材料系 News
ナノヘテロ構造の薄膜で新規物性を開拓
材料系では「金属」「有機材料」「無機材料」の3つの分野にフォーカスし、独創的かつ挑戦的な研究・開発を推進しています。
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、ナノヘテロ構造の薄膜で新規物性を開拓する、中村・史研究室です。
金属分野
材料コース・エネルギーコース
研究室:大岡山キャンパス・南8号館213号室 / 214号室 / 217号室
教授 中村吉男 教授 史蹟 助教 春本高志
研究分野 | 金属物性 / 結晶工学 / ナノ構造科学 / 薄膜材料 |
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キーワード | 回析結晶学、結晶評価、材料物性、組織制御、薄膜工学(物性・構造解析)、材料物性、ナノヘテロ材料 |
Webサイト | 中村・史研究室 中村吉男 - 研究者詳細情報(STAR Search) 史蹟 - 研究者詳細情報(STAR Search) 春本高志 - 研究者詳細情報(STAR Search) |
中村・史研究室は、教授二人、助教一人の教員グループで、主に回折結晶学を基本に薄膜材料とその物性の研究を行っています。
薄膜材料については磁気的性質、電気的性質、光学的性質、機械的性質など薄膜特有の物性が注目されていますが、単に物質があるだけでその性質が発現するのではなく、結晶の方位、形状、表面状態などバルクの結晶とは異なる環境を整えることが必要です。結晶を知り、結晶構造や組織などの関係を、透過型電子顕微鏡やX線回折などの手法を使って調べ、環境を整えることにより自然に望みの結晶構造や表面方位を導き、バルク材料にない新規な物性を導くことができます。特に積極的に取り組んでいる研究は、結晶構造も物理的・化学的性質も異なるヘテロな物質を、ナノスケールで積層させ得られるナノへテロ構造薄膜の創製、評価および機能発現メカニズムの解明です。
薄膜はバルクの材料と比べ表面や界面の割合が多く、少ない原子の数で所望の機能を発現できます。また結晶に働く応力も大きく、場合によっては対称性すら変わってしまうこともあります。電子顕微鏡、X線回折などの構造解析、構造評価、EDS、XDSなどの特性X線分析、XPS、オージェ分光分析など表面敏感な分析技術、薄膜作製技術を習得しながら材料科学者として独り立ちできる学問基礎と考え方を学びます。3人の教員の得意分野を補完しあい、議論を重ね研究室を過ごすことができます。現在実施している研究の中で代表的なものを紹介します。
セラミックスであるAlNと金属Ptや磁性体CoPtをナノスケールで積層したナノヘテロ多層膜では、室温での製膜にもかかわらず、極めて平滑で周期性のそろった人口格子を作ることができます。図1はX線反射率の測定結果です。人工的に作った周期∧とブラッグの式を使い2 ∧ sin θ =n λを満たすθの位置に回折ピークが観察され、しかも17次のピークまで観察されています。これは周期性と界面平滑度が高いことを示し、しかも600 ℃まで熱的に安定であることを示しています。これはナノヘテロ材料の大きな特徴といえます。
1.で利用したAlNは中心対称を持たない極性物質です。六方晶の(001)と(00-1)では最表面の原子種や積層順に違いがあります。この積層順を直視するには0.1 nmより高い分解能の電子顕微鏡が必要です。図2はAlN/Ptの多層膜でのAlNの原子分解能電子顕微鏡像です。この図ではN原子の直上にAl原子が、ずれてN原子、その直上にAl原子の“N極成長”を示しています。しかし反応ガス切り替えで作製したAl/AlNでは同じfcc金属(111)/AlN(001)の高配向膜になるのですが、その極性、積層が異なっており、Al原子の直上にN原子が位置する“Al極性成長”しています。
材料の中で構成する物質がナノスケールになると、材料の全体が界面の影響範囲内になり、材料にその構成する物質と異なる新しい物性をもたらすことができます。例えば、鉄とクロムのナノスケールの多層膜は巨大磁気抵抗効果を示すことはよく知られている例です。本研究室では磁性金属と窒化物、酸化物のナノヘテロ構造を設計・作製し、次世代の磁気記録や、磁気センサーなどに応用できる優れた物性を持つ新しいナノ構造の創成を目指しています。
図3はCoPt/AlN多層膜の電子顕微鏡写真で、コントラストの暗い層はCoPt層、明るい層はAlN層です。このような構造について、各層の厚さや熱処理温度のコントロールによって、磁気的なパフォーマンスを自在に制御することができます。例えば、面内磁気異方性、垂直磁気異方性、二段階に磁化する特性など同じ試料でも熱処理が違うだけで異なる特性を示します。
図3の写真はCoPt/AlN多層膜の上にさらに異なる厚さのCoPt層を作製し、熱処理した試料の断面構造(電子顕微鏡)です。図4には熱処理後のそれぞれの試料の磁化曲線を示しています。全ての試料は強い垂直磁気異方性を示し、最表面のCoPt層の厚さによっては、2段階磁化の各段階の磁化量も制御できることがわかります。
図5はCoPt/CoOナノヘテロ多層膜の磁化曲線です。
磁化曲線が原点に対し対称でないことがわかります。交換バイアス効果とは同じ軸上で片方向に磁化しやすく、片方向に磁化しにくい現象で、強磁性体と反強磁性体の界面でのスピン相互作用による結果として理解されています。特に薄膜面と垂直方向の交換バイアス効果は次世代の記録デバイス(MRAM)への応用が期待されています。我々は強磁性体にCoPt、反強磁性体にCoOを採用し、膜構造のエンジニアリングにより垂直磁化および垂直方向の交換バイアスを実現しました。 図5に示した結果は、異なるCoPt層の厚さの多層膜を磁場の中で冷却するとCoOは常磁性から反共磁性に変態し、磁化曲線の中心は負の磁場方向にシフトしているのがわかります。すなわち正の磁場方向には磁化しやすく、負の磁場方向には磁化しにくい状態が実現でき、書き込みやすく消えにくい磁性体が得られたことになります。この試料では、CoPt層の厚さ(2.5-3 nm)のとき最大の垂直交換バイアスがが得られていることがわかります。
水素社会の実現に向け、パラジウム(Pd)極薄膜、及び、Pdナノ多孔質薄膜の水素化について研究しています。
図6はPd/AlN 極薄膜の水素化過程を、X線回折法により測定した結果です。Pdピークが、水素導入に伴って移動(横方向へシフト)している事が観察されています。詳細に解析すると、
とわかります。このような測定を系統的に行うことにより、バルクPdとは異なる挙動を示すPd ナノ結晶粒の水素化過程について調査しています。また、このことを通して、実用上の大きな課題である水素脆化を解決することを目指しています。
加えて、薄膜作製プロセスの改良にも取り組んでいます。図7はPd合金薄膜を熱水で処理することにより作製したPdナノ多孔質薄膜の断面です。非常に微細な多孔構造が観察されています。現在、本薄膜の水素化過程の解明を行うと共に、多孔構造を活かして、水素センサへの応用も検討しています。
材料系の全研究室を紹介したパンフレットは広報誌ページでご覧いただけます。
教授 中村吉男
E-mail : nakamura.y.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3144
教授 史蹟
E-mail : shi.j.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3145
※この内容は2016年4月発行の材料系 金属分野パンフレットによります。最新の研究内容については各研究室にお問合せください。