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大気下での安定性に優れた電子輸送型高分子トランジスタの開発に成功

有機エレクトロニクス研究における標準物質としての利用を期待

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2019.08.09

要点

  • アクセプター性骨格のみからなる高分子構造を設計
  • 環境負荷が低い直接アリール化重縮合による効率的な合成に成功
  • 異性体構造によるトランジスタ性能の違いを実証
  • 室温大気下で1ヵ月保存後でも十分な電子移動度を保持する安定な高分子トランジスタの開発に成功

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の王洋博士研究員(現在、理化学研究所)と道信剛志准教授らは、環境負荷が低い直接アリール化重縮合法を用いて、電子アクセプター性の芳香環構造だけからなる電子輸送型(n型)の有機半導体高分子[用語1]を合成した。

従来のn型の有機半導体高分子は、作製したトランジスタなどの安定性の低さが問題となっていた。しかし、今回得られた有機半導体高分子では、最低空軌道(LUMO)準位[用語2]が深く、水との副反応が起こりにくいため、大気下での長期保存が可能なn型高分子トランジスタを作製できた。この高分子トランジスタを室温大気下で1ヵ月保存しても、十分な電子移動度を保持していることが確かめられた。また、引加電圧に対しても優れた安定性を示した。

今回、環境負荷が低い経路によって合成された有機半導体高分子は、有機エレクトロニクス研究における新しい標準物質として利用できると期待される。

この成果は6月18日発行の「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載された。

背景

最近、電子移動度が高い有機半導体高分子が開発されるようになっている。こうした有機半導体高分子は通常、ドナー性モノマーとアクセプター性モノマー[用語3]が交互に連結するような設計になっている。例えば、現在市販されている汎用の電子輸送型(n型)高分子「N2200」は、ビチオフェン(ドナー)とナフタレンジイミド(アクセプター)からなる。しかし、このアプローチで得られる高分子は、最低空軌道(LUMO)準位が十分に深くないため、有機トランジスタを作製して作動させた際、大気中の水分の影響によって性能が徐々に劣化するという問題があった。この安定性の低さは応用研究の障壁となっており、解決策として、LUMO準位が深い有機半導体高分子の開発が挙げられていた。具体的には、アクセプター性骨格のみからなる高性能な半導体高分子の合理的な設計指針が求められてきた。

研究成果

本研究では、アクセプター性骨格だけからなるn型有機半導体高分子を新たに設計した。基本骨格として、電子アクセプター性の強いモノマーであるナフタレンジイミドとチエノピロールジオンを選択し、πスペーサーとして電子吸引性のチアゾールを採用して、チアゾールの向きが異なる2種類の高分子(P1とP2)を設計した(図1(A))。有機半導体高分子は一般的に、パラジウム(Pd)触媒を用いたクロスカップリング重合[用語4]で合成されることが多いが、本研究のモノマーに含まれるチアゾール部位には、ハロゲンやトリアルキルスズのような官能基を導入することはできなかった。そこで、チアゾールの炭素-水素結合を官能基として利用するクロスカップリング重合である、直接アリール化重縮合[用語5]を試したところ、重合が進行することを見出した。重合条件を最適化した結果、P1とP2の両方で高分子量体を得ることに成功した。

このP1とP2は、チアゾールの向きが異なるだけで、他の構造がほぼ等しい異性体であるにも関わらず、吸収スペクトルや結晶性が大きく異なることが確かめられた。例えば、P1の薄膜の吸収極大は578 nmで観測されたが、P2の薄膜では535 nmに短波長シフトしていた(図1(B))。また、P1の薄膜のX線回折では1次回折しか観測されなかったが、P2の薄膜では5次回折まで見られ、結晶性が高いことが示された(図1(C))。一方、P1とP2の主鎖骨格はともにアクセプター性の芳香環構造のみからなるため、LUMO準位が-4.0 eV以下と非常に深いことも分かった。

図1.(A)既存の電子輸送型高分子と本研究で開発したアクセプター骨格のみからなる高分子の比較、(B)P1とP2の吸収スペクトル、(C)P1とP2の薄膜X線回折像

図1. (A)既存の電子輸送型高分子と本研究で開発したアクセプター骨格のみからなる高分子の比較、(B)P1とP2の吸収スペクトル、(C)P1とP2の薄膜X線回折像

さらに、P1とP2の薄膜トランジスタを作製して、電子移動度を評価したところ、結晶性が高いP2の方が高い電子移動度を示した。P2の電子移動度は、薄膜トランジスタの作製直後には2.18 cm2 V-1 s-1であった。このP2トランジスタを室温大気下で保管したところ、1ヵ月経過後でも電子移動度は1.0 cm2 V-1 s-1で、大きな劣化は見られなかった(図2(A)および(B))。さらに、60 Vの電圧を1,000秒間印加した後でも電圧-電流特性に変化は見られず、高い安定性を示した。

図2.(A)室温大気下で保管されたP2トランジスタの電子移動度の時間依存性、(B)実際のトランジスタの伝達特性の変化

図2. (A)室温大気下で保管されたP2トランジスタの電子移動度の時間依存性、(B)実際のトランジスタの伝達特性の変化

今後の展開

今回の成果は、環境負荷が低い合成経路を採用しているため、新しい電子輸送型高分子を開発する際の有用な方法論となる。またP2は、実験室レベルでの物性研究において、N2200に代わる新しい標準物質として用いることできると期待される。

  • 用語説明

[用語1] 有機半導体高分子 : 溶液から薄膜デバイスを作製できる有機材料であり、有機エレクトロニクスの鍵になる材料として期待されている。この高分子の薄膜内には、正孔(プラスの電荷)と電子(マイナスの電荷)と呼ばれるキャリアを流すことができ、それによって電流が生じる。キャリアの伝導は分子間のホッピングを介して起こるため、半導体高分子の結晶性を向上させることが重要である。

[用語2] 最低空軌道(LUMO)準位 : 電子は2つずつ対になってエネルギーが低い軌道から占有していくが、電子が入っていない軌道の中で最もエネルギーが低い軌道のことを指す。

[用語3] アクセプター性モノマー : 電子を受け取りやすい性質を持ち、かつ高分子を構成する原料成分のこと。

[用語4] クロスカップリング重合 : Ni錯体やPd錯体等を触媒として用いるクロスカップリング反応を、2官能性モノマー間の重合に応用し、高分子を得る方法。触媒の設計や重合条件の最適化が高分子量体を得るための鍵となる。

[用語5] 直接アリール化重縮合 : クロスカップリング重合の一種であり、芳香環の炭素-水素結合を官能基として用いる点が新しい。従来型のモノマーを準備するよりも合成段階を短縮でき、毒性が高い副生物が生成しないため、環境負荷が低い重合法として注目されている。

  • 論文情報
掲載誌 : Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル : Significant Difference in Semiconducting Properties of Isomeric All-Acceptor Polymers Synthesized via Direct Arylation Polycondensation
著者 : Yang Wang, Tsukasa Hasegawa, Hidetoshi Matsumoto, and Tsuyoshi Michinobu
DOI : 10.1002/anie.201904966別窓
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お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 物質理工学院 材料系

准教授 道信剛志

E-mail : michinobu.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3774 / Fax : 03-5734-3774

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