物理学系 News&Information
不安定核でさぐる極限原子核と中性子星
物理学は、自然界に起きるさまざまな現象の中に法則性を見い出し、それを体系化していく学問です。その対象は、素粒子、原子核という極微のスケールから始まり、多彩な構造や性質をもつ原子レベルの物理、さらに我々を取り巻く宇宙まで、あらゆるものを対象にしています。物理学系の研究室では、そのほとんどすべての領域をカバーし、世界をリードする最先端の研究が行われています。
研究室紹介シリーズでは、ひとつの研究室にスポットを当てて研究テーマや研究成果を紹介。今回は、中性子過剰な奇妙な原子核から中性子星までを研究する、中村研究室です。
原子核は陽子と中性子が核力で結びついたユニークな量子多体系です。中村研では、不安定核ビームを利用して、中性子数が極端に多い中性子過剰核を対象に実験を行い、とりわけ中性子数の多い「極限原子核」の物理、さらにはこれと結びつきの強い「中性子星」や「元素合成」の物理に関する研究を展開しています。不安定核というのは短寿命の人工原子核のことで、中性子数と陽子数の組み合わせが天然原子核に比べ異常になっていて、最先端の重イオン加速器を用いてビームとして生成されます。特に、中性子数が過多な不安定核を中性子過剰核と呼びます。中性子数が極端に過剰になった極限原子核は、中性子ハロー(かさ)や中性子スキンをまとったり、分子的なクラスター構造を形成したりします。こうした特異な核構造を新たに生成し、その性質をさぐることで、極限原子核を支配する核力を明らかにし、新しい核多体効果を見出そうとしています。また、表面が中性子のみからできている中性子スキン核の実験から中性子星の構造を解明する研究も行っています。さらに、鉄を超える重元素は超新星爆発か中性子星合体の時に中性子過剰核の反応を介して作られたと考えられていますが、こうした元素合成メカニズムの解明につながる研究も進めています。
不安定核ビームを用いて中性子過剰核を対象とした実験を行い、「極限原子核」「中性子星」「元素合成」の研究を展開しています。第1のテーマは、極限原子核の代表格である中性子ハロー核の研究です(図)。中性子ハロー核とは、高密度のコアとそのまわりを雲のように薄くとりまく中性子のハローから成る原子核のことです。中性子ハローはいわば純中性子物質でもあり、また超低密度核でもあります。これは、中性子と陽子が等分に混じる通常の原子核にはない性質で、その奇妙な性質が徐々に明らかになりつつあります。第2のテーマは中性子過剰核における魔法数の異常に関するものです。原子核にはその秩序を特徴づける魔法数(中性子数や陽子数が魔法数になると特に安定)がありますが、中性子過剰核では魔法数が変化(進化)することが明らかになりつつあります。この魔法数の変化を引き起こす核力や多体効果を探っています。第3のテーマは中性子スキンで探る中性子星です。中性子スキンは表面が比較的高密度の中性子流体でできていて、中性子星の力学と共通の性質を持っています。これを利用して中性子星の構造を探るプロジェクトを進めています。第4のテーマとして、中性子過剰核が宇宙の元素合成過程でどのような役割を果たしてきたかを、地上の中性子過剰核の実験で調べています。現在、これらの研究は理研の重イオン加速器施設で行っています。ここには世界最高性能を誇る不安定核生成装置「RIビームファクトリー(RIBF)」があり、世界のセンターとしてさまざまな最先端の不安定核の研究が行われています。2012年には、中村グループもその建設に大きく貢献したSAMURAI(多重粒子分析装置)が稼働しました。新施設では、超新星爆発のときに瞬間的にしか存在しないような重い中性子過剰核も生成可能となり、よりバルクな中性子物質の性質や元素合成のメカニズムが明らかになると期待しています。
素核実験の研究室はどこも同様だと思いますが、実験の規模が大きいため、他の研究機関、中村研では理化学研究所と共同で実験を行います。実験とその準備の期間は非常に忙しくなり、研究室のメンバー一丸となって取り組みます。実験のシミュレーション・解析に計算機は不可欠で、UNIXなんてほとんど触ったことがない、という人でも、ある程度使いこなせるようになれます。物理に限らず、他の大学のかたとの交流などを含めて、何に対しても積極的な人が中村研に向いていると思います。
教授 中村隆司
E-mail : nakamura@phys.titech.ac.jp
※この内容は掲載日時点の情報です。最新の研究内容については研究室サイトをご覧ください。