材料系 News
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授(材料コース 主担当)、神谷利夫教授(材料コース 主担当)、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、2次元(2D)構造と3次元(3D)構造を人為的に制御することで、電気抵抗率が3桁スイッチする新材料を開発した。
材料の電子機能は結晶構造の次元性に強く依存する。そのため、結晶構造を人為的に制御できれば、大きな電子構造変化を伴う巨大な電気特性スイッチになると期待できる。しかし、強固で等方的な結合からなる無機結晶では、温度変化により構造の次元性まで大きく変化する例はこれまでなかった。
本研究では、高温固相反応法[用語1]と急冷処理を組み合わせた薄膜合成法により、2D層状構造を持つセレン化スズと3D岩塩型構造を持つセレン化鉛の固溶体を作製し、自然材料では存在しない2D-3D構造の相境界を人工的に形成することに成功した。この固溶体では、温度を変えることによって3D構造から2D構造へ可逆的に転移し、バンドギャップ[用語2]のない金属からギャップが開いた半導体へ変化するために、電気抵抗率が3桁増加することを明らかにした。
本研究成果は、結晶構造や化学結合が異なる無機結晶の固溶体系で、結晶構造を人為的に制御することにより、電気特性が大きくスイッチする新機能材料開発につながると期待される。
研究成果は「Science Advances(サイエンス・アドバンシズ)」誌に3月19日付(現地、米国時間)で掲載された。
材料の電子機能は、元素の組み合わせと結晶構造の次元性に大きく依存する。本研究で着目したセレン化スズ(SnSe)の場合、シリコンと同程度のバンドギャップ1.1 eVを持つ半導体であり、SnSe単分子層が積層した構造を持つ(図1a)。その結晶構造を詳しく見ると、Sn2+が持つ孤立電子対[用語3]が周囲のSeと結合せず、電子反発によって局所的に歪んだ2次元(2D)的な層状構造になっている。一方、この孤立電子対はわずかな構造変化によってSeと共有結合を形成する。実際に、Snよりイオン半径の大きいPbを成分とするセレン化鉛(PbSe)の場合には、Pb2+が孤立電子対を作らず、3次元(3D)的な岩塩型構造が安定であり(図1b)、バンドギャップが狭く(0.3 eV)、SnSeに比べて1桁以上大きなキャリア移動度[用語4]と高い電気伝導度を示す。最近では、PbSeにSnを一部置換した3D構造の (Pb1-xSnx)Seの場合にはさらにバンドギャップが縮小し、x = 0.3でバンドギャップがなくなってトポロジカル電子状態[用語5]になることが知られている。
このように、2次元的なSnSe(2D SnSe)と3次元的なPbSe(3D PbSe)では、構造次元性の違いから電子構造と電気特性が大きく異なる。そこで、2D SnSeと3D PbSeを固溶体化((Pb1-xSnx)Se)させて相境界を形成し、この固溶体に温度変化を与えて2D-3D構造を直接転移させられれば、バンドギャップ(Eg)とキャリア移動度(μ)が大きく変化し、電気抵抗率の巨大な変化やトポロジカル電子状態のスイッチングを示す新材料になると考えられる(図1c)。
図1. (a,b)2D SnSeと3D PbSeの結晶構造。(c)(Pb1-xSnx)Se固溶体において、2D SnSeと3D PbSeが直接接する相境界を形成できれば(左図)、温度変化により2D-3D構造を直接転移させ、バンドギャップ(Eg)とキャリア移動度(μ)を大きく変化させられる(右図)。
これまで報告されていた2D SnSe-3D PbSe系の平衡状態図[用語6](図2左)では、直接接する相境界がなく、中間に混合相領域が存在する。2D SnSeと3D PbSeのように、異なる構造を持つ固溶体は一般的に固溶限[用語7]が小さく、相境界を共有しないため、直接相転移は起こらないという問題があった。
そこで片瀬准教授らの研究グループは、2D SnSe-3D PbSeの相状態図において、温度800℃の高温下であれば3D (Pb1-xSnx)Seがx ≤ 0.5の広い組成で固溶することに着目して、高温相を室温へ凍結させることを考えた。そして実際に、高温固相反応と急冷処理を組み合わせた薄膜成長法によって、3D (Pb1-xSnx)Se固溶体薄膜を作製した(図2右)。まずパルスレーザー堆積法[用語8]により、PbSe膜/SnSe膜の2層構造をMgO基板上に作製し、アルゴン1気圧の石英ガラス管に封入した。この石英ガラス管を高温で30分加熱処理した後に、冷却水に浸漬させることで、高温相である3D (Pb1-xSnx)Se固溶体の構造を室温でも凍結し、安定化させた。これにより、3D (Pb1-xSnx)Se固溶体の固溶限をx = 0.5まで広げることに成功した。
この3D (Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜で電気抵抗率の温度変化を計測した(図3上)。まず、室温から低温に向けて降温したところ、温度170ケルビン(-103℃)付近において、金属的な温度依存性を示す低抵抗状態から高抵抗状態へスイッチし、電気抵抗率が3桁増加することが分かった(図3上の矢印1)。次に、低温から高温に向けて昇温したところ、ヒステリシスを伴って高抵抗状態から低抵抗状態へ戻った(矢印2)。再び降温させても、同様に低抵抗状態から高抵抗状態への転移が見られたことから(矢印3)、電気抵抗率が可逆的に大きく変化することが分かった。こうした抵抗変化の起源を調べるために、キャリア濃度(図3中)とキャリア移動度(図3下)の温度変化を計測したところ、キャリア濃度の変化は小さいが、キャリア移動度が温度170ケルビン付近で3桁減少しており、大きな電子構造変化を反映してキャリア移動度が減少し、電気抵抗率を増加させたと考えられる。
