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超高品質SrRuO3薄膜を用いて『磁性ワイル半金属状態』の存在を実証
日本電信電話株式会社(以下 NTT)は、SrRuO3 [Sr(ストロンチウム)、Ru(ルテニウム)、O(酸素)からなる化合物]の極めて高品質な単結晶薄膜[用語1]を作製し、東京大学(以下 東大)大学院工学系研究科 電気系工学専攻 田中雅明教授らの研究グループと共同で、その低温、磁場下での電気伝導を測定することにより、『磁性ワイル半金属状態[用語2]』と呼ばれるエキゾチックな状態に特有の量子的な電気伝導特性を世界で初めて観測しました。実験に加えて、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のHena Das(ヘナ・ダス)特任准教授(材料コース 主担当)、Sergey Nikolaev(セルゲイ・ニコラエフ)特任助教らの研究グループと共同の理論計算によっても、当該物質中に『磁性ワイル半金属状態』が実現することを実証しました。酸化物中に『磁性ワイル半金属状態』が存在することを理論・実験の両面で示した初めての研究成果です。
SrRuO3は、マイナス120℃程度以下まで冷やすと強磁性[用語3]を示す金属です。一定サイズ(数mm角)以上のバルク単結晶[用語4]の作製は困難なことが知られていますが、素子作製などに必要とされる比較的面積の大きい単結晶薄膜は、酸化物エレクトロニクス[用語5]の分野で広く用いられています。今回作製したSrRuO3薄膜は、NTTが独自に培った高品質な酸化物薄膜作製技術と、機械学習を援用した作製条件の最適化(プロセスインフォマティクス)との組み合わせによって得られたもので、金属薄膜の品質の指標となる残留抵抗比[用語6]の記録を20年ぶりに塗り替える高品質なものです。
本研究により、物質中に『磁性ワイル半金属状態』が実在することがより強固に示されるとともに、そのようなエキゾチックな状態が示す特異で量子的な電気伝導特性やその発現機構に関する基礎科学的な知見が得られました。物質中に『磁性ワイル半金属状態』が存在し得ることの最初の実験的検証[用語7]からわずか3年が経過したばかりの現在、研究は黎明期にあり、成果の応用に関しては、素子の動作原理等に新たな可能性が加えられたという段階ですが、素子用の酸化物材料の研究に新機軸をもたらすとともに、将来的に新原理で動作する量子素子(デバイス)の設計等に資するものと期待されます。
本成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」10月9日号に掲載されました。
近年、物質の量子的な状態の記述にトポロジー(位相幾何学)の概念が本質的な役割を果たすことが判明し、物質が示す性質がトポロジーによって理解されるトポロジカル物質と、その中で発現する特異な状態に関する研究が盛んです。しかし、そのような特異な状態のうち、『磁性ワイル半金属状態』というエキゾチックな状態が示す物性は、理論的予測が大半で、実験的には未解明な点が多く残っていました。『磁性ワイル半金属状態』の観測に関するこれまでの代表的な報告には、2017年のMn3Sn(東大ら)、2019年のCo2MnGa(米国プリンストン大ら[用語8])、Co3SnS2(独国マックスプランク微細構造物理学研究所と中国上海工科大ら[用語9]、イスラエル ワイツマン研究所ら[用語10])等がありましたが、この状態に特有の量子的な電気伝導特性、中でも量子振動現象[用語11]の観測は報告されていませんでした。また、将来的な素子応用を視野に入れた時、単結晶薄膜の作製が容易な汎用性の高い物質で『磁性ワイル半金属状態』を内包する物質の発見と、その探索指針の構築が待たれていました。
NTT物性科学基礎研究所とコミュニケーション科学基礎研究所は、長年にわたり開発・蓄積してきた独自の酸化物合成技術と、機械学習を援用した作製条件の最適化(プロセスインフォマティクス)との組み合わせによって、最高の残留抵抗比を持つ極めて高品質なSrRuO3薄膜の作製に成功しました(図1)。残留抵抗比は84を超え、これはSrRuO3薄膜における残留抵抗比の記録を20年ぶりに塗り替えるものです。
東大と共同で、このような高品質な薄膜試料を用いて、低温、磁場下での電気伝導特性を測定することにより、『磁性ワイル半金属状態』に特徴的な量子的な電気伝導特性を世界で初めて実証しました。この状態に特徴的な伝導特性は、低温かつ高い残留抵抗比をもつ領域(図2)で観測されたことから、試料の品質が本質的に重要であることが分かります。
