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排熱を電気に変える高性能熱電素子実現へ

熱起電力の極性を多段階制御する技術を開発

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2020.12.07

要点

  • 熱電材料で最高の性能指数ZT値をもつセレン化スズ半導体を用いて、これにアンチモンを添加することにより熱起電力の極性をp型からn型、さらにp型へと制御することに成功
  • 極性の多段階反転の発現機構が複数の置換位置スイッチングにより誘起されたことを量子ビーム測定と第一原理量子計算により解明
  • 極性制御が困難な新規半導体材料の極性制御方法の柔軟性を拡大

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の片瀬貴義准教授(材料コース 主担当)、神谷利夫教授(材料コース 主担当)、元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、最も高い熱電変換の性能指数ZT値[用語1]をもつ熱電材料として注目を集めているセレン化スズ(SnSe)半導体にアンチモンを添加することで、熱起電力の極性をp型からn型、さらにp型へと自在に制御することに成功した。

同じ添加物により極性が多段階に変化する材料は極めて珍しい。放射光による構造解析と第一原理量子計算[用語2]により、添加量に応じて、アンチモンの置換位置がスズからセレン位置へと移動するために、SnSeの極性が多段階に反転することを明らかにした。

本研究成果により、SnSeだけによる高品質なp/n接合デバイスの作製が可能になり、排熱を電気に変換する高性能熱電素子の実現が期待される。また、p型やn型に極性を制御することが困難な他の新規半導体でも新しい極性制御方法を開発するアイデアとなることが期待される。

研究成果は「Advanced Functional Materials(アドバンスト・ファンクショナル・マテリアルズ)」誌オンライン版に速報として12月1日付(現地、ドイツ時間)に掲載された。

背景

近年先進国で消費されるエネルギーのうち、約3分の2の排熱が未利用のまま廃熱として環境中に捨てられており、このような排熱エネルギーを電力に変換する技術として熱電変換が期待されている。熱電変換は半導体材料に温度勾配を与えて、両端の電極に電圧(熱起電力)を発生させることで、熱を電気に直接変換することができる。排熱を電気エネルギーとして無駄なく回収できれば、地球温暖化の抑制や省エネルギー化に対して大きな効果が期待される。

実際の熱電変換素子は正と負の熱起電力を発生するp型半導体(キャリア種が正孔)とn型半導体(キャリア種が電子)を接続して作製されている(図1左)。温度差を与えると、高温側でp型半導体は負、n型半導体は正の熱起電力を発生する。そのため、高温側でp型半導体とn型半導体を電気的につなぐと、低温側でp型とn型半導体に接続した電極の間に電圧が発生する。

このようなp型とn型半導体の接合を、図1右のように直列に接続させることで、大きな電圧を発生させることができる。従って、熱電変換素子は正と負の両方で大きな熱起電力を発生させるp型とn型、両方の半導体材料の開発が不可欠である。

今回着目したSnSeは世界最高の熱電変換性能指数ZT値が報告され、精力的な研究開発がおこなわれている。SnSeは絶縁性の高いp型半導体で、ナトリウムなどのアルカリ金属を添加することで、正孔の伝導性を増加させることができ、非常に高いp型熱電性能が実現されている。

しかし、揮発性の高いアルカリ金属を用いるため、高温での利用が難しい問題がある。一方で、SnSeのn型化は非常に困難で、ビスマスやヨウ素の元素を添加してn型化させた報告例があるが、未だ電子濃度制御が難しい問題を抱えており、SnSeだけで高品質のp/n接合を作製できない。このように、SnSe半導体の極性制御は、p、n両型の半導体を用いる高効率熱電変換素子への応用において大きな課題となっていた。

図1. 熱を電気に変換する熱電変換素子の構造

図1. 熱を電気に変換する熱電変換素子の構造

研究成果

片瀬准教授らの研究グループはSnSeがSn2+イオンとSe2-イオンから構成されていること、アンチモン (Sb) が+5価から-3価の電荷をもつ複数のイオン種を形成し、Sb3+、Sb3-イオンの半径がSn2+, Se2-に近いことから、SnSeへSb置換を行うことで極性制御が可能になると予測した。Sbを添加したSnSe試料(Sn1-xSbxSe)を固相反応法[用語3]により合成した。一般的な半導体よりもはるかに高い置換濃度0~8 %の範囲でSb添加濃度(x)を精密に制御したところ、xの増加に伴い、SnSeの熱起電力の極性がp型からn型へ、そして、再びp型へ戻る、多段階極性反転現象を発見した(図2)。

