材料系 News
高い電気伝導度と低い熱伝導率を両立
東京工業大学 物質理工学院 材料系のホ・シンイ大学院生(博士後期課程3年)、科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授(材料コース 主担当)、神谷利夫教授(材料コース 主担当)、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、セレン化スズ(SnSe)の多結晶体に、テルル(Te)を添加して焼成するだけの簡便なプロセスで、熱を電気エネルギーに変換する熱電変換[用語1]の効率ZT[用語2]を30倍に向上させることに成功した。
熱電変換材料の高性能化には、低い熱伝導率[用語3]と、高い電気伝導度や高い熱起電力を両立させる必要がある。高性能な熱電変換材料として期待されているSnSeの実用化に向けて、多結晶体のZTを向上させる研究が盛んに進められているが、熱伝導率の低下には複雑な製造プロセスが必要だった。
本研究ではSnSe多結晶体に対し、Se2–と同価数のTe2–を添加して固溶体[用語4]を作製するだけで、高い電気伝導度と低い熱伝導率を両立できることを発見し、量子計算によりその仕組みも解明した。SnSe結晶のSeがサイズの大きいTeで置換され、結合力の弱いSn—Te結合が形成。Teとの結合が切れて、Snが自然放出することにより、電気伝導を担う正孔[用語5]が生成された結果、電気伝導度が10倍に向上することや、弱いSn—Te結合が熱の伝搬を阻害して熱伝導率を3分の1に低減できることが分かった。本成果は低炭素社会に向けた熱電変換材料の大幅な性能向上指針となることが期待される。
研究成果は「Advanced Science(アドバンスド サイエンス)」誌オンライン版に速報として3月8日付(現地時間)で掲載された。
近年、先進国で消費されるエネルギーのうち約6割が、未利用のまま廃熱として環境中に捨てられており、そのほとんどは300℃以下の低温熱である。このような多量に存在する微小な熱エネルギーを無駄なく回収して有効活用できれば、省エネルギー、ひいては地球温暖化の抑制、低炭素社会の実現に向けた大きな効果が見込める。その手段として、熱を電力に変換する熱電変換技術が期待を集めている。
熱電変換では、熱電変換材料の両端に温度差を与え、熱起電力となる電位差(=電圧)を材料内に発生させることで、熱を電気に直接変換する(図1)。熱から電気への変換効率は、材料における電流の流れやすさ(=電気伝導度)、ゼーベック係数で表される熱起電力の大きさ、熱伝導率の3点に依存し、性能指数ZT(=[電気伝導度]×[ゼーベック係数]2 ×[温度]/[熱伝導率])によって表される。
つまり、熱電変換の効率を高めるには、「熱伝導率が低い(できるだけ熱エネルギーを逃がさない)」性質と、「電気伝導度と熱起電力が高い(小さな温度差からも大きな電気出力を得られる)」性質を兼ね備えた熱電材料の開発が必要であると言える。
今回着目したセレン化スズ(SnSe)は、高性能な熱電材料候補として大きな期待が寄せられており、実用化に向けて、SnSeの多結晶体において、電気伝導度を向上させ、熱伝導率を低くし、ZTを向上させる研究が盛んに進められている。その手段として、これまでは、異なる価数を持つイオンを添加して電気伝導度を増加させる方法と、不純物を析出させて熱伝導率を下げる方法が検討されてきた。
例えば、SnSe多結晶体にナトリウムなどのアルカリ金属を数%添加することで、電気伝導のキャリアを担う正孔の濃度を増加させ、電気伝導度を向上させることができる。さらに、ここに不純物を添加して析出させることによって、熱伝導率も下げることができる。これらの方法を組み合わせることにより、SnSe多結晶体において、高いZTを実現することが可能になるが、高温で揮発しやすいアルカリ金属を添加する、意図したとおりに不純物を析出させて熱伝導率を下げるといった複雑な作製工程を必要とするという課題があり、より簡便な手法が求められていた。
今回、片瀬准教授らの研究グループは、セレン化スズ(SnSe)の多結晶体に価数の異なるイオンと不純物を添加するという従来の方法ではなく、セレン(Se)と同価数のテルル(Te)イオンを添加するという新たなアプローチを取った。
最初に、SnSe多結晶体に対してSnTeを添加して、熱処理することで固相反応[用語6]させた。Seの位置をTeが置換するように組成を調整した、固溶体としてのSn(Se1-xTex)多結晶体を合成した。
次に、SnSe 多結晶体へのTeの添加量xに対して、Sn(Se1-xTex)多結晶体の電気伝導度σがどのように変化するかを測定した。その結果、xを0.5まで増やすことにより、室温のσが最大で4桁程度増加したことが確認できた(図2(a))。また、正孔の濃度を測定したところ、Te添加量の増加に伴い、正孔濃度が増加するために(図2(b))、σが大きく向上したことが分かった。
さらに、大型放射光施設SPring-8のX線光電子分光[用語7]を用いて、SnSe結晶中のSeとTeの荷電状態を調べたところ、Se2–とTe2–の状態で存在していることが確認された。半導体のキャリア濃度を増やすためには、通常、異なる価数のイオンを添加する。それに対し、本研究で試みたようにSnSeのSe2–位置にTe2–イオンを置換するなど同価数のイオンを添加することで大幅にキャリア濃度が増加するのは珍しい現象である。
続いて、高い電気伝導度を実現したSn(Se0.6Te0.4)多結晶体について、熱電変換性能を調べた。
