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高電圧処理不要で高い性能を示す圧電体膜の低温作製に成功

高性能の圧力・加速度センサや、振動発電の実現に期待

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2020.10.19

要点

  • 高電圧処理を必要としない圧電体膜の作製に成功
  • 酸化物膜では最高値であり、窒化物膜にも匹敵するセンサ性能定数を達成
  • 力を利用したセンサおよびエナジーハーベスタ(振動発電機)への応用に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の舟窪浩教授(元素戦略研究センター兼任、材料コース 主担当)、舘山明紀大学院生(博士後期課程2年)、伊東良晴博士研究員、工学院 電気電子系の黒澤実准教授と折野裕一郎研究員らの研究グループは、毒性元素の鉛を含まない圧電体であるニオブ酸カリウムナトリウム((K,Na)NbO3)の膜を、水熱法により300℃以下の低温で作製することに成功した。

従来の圧電体では、電気的な破壊のリスクを伴う高電圧処理が不可欠だったが、今回作製した圧電体膜ではこの処理が不要であることが分かった。その見積もったセンサ性能定数(g31[用語1]は、長期間安定して使用できる酸化物膜としては最高値であり、これまで最高性能が報告されている窒化物膜にも迫る値を達成した。この成果により、高電圧処理が不要で特性劣化が少ない、大面積や3次元構造のセンサやエナジーハーベスタ(振動発電機)[用語2]の実現が期待される。

本成果は、東京工業大学のほか、物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点の独立研究者の清水荘雄博士、上智大学の内田寛教授、東北大学 金属材料研究所の今野豊彦教授、木口賢紀准教授、白石貴久博士、大阪府立大学の吉村武准教授の研究グループによるもので、10月6日付(現地時間)で米国物理学会誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

背景

圧電体は、力を加えると電気が発生する性質(正圧電効果)と、電気を加えると力が発生する性質(逆圧電効果)を有する、機械的エネルギーと電気的エネルギーの間の変換材料である。この特性を用いることで、圧力や加速度等のセンサや、身の回りにある振動で発電するエナジーハーベスタ(振動発電機)として広く応用され、実用化に向けた開発も進められている。従来の圧電体では、十分な性能を引き出すために、絶縁体に高電圧を印加する「分極処理」が不可欠である。これは、製造したデバイスに高電圧を加えることで、圧電体内部に存在するプラスとマイナスの方向(分極)を揃える、製造過程の仕上げとなる処理である。しかしこの処理には、高電圧の印加に伴う電気的な破壊(絶縁破壊)が指摘されており、圧電体が大面積になるほど絶縁破壊の数が増えるため、大面積化が求められる発電応用では特に問題とされている。

また振動発電等では、圧電体が大きくたわむほど発電電力が大きくなるため、金属板のようなしなやかな基材上に膜形状で作製することが有利になると考えられている。さらにその膜厚が厚いほど出力電圧が大きくなり整流時の損失を低減できるので、ある程度の厚さがある厚膜が必要とされている。

しかし通常の膜作製法は、600℃以上の高温のプロセスを必要とするため、厚膜の場合には、膜作製後の冷却過程での膜と基材の縮み方の違いから、膜が割れてしまうという大きな問題があった。

研究手法と成果

本研究では、圧電体の1つであるニオブ酸カリウムナトリウムの膜を、高圧鍋を用いる水熱法により、従来の作製温度(600℃以上)よりも低い、240℃で作製することに成功した。

この膜は、作製した段階ですでにプラスとマイナスの方向が揃っているため、従来必要とされた高電圧を加える分極処理が不要であり、絶縁破壊の問題がないことから、大面積化が容易であることが明らかになった。

また、作製温度が低いため、膜厚を最大で22ミクロンにしても膜が割れる現象が観察されず、割れない厚膜が作製可能なことが分かった(図1)。

図1. 作製した膜の表面の光学顕微鏡写真。240℃で作製したままの膜(左)は厚くても割れ(クラック)等がないのに対し、作製後に600℃で熱処理した膜(右)には表面に多くの割れが観察される。

  1. 図1.作製した膜の表面の光学顕微鏡写真。240℃で作製したままの膜(左)は厚くても割れ(クラック)等がないのに対し、作製後に600℃で熱処理した膜(右)には表面に多くの割れが観察される。

また得られた膜の圧電定数(e31,f[用語3]は、ニオブ酸カリウムナトリウムでの従来の報告値とほぼ同じ値が得られ、その値は膜を厚くしても最大22ミクロンまで安定していた(図2)。

図2. 圧電定数(e31,f)の膜厚による変化。240℃で作製したままの膜は、膜厚22ミクロンまで安定した圧電特性が得られる。一方、600℃で熱処理した膜では、割れ(クラック)のせいで、膜厚が7ミクロンで圧電特性が観測されなくなる。

  1. 図2.圧電定数(e31,f)の膜厚による変化。240℃で作製したままの膜は、膜厚22ミクロンまで安定した圧電特性が得られる。一方、600℃で熱処理した膜では、割れ(クラック)のせいで、膜厚が7ミクロンで圧電特性が観測されなくなる。