またSbの添加濃度によって1度あたりの温度差で得られる熱起電力(ゼーベック係数)の大きさを制御できることが分かった。これまでも同一種の元素置換によりn型半導体が得られたという報告とp型半導体が得られたという報告が混在する例はあったが、微妙な試料の作製方法の違いによるものではないかという程度の理解しかされていなかった。今回、1種類の元素を添加するだけで熱起電力の大きさをn型とp型の両方で系統的に制御することに成功したことから、この多段階反転現象を発現する新しいドーピング機構が内在すると考えられた。

図2. SnSeのSb添加濃度に対する熱起電力の変化

図2. SnSeのSb添加濃度に対する熱起電力の変化

大型放射光設備SPring-8のX線光電子分光[用語4]によりSnSe結晶中のSbの荷電状態を調べたところ、正に帯電したSb3+と負に帯電したSb3-の両方が存在し、Sbの添加濃度(x)の増加に伴って、Sb3-過剰からSb3+過剰へ変化することが分かった(図3(a))。Sn2+位置を置換するSb3+と、Se2-位置を置換するSb3-が混在し、主要なSb置換位置がSnからSeの位置に自然に移動することが分かった(図3(b,c))。

図3. (a) SnSe結晶中のSb3+とSb3-の存在比、(b) SnとSe位置のSb置換率、(c)第一原理計算により得たSb添加SnSe結晶の安定構造

    図3. (a) SnSe結晶中のSb3+とSb3-の存在比、(b) SnとSe位置のSb置換率、(c)第一原理計算により得たSb添加SnSe結晶の安定構造

Sn1-xSbxSe試料の電気特性・電子構造評価と、第一原理計算による解析から、図4のように多段階極性反転の機構を明らかにした。低Sb濃度(0.005 < x)では、自然に生成するSn欠損の浅いアクセプタ準位[用語5]によってp型伝導を示し、中間のSb濃度(0.005 < x < 0.05)では、Se位置のSb(SbSe)が形成する不純物バンドを電子が伝導することでn型を示し、高Sb濃度(x > 0.05)では、Se位置を置換したSbがアクセプタになりにくくなるため、フェルミ準位[用語6] が不純物バンドを超えて上昇し、p型伝導を示すことを明らかにした。

図4. Sb添加SnSe(Sn1-xSbxSe)における多段階極性反転のメカニズム

図4. Sb添加SnSe(Sn1-xSbxSe)における多段階極性反転のメカニズム

今後の展開

本研究により、SnSe半導体の熱起電力の大きさをn型とp型の両方で自在に制御することに成功した。今後、熱電素子を作製することにより、さらに高効率の熱電変換素子が実現できると期待される。また、1つの材料における複数の置換位置のスイッチングを利用する、半導体の極性制御の柔軟性を大幅に拡大し、さらなる新半導体材料の開発に繋がると期待される。

  • 謝辞

この成果は文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>、科学研究費補助金 基盤研究(B)19H02425 「層状遷移金属化合物の自然量子構造を利用した高性能熱電半導体の創製と網羅的探索」により助成されたものである。

  • 用語説明

[用語1] 性能指数ZT値 : 熱を電気に変換する効率を示す指標。ZT = (ゼーベック係数)2×(電気伝導率)×(絶対温度)÷(熱伝導率)で表される。このZT値が高いほど、熱電変換性能が高くなる。

[用語2] 第一原理量子計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーが得られ、結晶や分子の構造や安定性、欠陥の安定性や濃度などを予測できる。

[用語3] 固相反応法 : 化合物の合成法の1つ。固体状の原料を粉砕、混合したのち、高温で加熱、反応することで所望の化合物を得る手法。

[用語4] X線光電子分光 : 光電子分光は試料に光を照射し、光電効果によって放出される電子のエネルギーを測定することで、物質の電子状態や化学結合を調べる手法。

[用語5] アクセプタ準位 : 正孔を供給する不純物をアクセプタと呼び、アクセプタが形成するエネルギー準位がアクセプタ準位。

[用語6] フェルミ準位 : 物質中の電子がもつ代表的なエネルギー準位。

  • 論文情報
掲載誌 : Advanced Functional Materials(アドバンスト・ファンクショナル・マテリアルズ)
論文タイトル : Double charge polarity switching in Sb‐doped SnSe with switchable substitution sites(和訳:アンチモン置換位置のスイッチングによるセレン化スズの二重極性反転)
著者 : Chihiro Yamamoto, Xinyi He, Takayoshi Katase*, Keisuke Ide, Yosuke Goto, Yoshikazu Mizuguchi, Akane Samizo, Makoto Minohara, Shigenori Ueda, Hidenori Hiramatsu, Hideo Hosono, and Toshio Kamiya*(山本千紘、ホー・シンイ、片瀬貴義*、井手啓介、後藤陽介、水口佳一、三溝朱音、簑原誠人、上田茂典、平松秀典、細野秀雄、神谷利夫*
DOI : 10.1002/adfm.202008092 outer

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 片瀬貴義

E-mail : katase@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5314

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