図3(a,b)は、電気伝導度とゼーベック係数の積である出力因子(=1℃の温度差から得られる電気出力)と熱伝導率の温度変化について、SnSe多結晶体と比較したものである。SnSeにTeを添加することでσが大幅に上がることによって全温度領域で出力因子が大きく向上し、それと同時に、熱伝導率が大幅に減少しているのが分かる。温度300℃におけるSn(Se0.6Te0.4)とSnSeの出力因子、熱伝導率をそれぞれ比較すると、出力因子は10倍に向上し、熱伝導率は3分の1に低減。その結果、Sn(Se0.6Te0.4)の無次元性能指数ZTは0.62に到達し、SnSeに比べてZTが30倍に増加していた(図3(c))。このことから、SnSe にTeを添加することで、高い電気伝導度と低い熱伝導率を同時に実現することができ、ZTを大きく向上させられることが分かった。
最後に、SnSeにTeを添加することで高い電気伝導度と低い熱伝導率が両立されるメカニズムについて、第一原理量子計算[用語8]による解明を試みた。図4左に示すように、
Sn(Se1-xTex)は、SnイオンとSe・Teイオンが結合した構造から成っている。Seイオンよりも、Teイオンの大きさが非常に大きい(Se:1.98オングストローム、Te:2.21オングストローム)ため、SnSe結晶中にSn—Seよりも結合距離の長いSn—Te結合が形成される。このSn—Te結合は結合力が弱く、結合が切れることでSnが抜けやすくなり、Snが抜けた欠陥によって正孔(h+)が生成される。そしてTeの添加量が増えるとSnの欠損量が増える。そこで正孔の濃度が増加し、電気伝導度が向上したと考えられる(図4左)。
また、SnSeは、SnとSeが互いに振動することにより、熱が伝搬する(図4右)。Sn(Se1-xTex)結晶中に形成されるSn—Te結合の結合力が弱いため、振動数(振動のエネルギーに等しい)が小さくなる、つまり、熱の伝達エネルギーが小さくなる。そのため、SnSeにTeを添加すると、熱伝導率が減少することが明らかになった。
本研究では、イオン半径の大きいテルル(Te)イオンをセレン化スズ(SnSe)多結晶体に添加することで、高い電気伝導度と低い熱伝導率を両立させることに成功し、熱電変換効率を大きく向上させた。また、サイズの大きいイオンを添加するという単純なプロセスによってSnSe熱電材料の性能を向上させられることが明らかになるとともに、そのメカニズムも併せて解明された。これらの成果は、廃熱利用のボリュームゾーンになる300℃以下の低温熱を効率よく電気に変える熱電変換材料の開発に向けた、新しい指針になると期待される。
[用語1] 熱電変換 : 電気を通す金属などの導体や半導体の一部に熱エネルギーを加え、温度差を与えることによって電圧を発生させ、そこから電気エネルギーを取り出す技術。
[用語2] ZT : 熱電変換材料の性能指数であり、熱を電気に変換する効率を示す指標。このZTが高いほど、熱電変換効率が高くなる。
[用語3] 熱伝導率 : 物質の一端に熱エネルギーを与えた際に、どれだけの熱が物質中を移動するのかという、熱の伝わりやすさを示す指標。物質中の原子やイオンは互いに結合しており、熱を与えると激しく振動する。その振動が隣の原子やイオンに次々と伝わっていくことで熱が伝導する。物質の熱伝導率が高いほど多くの熱を移動させ、熱伝導率が低いほど熱を伝えにくい。熱電変換においては、熱伝導率が低いほど両端で大きな温度差をつけられるため、変換性能が向上する。
[用語4] 固溶体 : 2種以上の異なる化学組成の物質が、全体として均一に混じりあって、単相の化合物を形成した固体。
[用語5] 正孔 : 負の電荷を持つ電子に対して、電子が抜けて正の電荷を持つようになった孔(あな)が正孔であり、電気伝導の担い手(=キャリア)となる。
[用語6] 固相反応 : 化合物の合成法の一種。固体状の原料を粉砕、混合したのち高温で加熱し、固体内で構成元素を移動させて化学反応させることで、所望の化合物を得る手法。
[用語7] X線光電子分光 : X線を用いた光電子分光。光電子分光は試料に光を照射し、光電効果によって放出される電子のエネルギーを測定することで、物質の電子状態や化学結合を調べる手法。
[用語8] 第一原理量子計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。この手法を用いると、物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーを計算でき、結晶や分子の構造や安定性なども予測可能になる。
この成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(JPMXP0112101001)により助成されたものである。
掲載誌 : | Advanced Science(アドバンスド サイエンス) |
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論文タイトル : | Degenerated hole doping and ultra-low lattice thermal conductivity in polycrystalline SnSe by nonequilibrium isovalent Te substitution (和訳:非平衡な等原子価Te置換により実現されるSnSe多結晶体の縮退正孔ドーピングと超低格子熱伝導率) |
著者 : |
Xinyi He1, Haoyun Zhang1, Takumi Nose1, Takayoshi Katase1,*, Terumasa Tadano2, Keisuke Ide1, Shigenori Ueda2, Hidenori Hiramatsu1,3, Hideo Hosono3, and Toshio Kamiya1,3,* (ホ・シンイ1、ジャン・ハオユン1、野瀬拓海1、片瀬貴義1,*、只野央将2、井手啓介1、上田茂典2、平松秀典1,3、細野秀雄3、神谷利夫1,3,*) |
所属 : |
1 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 2 物質・材料研究機構 3 東京工業大学 元素戦略研究センター |
DOI : | 10.1002/advs.202105958 |