材料系 News
ナノ材料の設計に新指針
東京工業大学 物質理工学院 材料系の合田義弘准教授と田中友規大学院生(博士後期課程2年)は、ナノ材料の原子配列と電子の後方散乱[用語1]を発生させない電子スピン[用語2]状態との相関関係を明らかにしました。
今回、第一原理計算と呼ばれる量子力学の基本原理に基づいた数値シミュレーションをビスマス(Bi)とインジウム(In)で構成されるナノワイヤに対して行ったところ、原子スケールで構造を制御する事で、正方向電流の電子スピンと負方向電流の電子スピンとを逆向きにできる事を示しました。一般的に、電子は材料中の欠陥により逆向きに散乱されますが、散乱の際にスピンの向きは保存されるため、ナノサイズの材料では電流の後方散乱が抑制され、デバイス中でのエネルギー損失が軽減されます。
本研究成果は、12月18日付の米物理学誌『Physical Review B』にRapid Communication(速報)として掲載されました。
物質の中を流れる電流は、不純物や粒界などの格子の欠陥によって、進行方向の逆向きに散乱されます。その際に電流の担い手である電子の運動エネルギーの一部が熱エネルギーとなって失われるため、この現象が様々なデバイスのエネルギー効率を低下させる原因となっています。
本研究では、電流の後方散乱を抑制するためのナノ材料設計指針を新たに提示しました。スパコンを用いたシミュレーションでは、量子力学の基本原理と基礎的な物理定数に基づいた、経験的なパラメーターによる調整のない第一原理計算を行いました。
今回理論解析したナノワイヤは、ナノスケールの発電・バッテリーなどに利用される可能性があります。ナノワイヤを構成するシリコン(Si)の表面上にはIn原子を1次元的に配置できますが、そのIn原子鎖に、Biを加える事で電子状態を変調させ、電流の伝搬する方向の電子スピンを逆方向電流のスピンと正反対の向きにできる事を示しました。磁性元素を含まない格子欠陥による散乱では、スピンの向きは保存されます。したがって、電子の後方散乱が抑制され、電流の伝搬に伴うエネルギー損失が軽減されます。
この様な電子状態の変調は、相対論効果の一種であるRashba(ラシュバ)効果[用語3]によってもたらされます。本研究では、図1左の破線円で示す逆向きのスピンを持つ2つの由来の異なるRashba状態が同じ対称性に属し、図1右のように両者の交差が起こらず電子状態にエネルギーギャップを作る事を、群論[用語4]と第一原理計算(シミュレーション)により明らかにしました。これにより、正の運動量kに対しては図1右の青色で示す下向きのスピンによるRashba状態のみがギャップ中に存在する事になり、このRashba状態は上向きのスピン状態に変化できないため、電気伝導を担う電子(エネルギーε ≈ εF)の後方散乱は完全に禁止されます。
本研究成果で提示された、新たなナノ材料設計指針に基づき、電流の後方散乱が完全に抑制された新材料(電気伝導体)の開発に向けた研究が加速されると期待されます。
用語説明
[用語1] 電子の後方散乱 : 運動している電子が後ろ向きに跳ね返され、運動量kの正負が逆転すること。
[用語2] 電子スピン : 電子の持つ、磁気の源となる固有の物理量。向きと大きさを持つベクトル量で、1つの電子スピンの大きさは一定。通常は互いに上下逆向きのスピンを持つ2つの電子が対になっている。
[用語3] Rashba効果 : 相対論効果により、表面や1次元ナノワイヤの様な対称性の低い系において、電子のエネルギーεがスピンの向きに応じて変化し、互いに上下逆向きのスピンを持つ2つの電子が対とならなくなる効果。
[用語4] 群論 : 対称性を扱うための数学理論。
論文情報
掲載誌 : | Physical Review B |
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論文タイトル : | First-principles prediction of one-dimensional giant Rashba splittings in Bi-adsorbed In atomic chains |
著者 : | Tomonori Tanaka and Yoshihiro Gohda |
DOI : | 10.1103/PhysRevB.98.241409 |
本研究は、文部科学省ポスト「京」重点課題7「次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成」(CDMSI)、JSPS科研費17K04978、理化学研究所スーパーコンピュータ「京」課題(hp170269, hp180206)における成果です。