNAが損傷される。この時点でウイルスの感染力は無くなり、図3の結果で示した通り、3時間の接触でウイルスの検出限界値未満まで不活化することができる。更に、白色蛍光灯の照射下では光触媒反応によって、スパイクタンパク質とRNAの酸化分解が促進され、抗ウイルス性能が向上する。

図7. CuxO/TiO2の抗ウイルス機構

図7. CuxO/TiO2の抗ウイルス機構

CuxO/TiO2は酸化物であるために化学的に安定で、比較的資源豊富な元素で構成されている。また、抗ウイルス材料を身のまわりの製品や部材に応用するにあたって、ヒトに対して有害でないことが求められる。本研究では、毒性試験の1つであるAmes試験[用語8]をCuxO/TiO2抗ウイルス材料に対しておこなったところ、その毒性のリスクは極めて低いことがわかった。

今後の展開

ウイルスの感染は人が集まる場所でのリスクが高いが、本抗ウイルス材料は、照明がオン・オフとなる室内環境でも持続的に抗ウイルス効果を発揮することができる。今回、新型コロナウイルスの様々な変異株を不活化できたことから、今後、病院、空港、学校、飲食店など、多くの人が集まる施設等における飛沫の付着や人が触れる場所に対して、持続的な抗ウイルス効果を付与できることが期待される。

  • 用語説明

[用語1] CuxO/TiO2 : 酸化銅と二酸化チタンの複合体で、CuxOのナノ粒子がTiO2の表面に担持されている。CuxOのxは、1<x<2の範囲をとり、銅の1価と2価の混合状態で存在する。

[用語2] スパイクタンパク質 : 新型コロナウイルスの表面にあるタンパク質で、ヒトの細胞表面にある受容体(ACE2)と結合して感染を起こす。

[用語3] RNA : リボ核酸のことで、ウイルスの中に存在し、遺伝情報が含まれている。

[用語4] 感染価 : 感染力のあるウイルスの数。

[用語5] 酵素結合免疫吸着検定法(ELISA) : 特定のタンパク質を検出・定量するための、抗原抗体反応を利用した分析方法。

[用語6] 定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-qPCR)法 : ウイルスのRNAの検出と定量をおこなう方法。

[用語7] 界面電荷移動遷移 : 酸化チタンの価電子帯から酸化銅の伝導帯への電子遷移。白色蛍光灯に含まれる可視光によって、この遷移を誘起することができる。

[用語8] Ames試験 : 化学物質がDNAを傷つけて微生物に突然変異を誘起するか否かを調べる試験。

  • 論文情報
掲載誌 : Scientific Reports
論文タイトル : Inactivation of Various Variant Types of SARS-CoV-2 by Indoor-light-sensitive TiO2-based Photocatalyst
著者 : Ryuichi Nakano, Akira Yamaguchi, Kayano Sunada, Takeshi Nagai, Akiyo Nakano, Yuki Suzuki, Hisakazu Yano, Hitoshi Ishiguro, and Masahiro Miyauchi
DOI : 10.1038/s41598-022-09402-7別窓
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お問い合わせ先

東京工業大学 物質理工学院 材料系

教授 宮内雅浩

E-mail : mmiyauchi@ceram.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2527 / Fax : 03-5734-3368

奈良県立医科大学 微生物感染症学講座

准教授 中野竜一

E-mail : rnakano@naramed-u.ac.jp
Tel : 0744-29-8839 / Fax : 0744-29-8839

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