次に(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜のX線回折の温度変化から、3D相と2D相の相分率の温度変化を調べた(図4)。室温では3D相の分率が100%であったのが、極低温では3D相の約80%が2D相へ転移しており、温度変化によって3D構造から2D構造へ変化したことが分かった。一方、低温から高温へ向けて昇温すると、2D構造が3D構造へ戻ることが確認できた。以上のことから、(Pb0.5Sn0.5)Se固溶体薄膜は、バンドギャップのない金属の電子構造を持つ3D構造から、ギャップが開いた半導体の電子構造を持つ2D構造へ転移するために、電気抵抗率が大きく変化したことが明らかになった。
従来の固溶体(混晶)半導体には、主に結晶構造は同じだが、電子構造の異なる半導体材料系を固溶させて、バンドギャップや電気特性を連続的に変調させることで、半導体デバイスを高性能化させてきた歴史がある。一方、本研究で採用したのは、構造次元性が異なる無機結晶系を固溶体化させ、結晶構造を人為的に制御するという、全く新しいアイデアである。本研究では、結晶構造や化学結合が異なる無機結晶の固溶体系で人工的に相転移させられること、またそれにより大きな物性変化が起こることが明らかになった。こうした成果は今後、さまざまな材料系や結晶構造系において、結晶構造の制御によって特性を大きくスイッチさせることができる新機能材料の開発につながると期待される。
この成果は文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>、科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)20K21075 により助成されたものである。
[用語1] 固相反応法 : 高温で加熱し、固体内で構成元素を移動させて化学反応させることで、所望の化合物を得る手法。
[用語2] バンドギャップ : 電子が存在できないエネルギー帯であり、価電子帯上端と伝導帯下端のエネルギー差がバンドギャップのエネルギーと定義される。バンドギャップが広いほど絶縁性が高く、狭いほど電気伝導性が高い。
[用語3] 孤立電子対 : 原子の最外殻の電子対のうち、共有結合に関与していない電子対のこと。孤立電子対の方向には化学結合を形成しないので、層状構造のような低次元構造を作りやすい。
[用語4] キャリア移動度 : 物質中にあるキャリア(電荷担体)が、電場印加時に移動する速度を決める性能指数。キャリア移動度が大きいほど高速で動作する電子デバイスを作製でき、大きな電流を流せる。
[用語5] トポロジカル電子状態 : 物質内部ではバンドギャップが開いている絶縁体であるが、その表面はバンドギャップがない金属状態となっている特殊な物質。通常の金属や半導体、絶縁体とは異なる興味深い種々の物性が現れる。
[用語6] 平衡状態図 : ある組成と温度に対して、平衡状態で安定して存在する相の種類と領域を示した図。
[用語7] 固溶限 : ある化合物の結晶構造の中に他の原子が入り込んでも、元の結晶構造の形を保って混じり合っている状態を固溶(混晶)といい、固溶体として他の元素が入り込める限界を固溶限という。
[用語8] パルスレーザー堆積法 : 紫外パルスレーザーによって蒸発気化させた原料物質を基板上で反応させて、薄膜を成長させる合成法。
掲載誌 : | Science Advances(サイエンス・アドバンシズ) |
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論文タイトル : | Reversible 3D-2D structural phase transition and giant electronic modulation in nonequilibrium alloy semiconductor, lead-tin-selenide(和訳:非平衡Pb-Sn-Se固溶体半導体における可逆的な3次元―2次元構造転移と巨大電気特性変調) |
著者 : | Takayoshi Katase*, Yudai Takahashi, Xinyi He, Terumasa Tadano, Keisuke Ide, Hideto Yoshida, Shiro Kawachi, Junichi Yamaura, Masato Sasase, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono, and Toshio Kamiya* (片瀬 貴義*、高橋雄大、ホー・シンイ、只野央将、井手啓介、吉田秀人、河智史朗、山浦淳一、笹瀬雅人、平松秀典、細野秀雄、神谷利夫*) |
論文番号 : | Science Advances 7, eabf2725 (2021). |
DOI : | 10.1126/sciadv.abf2725 |