一般に、物質中に『磁性ワイル半金属状態』が存在した場合、その状態が持つ、(1) 線形な分散関係[用語12]、(2) 時間反転対称性の破れ[用語13]、(3) トポロジカルな性質[用語14]に由来して、5つの特徴的な電気伝導特性が観測されると予想されていました(図3)。本研究では、この5つの特性すべての観測に成功しました。なかでも、試料中での電子の散乱が抑制される超高品質試料でのみ発現する量子振動を観測(図4)できたことは特筆に値します。この量子振動の観測から、磁性ワイル状態を形成する準粒子[用語15](ワイル粒子)が、図3に示した5つの特徴的な電気伝導のうち、②軽いサイクロトロン質量[用語16]と③高い量子移動度[用語17]を持つこと、また、⑤ベリー位相シフト[用語18]を示すことが実証されました。
また、東工大と共同で行った密度汎関数理論[用語19]に基づく計算により、SrRuO3中に磁性ワイル半金属状態が実現することを実証しました。酸化物中に『磁性ワイル半金属状態』が存在することを示した初めての研究成果であり、学理の構築へ貢献するとともに、今後の新物質開発の指針となることが期待されます。
本研究は、酸化物中に『磁性ワイル半金属状態』が実現し得ることを初めて示したのみならず、素子化に必須の単結晶薄膜を試料とした初めての実験でもあります。研究全体が黎明期にあるため、『磁性ワイル半金属状態』に特徴的な性質を利用した素子等の実現にはかなりの年月を要すると予想されますが、このようなトポロジカルに保護された量子状態は、不純物や外界からのノイズに強いという長所があり、将来的に新原理で動作する量子素子(デバイス)の設計等に資するものと期待されます。
ペロブスカイト構造[用語20]と呼ばれる結晶構造(図5a)を持つSrRuO3薄膜を、分子線エピタキシー法[用語21]によって作製しました。高品質な薄膜を作製するには、作製時にSrRuO3を構成するそれぞれの元素の供給量を精密に制御することが重要になります。従来、2,000°C以上の融点を持つRu原子の供給量の精密制御は困難とされていましたが、供給する原子の量を原子からの発光を利用してモニタし、高出力電子線蒸着源の出力にリアルタイムでフィードバックすることにより、Sr原子とともにRu原子の供給量の精密制御に成功しました(図7)。この技術の確立と、機械学習を援用した成膜条件の最適化(プロセスインフォマティクス)の組み合わせにより、原子レベルでSr、Ru、Oが規則的に配列した超高品質なSrRuO3薄膜(図5b)の作製が可能となりました。
放射光施設[用語22]などの利用で可能となる先進的な分光手法を用いて、SrRuO3中で実現した『磁性ワイル半金属状態』に関するさらに詳細な知見を得ることで、学理の構築への貢献をめざします。また、素子化へ向けた検討の一環として、トランジスタの駆動方法の1つであるゲート構造を用いて、ワイル粒子の伝導特性の電気的制御の可否検証などの実験に取り組んでいきます。
[用語1] 単結晶薄膜 : 原子が格子を組んで規則正しく配列している固体を結晶と呼びます。このような結晶化した試料のうち、どの部分においても原子配列が同じで、構造の乱れの少ないものは単結晶と呼ばれます。次に試料の厚みが原子層厚から概ね数十マイクロメートル(1マイクロメートル = 1×10-6 メートル)と薄いものは薄膜(はくまく)と呼ばれます。単結晶薄膜は、それを支える土台となる単結晶(基板と呼ばれます)の上に作製されます。本研究では、厚さ約60ナノメートル(1ナノメートル = 1×10-9 メートル)のSrRuO3薄膜を、SrTiO3の単結晶基板上に作製しました。素子化へ向けた微細加工等を行うためには、物質をナノメートル単位の厚さを持った単結晶薄膜の形で合成することが必要不可欠です。
