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使い勝手のよい生分解性プラスチックの実用化に向けて
東京工業大学 物質理工学院材料系の柘植丈治准教授(ライフエンジニアリングコース 主担当)と古舘祥大学院生(研究当時)らは理化学研究所、東京農業大学、米国アイダホ大学の研究者と共同で、微生物ポリエステル[用語1]で知られるポリ(3-ヒドロキシブタン酸、P(3HB) )のα炭素[用語2]がメチル化[用語3]されたポリ(3-ヒドロキシ-2-メチルブタン酸、P(3H2MB))の生合成法を開発した。この方法で生合成したP(3H2MB)の融点[用語4]は微生物ポリエステルの中で最も高い197℃を示し、核形成密度が高く、等温結晶化における半結晶化時間[用語5]が高温領域においても非常に短いことを発見した。
微生物ポリエステルは土壌や河川のみならず、海洋環境においても生分解性を示すバイオプラスチック[用語6]として知られ、難分解性プラスチックに起因するマイクロプラスチック問題[用語7]の解決に資する材料として期待が高まっている。一方で既存の微生物ポリエステルは熱安定性が低く、緩慢な結晶化挙動を示すため溶融加工性に難点があった。
本研究で生合成法を開発したP(3H2MB)は熱安定性に優れ、速い結晶化挙動を示すため既存の微生物ポリエステルの欠点を解決した材料として利用できる。また3H2MBユニットを主成分とする共重合体[用語8]は、環境中の微生物によって生分解性されることを実験により確認した。このような熱安定性や加工性が向上した使い勝手のよい生分解性プラスチックは従来から汎用されている石油プラスチックの置き換えを可能にすると期待される。
研究成果は2021年4月2日にNature Publishing Group(NPG、ネイチャー・パブリッシング・グループ)発行の「NPG Asia Materials」に公開された。
本研究の鍵となる3-ヒドロキシ-2-メチルブタン酸(3H2MB)ユニットは、活性汚泥[用語9]に生息する微生物によって僅かに生合成されていることが以前から知られていた。しかし、3H2MBを生合成する微生物は同定されておらず、また、3H2MBを重合可能な酵素も単離されていなかった。今回の研究では、進化分子工学[用語10]の手法により基質特異性を改変したポリエステル重合酵素を用い、人工代謝経路を大腸菌内に構築することで、チグリン酸[用語11]を出発原料としてP(3H2MB)を生合成することに成功した。
3つの酵素から構成されており、ポリエステル重合酵素は人工進化により基質認識が広がった改変体を用いた
このようにして生合成したP(3H2MB)を大腸菌の細胞から抽出し、材料の基本的性質について調べ、以下の特性を明らかにした。
他のプラスチックと比較して高温側で短い半結晶化時間を示し、P(3HB)と比較すると、約70℃高温側にシフトしている。
さらに、本ポリマーの生分解性を確認するために、本学すずかけ台キャンパス内の土壌から分解菌の探索を行った。白いポリマー粉末(3H2MBを92モル%含むP(3H2MB-co-3HB)共重合体)を含む寒天培地に、土壌から採取した微生物を生育させ、ポリマーが分解されて生じるクリアゾーンが形成されるかを観察した。その結果、コロニー周辺にクリアゾーンを形成する微生物の存在を確認し、本ポリマーが環境中において生分解性される可能性を示した。
ポリエチレンやポリプロピレンのような汎用プラスチックは、優れた材料物性を有し、我々の身の周りで広く使われている。一方で、これらのプラスチックは難分解性であるが故に、マイクロプラスチックを生じ、環境汚染問題を引き起こしている。このような背景から、生分解性プラスチックの利用が拡大しつつあるが、汎用プラスチックに比べ熱安定性に劣り、加工が難しいなどの問題があり、これらの欠点を解決した使い勝手のよい生分解性プラスチックの開発が求められていた。
柘植准教授らの研究グループでは以前から、材料物性に優れた微生物ポリエステルの構造を探索していた。そして、α炭素がメチル化された3H2MBモノマーの特異な化学構造に着目し、このモノマーを含む共重合体ポリエステルの生合成に取り組んでいた。今回、生産菌株の改良と培養条件の最適化を行うことでP(3H2MB)を単独重合体[用語16]として生合成することに成功した。また、ポリマー収量が向上したことで、熱的および機械的性質を分析できる十分なサンプル量を得ることが可能になり、P(3H2MB)の材料特性を明らかにすることに成功した。