さらに、作製したままの膜は、比誘電率が低いという特徴がある。今回作製した膜は、高い圧電特性と低い誘電率を同時に有するため、センサの性能を評価するのに広く使われるセンサ性能定数(g31)は、0.073 Vm/Nという高い値を示し、酸化物材料の圧電体での最高値を達成した。さらにこの値は、窒化物材料では世界最高値であるSc置換窒化アルミニウム(AlN)の値に匹敵することが明らかになった(図3)。

図3. 本研究のセンサ性能定数g31とこれまでの報告値の比較

図3. 本研究のセンサ性能定数g31とこれまでの報告値の比較

Sc置換窒化アルミニウムは誘電率が低いため、センサで使用する場合には、ノイズレベルが高く、センサ回路の設計が難しいという問題がある。それに対して、今回作製したニオブ酸カリウムナトリウムはSc置換窒化アルミニウムの10倍程度の誘電率を持つため、そうした問題はほとんどないと考えられる。このことから、本研究では、回路まで含めて考えると、圧電体では実質的に最も高いセンサ性能が得られたと言える。

これらの結果として、水熱法により作製したニオブ酸カリウムナトリウム膜は、分極の向きが自発的に一方向に揃っているだけでなく、センサおよびエナジーハーベスタ(振動発電機)として応用した際の性能が、従来の圧電体よりも非常に高いことが分かった。

期待される波及効果

今回の成果は、以下に述べる波及効果が期待できる。

a) 大面積および複雑形状への設置

従来の圧電体では、高い電圧をかける分極処理が不可欠であったが、絶縁破壊の問題があるため、圧電体の大面積化は不可能であると考えられてきた。そのため、小型の圧電体を多数設置することが検討されてきたが、設置にコストがかかってしまう。

今回の成果により、分極処理が不要になったため、大面積の圧電体を安価に設置することが期待できる。また今回の方法では、複雑な形状の膜の形成も容易なため、従来は設置場所が平面に限られていたが、複雑な3次元的な形状にも適用できる。

b) 自立型センサとしての応用

IoT社会では、あらゆる場所に無数のセンサを設置することで、安全・安心な社会基盤を構築することが期待されている。こうした状況下では、種々の事象を感知するために、あらゆる場所にセンサを設置する必要があるため、"いつでも・どこでも・どのような状況でも"稼働するセンサの実現が不可欠である。これには、従来の給電型センサではなく、自身が発電可能な自立型センサが求められる。

圧電体は、力を利用したセンシングと発電が可能な材料であることから、上記のような社会ニーズに対応するセンサとしての応用が可能である。特に、毒性元素の鉛を含まない、酸化物の圧電体に大きな期待が寄せられてきた。しかし酸化物材料は、圧電性は高いものの、誘電率も高いため、従来は実用化に十分な物性や性能指数が得られていなかった。

本研究では、優れた圧電特性と、世界最高値に匹敵するセンサ性能定数を有した圧電体膜の作製に成功している。この膜は、大面積で複雑な形状での作製も可能であることを考えると、自立型センサとしての応用が大いに期待できる。

  • 用語説明

[用語1] センサ性能定数(g31 : センサ等の特性評価に用いられる値。圧電定数を誘電率で割った値に比例する。

[用語2] エナジーハーベスタ(振動発電機) : 環境(光、振動、熱など)を利用して発電を行うデバイス。本発表では、振動を利用する。様々なデバイスと組み合わせることで、バッテリーを必要としないセンサなどの開発が可能になる。

[用語3] 圧電定数(e31,f : 圧電体膜の評価に用いられる値。

  • 付記

今回の研究の一部は、科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP) 産業ニーズ対応タイプ「セラミックスの高機能化と製造プロセス革新」(課題番号 JPMJTS1616)の一環として行われました。

  • 論文情報
掲載誌 : Applied Physics Letters
論文タイトル : Good piezoelectricity of self-polarized thick epitaxial (K,Na)NbO3 films grown below the Curie temperature (240℃) using a hydrothermal method
著者 : Akinori Tateyama, Yoshiharu Ito, Yoshiko Nakamura, Takao Shimizu, Yuichiro Orino, Minoru Kurosawa, Hiroshi Uchida, Takahisa Shiraishi, Takanori Kiguchi, Toyohiko J. Konno, Takeshi Yoshimura, and Hiroshi Funakubo
DOI : 10.1063/5.0017990別窓
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お問い合わせ先

研究に関すること(全般)

東京工業大学 物質理工学院/元素戦略研究センター

教授 舟窪浩

E-mail : funakubo.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5446

東京工業大学 工学院 電気電子系

准教授 黒澤実

E-mail : mkur@ee.e.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5598

上智大学 理工学部 物質生命理工学科

教授 内田寛

E-mail : uchidah@sophia.ac.jp
Tel : 03-3238-3375

東北大学 金属材料研究所

准教授 木口賢紀

E-mail : tkiguchi@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2128

東北大学 金属材料研究所

助教 白石貴久

E-mail : takahisa.shiraishi@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2629

大阪府立大学 大学院工学研究科

准教授 吉村武

E-mail : tyoshi@pe.osakafu-u.ac.jp
Tel : 072-254-9327

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