[用語2] 磁性ワイル半金属状態 : 固体物質中で実現する『ワイル半金属状態』と呼ばれる状態には、磁性とは無関係に発現する『非磁性ワイル半金属状態』と、物質の持つ磁性がその発現に本質的な役割を果たす『磁性ワイル半金属状態』との2種類があります。前者は、2015年に固体の非磁性物質TaAs [Ta(タンタル)、As(ヒ素)からなる化合物]中に実現することが複数の研究グループにより発見されました。後者は、2年遅れて、2017年にMn3Sn [Mn(マンガン)、Sn(スズ)からなる化合物]中で実現することが発見されました(用語説明7を参照)。今回の研究によりSrRuO3中に存在することが実証されたのは、後者の『磁性ワイル半金属状態』です。ワイル半金属状態での電子の振舞いは、ワイル粒子という準粒子の振舞いとして理解されます。この粒子は、1929年にドイツの物理学者ヘルマン ワイルによって予言された質量のない粒子で、長らく高エネルギー物理学(素粒子物理学)の領域で研究されてきましたが、素粒子物理学の実験では存在が確認されていませんでした。近年、固体物質中に実現するエキゾチックな状態(ワイル半金属状態)でこの粒子が存在し得ることが判明し、固体物理学の領域で盛んに研究されるようになりました。
[用語3] 強磁性 : 物質の原子が持つ磁化が整列し、物質全体として大きな磁化を持ち磁石として振る舞う性質のことです(図6a)。
[用語4] バルク単結晶 : 用語説明1の「薄膜」に対し、縦・横・厚みの3つの方向の長さが、概ねミリメートル以上のサイズを持つ単結晶のことです。バルク単結晶は、土台となる基板がなく、「自立」しています。作製可能な単結晶の大きさは、物質によって大きく異なっており、物性研究用の数ミリメートルサイズのものから、Si(シリコン)のように、直径300ミリメートルの大面積ウエハが市販されているものまであります。
[用語5] 酸化物エレクトロニクス : エレクトロニクス(電子工学)は、エレクトロン(電子)の性質や働きを利用して動作する素子や回路等を作製し、所望の機能を実現する科学・技術の総称です。一方、1種類または複数の元素(主に金属元素)が酸素と化合してできる化合物を酸化物と呼びます。酸化物エレクトロニクスは、素子や回路などを作る材料に酸化物を利用して、従来材料ではできなかった機能を実現することを目指す学問・研究分野です。
[用語6] 残留抵抗比 : 物質は、電流の流れやすさによって、金属、半導体、絶縁体などに分類されますが、そのうち金属の結晶品質の指標として用いられるものです。金属の電気抵抗(電流の流れにくさ)は、材料を室温から冷却するにつれ低くなり(即ち、電流が流れやすくなります)、超伝導転移しない限りは、最低温で残留抵抗と呼ばれるある一定の抵抗値になることが一般的です。残留抵抗比は、通常、室温での抵抗と残留抵抗の比で定義されます。金属の場合、この値が大きいほど、残留抵抗が小さい、換言すれば、欠陥や不純物などの抵抗を増加させる要因の少ない、高品質な試料ということができます。
[用語7] 物質中に『磁性ワイル半金属状態』が存在し得ることの最初の実験的検証 : 用語説明2で説明した『磁性ワイル半金属状態』が、物質中で実現することを初めて実験的に示したのは、東京大学物性研究所を中心とするグループで、わずか3年前の2017年のことです(Nature Materials誌 Vol. 16 (2017) 1090)。対象物質は、反強磁性体(図6b)のMn3Sn [Mn(マンガン)、Sn(スズ)からなる化合物]で、図3に示される特徴的な電気伝導特性のうち、④カイラル異常による負の磁気抵抗の観測を報告しています。また、本研究では実施していない、角度分解光電子分光を用いた電子状態の観測にも成功しています。
[用語8] Co2MnGa(米国プリンストン大ら) : 強磁性体(図6a)のCo2MnGa [Co(コバルト)、Mn(マンガン)、Ga(ガリウム)からなる化合物]に対し、角度分解光電子分光法を用いた測定等と理論計算により、『磁性ワイル半金属状態』の存在を示しています(Science誌 Vol. 365 (2019) 1278)。
[用語9] Co3SnS2(独国マックスプランク微細構造物理学研究所と中国上海工科大ら) : 強磁性体(図6a)のCo3SnS2 [Co(コバルト)、Sn(スズ)、S(硫黄)からなる化合物]に対し、角度分解光電子分光法を用いた測定と理論計算により、『磁性ワイル半金属状態』の存在を示しています(Science誌 Vol. 365 (2019) 1282)。
[用語10] Co3SnS2(イスラエル ワイツマン研究所ら) : 用語説明9と同様、強磁性体(図6a)のCo3SnS2を用い、走査トンネル顕微鏡を用いた測定と理論計算により、『磁性ワイル半金属状態』の存在を示しています(Science誌 Vol. 365 (2019) 1286)。