原料として使用したチグリン酸は、植物の種子から得ることができるが、価格が高いため、安価なバイオマス資源である糖質からP(3H2MB)を生産する技術の開発が必要である。また、さらに収量を上げるために、生産菌株の改良や高効率生産法を確立する必要がある。本ポリマーの大量生産が可能になり普及が進めば、マイクロプラスチック汚染解決の一助となるものと期待される。
本研究は、公益財団法人発酵研究所(G-2019-3-013)、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「ゲームチェンジングテクノロジーによる低炭素社会の実現」(JPMJMI17EC)の支援を受けて行われた。
[用語1] 微生物ポリエステル : 一部の細菌が、エネルギーおよび炭素貯蔵物質として細胞内に大量に蓄積する脂肪族ポリエステルで、一般的に優れた生分解性を有する。
[用語2] α炭素 : カルボニル炭素から数えて2位の炭素原子。
[用語3] メチル化 : 化合物中の水素原子などがメチル基に置き換わること。
[用語4] 融点 : 結晶性高分子において結晶領域が融解する温度。
[用語5] 半結晶化時間 : 等温結晶化過程において、結晶化に基づく発熱ピークの面積の半分に到達するまでにかかる時間。半結晶化時間が短いほど結晶化が速い。
[用語6] バイオプラスチック : 微生物によって二酸化炭素と水にまで分解される生分解性プラスチックとバイオマスを原料として生産されるバイオマスプラスチックの総称。
[用語7] マイクロプラスチック問題 : 難分解性プラスチックに由来する回収困難なプラスチック片(マイクロプラスチック)による環境汚染。とくに、海洋環境におけるマイクロプラスチック汚染が深刻化している。
[用語8] 共重合体 : 2種類以上のモノマーから構成されたポリマー。
[用語9] 活性汚泥 : 排水処理において、排水中に含まれる有機物を酸化分解するために使用する好気性微生物群を含む汚泥。
[用語10] 進化分子工学 : 生物の突然変異と淘汰の繰り返しによる進化を、試験管内において実験的に高速で再現し,酵素などの生体分子の機能や性能を改変する手法。
[用語11] チグリン酸 : (E)-2-メチル-2-ブテン酸。カルボキシ基に隣接する位置に炭素二重結合を持つ不飽和カルボン酸で、一部植物の種子にも存在する。
[用語12] (2R,3R)-3H2MB : 2位と3位のキラル炭素がともにR配置である3H2MBユニット。
[用語13] イソタクチック性 : 立体規則性の分類の一つで、すべての側鎖が主鎖骨格の同じ側にあること。
[用語14] ポリマー : 同種の小さい分子(モノマー)が互いに多数結合し、それに相当する構造単位の繰返しによって構成される分子、またはそれからなる物質をポリマー(重合体)という。
[用語15] 核生成密度 : 結晶化過程において、核が生成する密度。
[用語16] 単独重合体 : 単一モノマーから構成されるポリマー。
掲載誌 : | NPG Asia Materials, 13, 31, 2021 |
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論文タイトル : | Superior Thermal Stability and Fast Crystallization Behavior of a Novel, Biodegradable α-Methylated Bacterial Polyester |
著者 : | Sho Furutate, Junichi Kamoi, Christopher T. Nomura, Seiichi Taguchi, Hideki Abe, Takeharu Tsuge |
DOI : | 10.1038/s41427-021-00296-x |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 材料系
准教授 柘植丈治
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