[用語11] 量子振動現象 : 磁場の中に置かれた固体結晶の、電気伝導率をはじめとする物理量が、磁場の強さとともに振動的に変化する現象を量子振動現象と呼び、不純物や欠陥の少ない純良な結晶に対して低温で測定を行うことにより観測される現象です。磁場をかけることにより形成される、量子化された準位(『ランダウ準位』と呼ばれます)が物理量の振動的な変化の起源であることから、量子振動の名がついています。この量子振動現象自体は、『磁性ワイル半金属状態』に固有のものではなく、広く固体一般に観測される現象ですが、『磁性ワイル半金属状態』にあるワイル粒子が示す量子振動現象を観測したのは本研究が初めてです。磁場と温度を系統的に変化させて、電気伝導度を測定することで、図3中に②、③、⑤で示された、サイクロトロン質量、量子移動度、ベリー位相に関する情報を得ることができます。
[用語12] 線形な分散関係 : 量子性をもつ(『粒』としての性質と『波』としての性質を合わせもつ)粒子の、エネルギーEと波数(波長の逆数)kの間の関係を、一般に分散関係と呼びます。例えば、真空中にある自由な電子(質量あり)では、Eはk2に比例し分散関係が放物線状になるのに対し、質量を持たない光子では、Eはkに比例し分散関係は線形(直線状)になります。固体結晶中の電子に対しては、周期的に並んだ原子の影響等で、Eとkの関係は複雑かつ複数の曲線で示される関係(バンド構造と呼ばれます)になりますが、その中には、質量を持たない光子と同様の、線形な分散関係が存在する場合があります。この直線的な分散関係が特定の条件を満たす場合に、ワイル半金属状態といったエキゾチックな状態が固体中で実現します。
[用語13] 時間反転対称性の破れ : 固体や分子をある軸の周りで回転させたり(回転操作)、鏡に映したり(鏡映操作)して、空間座標を規則的に変化させた際に、対称性が保存されるか(元の状態と同じか)否かが、その固体や分子の示す性質の決定に重要な役割を果たす例が多く知られています。これに対し、時間反転とは、空間座標を変えないで、時間座標tの符号を-tとする操作(時間の向きを逆にする操作)のことで、時間反転対称性の破れとは、この時間反転操作によって得られた状態が、元の状態と一致しないことを意味します。例えば、図6aの強磁性状態の模式図中に矢印で示された各原子の磁化が、局所的な電流ループよって生じていると考えると、時間反転操作により電流が逆向きに流れることによって、磁化の向きが反転するため、元の状態とは異なる状態に移ります(この意味で、強磁性体は時間反転操作に対して不変ではなく、時間反転対称性が破れています)。同様に『磁性ワイル半金属状態』でも時間反転対称性が破れています。尚、図3中に時間反転対称性の破れに由来する電気伝導特性として挙げた、『カイラル異常による負の磁気抵抗』とは、印加する磁場を電流と平行にした時に、物質中に流れる電流が最大になる(磁場中の電気抵抗(即ち磁気抵抗)が最小になる)特別な量子力学的な現象のことです。
[用語14] トポロジカルな性質 : トポロジー(位相幾何学)とは、ある形に対して変形を加えても保たれる普遍的な性質を元に、対象物を分類したり、対象物の性質を理解したりする概念です。よく示される例に、半円形の持ち手がついたコーヒーカップ(カップと持ち手の間に穴が1つ)と中心に穴の開いたドーナッツの比較があり、どちらも穴の数が1つで片方から他方へ連続変形できるためトポロジーの観点からは同類となります。トポロジカルな性質とは、物質中に実現した状態が示す性質のうち、トポロジーの概念を用いると良く理解できる性質のことで、『磁性ワイル半金属状態』には、そのような性質が含まれています。
[用語15] 準粒子 : 金属中の電子や結晶中の原子など、実際は非常に多数の粒子の振舞いを、集団としてあたかも1つの粒子の振舞いのように扱える場合があり、そのような粒子を準粒子と呼びます。
[用語16] サイクロトロン質量 : 電子のように電荷をもつ粒子が、磁場の中を運動するとき、ローレンツ力と呼ばれる力を受け、進行方向と磁場の方向の両方に垂直な方向に曲げられます。従って、電子の散乱が十分に抑制される純良結晶に磁場をかけて電流を流すと、電子は円軌道を描きながら電流方向に進行するサイクロトロン運動を行います。真空中に静止した電子の質量は約9.1 x 10-31 kgですが、固体結晶中で運動する電子は、用語説明12で説明した分散関係に従って、あたかも質量が消え失せてしまったかのように振舞ったり、真空中の電子に比し1,000倍も重くなったように振舞ったりすることがあります。このような物質中での電子の振舞いに基づいて決められる質量は、有効質量と呼ばれます。サイクロトロン質量は、サイクロトロン運動を観測することにより決められた有効質量のことです。本研究では、準粒子であるワイル粒子のサイクロトロン質量を測定し、用語説明12で説明した線形な分散関係を反映して、予想通り、極めて軽いサイクロトロン質量を持つことを明らかにしました。
[用語17] 量子移動度 : 主に固体中で、電子のように電荷をもつ粒子に電場をかけた時の移動のしやすさを表す値を、移動度と呼びます。その単位は、cm2/V·sで、印加電圧1 Vあたりの移動距離と1秒あたりの移動距離(速さ)を掛け合わせたものと解釈できます。量子移動度は、用語説明11の量子振動現象の観測により決定された移動度のことです。本研究では、準粒子であるワイル粒子の量子移動度を測定し、予想通り、極めて高い量子移動度を持つことを明らかにしました。
[用語18] ベリー位相シフト : ある量子力学的な状態(波動関数と呼ばれます)を記述するための演算子(ハミルトニアンと呼ばれます)が波数kに依存している場合、時間とともに波数をゆっくりと変化させて元の波数に戻すと、波動関数が、波数の変化のさせ方に依存するベリー位相を獲得します。量子振動の測定では、サイクロトロン運動にともなう波数の変化によって、観測される振動の位相にずれが生じます。このずれをベリー位相シフトと呼んでいます。本研究では、準粒子であるワイル粒子の示す量子振動現象を観測し、予想通り、ベリー位相シフトを示すことを明らかにしました。
[用語19] 密度汎関数理論 : 電子の電荷密度n(r)が空間座標rの関数として正しく与えられれば、物質中の電子の持つエネルギーがn(r)から計算できるという理論のことです。電子の電荷密度n(r)自体が座標rの関数であり、エネルギーはその密度の関数となることから汎関数(関数の関数)の名が冠されています。この理論に基づき、実験データを用いずに電子の振る舞いを決定する基本方程式から、物質の電子状態を予測することが出来ます。
[用語20] ペロブスカイト構造 : 結晶の中では、原子が格子を組んで規則正しく配列しています。代表的な配列の仕方には名前がついており、「ペロブスカイト構造」はその配列の仕方(結晶構造)を表す名称の1つです(図5)。ペロブスカイト構造は、陽イオンを2つ以上含む酸化物に広く見られる結晶構造です。最近では、この構造を持つヨウ化物や塩化物が、次世代太陽電池として盛んに研究されています。
[用語21] 分子線エピタキシー法 : 物質を構成する各元素を超高真空中でビーム状に供給し、土台となる加熱された基板上で反応させることにより、所望の物質の薄膜を作製する手法です(図7)。結晶構造の乱れが少ない高品質な薄膜を得ることができるため、一般的には、素子化などの目的で、高品質薄膜の作製に用いられます。本研究では、この手法と機械学習を援用した成膜条件最適化(プロセスインフォマティクス)を用いて、超高品質なSrRuO3薄膜を作製し、この物質の未知の物性を解明しました。
[用語22] 放射光施設 : リング状の超高真空の通路に極めて高速に加速された電子を走らせ、磁場中でその加速度を変化させた際に放射される紫外線、X線などの光(シンクロトロン放射光)を利用できる実験施設です。様々な波長を持つ光が極めて高い強度で得られるため、目的に応じた波長の光を選択的に取り出し、高感度な分光測定による詳細な物性評価や分析が可能です。このため、材料開発を進める上で非常に重要な施設です。我が国では、Spring-8(播磨)、フォトンファクトリー(つくば)などの施設が広く利用されています。
掲載誌 : | Nature Communications (2020) |
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論文タイトル : | Quantum transport evidence of Weyl fermions in an epitaxial ferromagnetic oxide |
著者 : | Kosuke Takiguchi, Yuki K. Wakabayashi, Hiroshi Irie, Yoshiharu Krockenberger, Takuma Otsuka, Hiroshi Sawada, Sergey A. Nikolaev, Hena Das, Masaaki Tanaka, Yoshitaka Taniyasu, and Hideki Yamamoto td> |
DOI : | 10.1038/s41467-020-18646-8 |