材料系 News
2次元材料オンチップ量子光源への電気駆動基盤
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 フロンティア材料研究所の真島豊教授と、カリフォルニア大学バークレー校のアリ・ジャビー(Ali Javey)教授らの国際共同研究グループは、単層二セレン化タングステン(WSe2)[用語1]をサブ5 nm(5 nm未満。1 nmは10億分の1メートル)のAu/Ptナノギャップ電極[用語2]に集積し、狭線幅[用語3]の電界発光を電気的に発生させることに成功しました。
単層WSe2などの2次元半導体は、低温で鋭い発光線を示す局在発光状態を持つため、量子通信や量子計算、量子計測に向けたオンチップ量子光源として期待されています。しかし、光励起では多数の局在状態を同時に励起するため、発光スペクトルが複雑になりやすいという課題がありました。一方、電気駆動では、複数の2次元材料を精密に積層する方式の作製の複雑さや、広い領域を交流駆動する方式での発光スペクトルの広がりが課題でした。
本研究では、電子線リソグラフィ[用語4]と無電解金めっき(ELGP)[用語5]により作製したAu/Ptナノギャップに単層WSe2をドライ転写し、10 MHzの矩形波ゲート電圧で駆動しました。その結果、3.5 K(約マイナス270℃)において1.652 eVを中心とする見かけ線幅1.83 meVの交流エレクトロルミネッセンス(ACEL)[用語6]ピークを観測しました。素子を光励起した場合には多峰性の発光を示したことから、サブ5 nmナノギャップが電気的にアクセスする局在状態[用語7]を空間的に絞り込んでいると考えられます。さらに、49個の測定素子の統計評価、広いギャップや絶縁スペーサを用いた対照実験、電界シミュレーション、ひずみモデル解析により、サブ5 nmの幾何学的閉じ込め、局所的な電界増強、曲面電極による局所環境の変調、高速な電圧遷移が、狭線幅ACELの発現に重要であることが分かりました。本成果は、積層構造に頼らず2次元半導体の局在発光状態を電気的に選択駆動する新しい平面型プラットフォームを示すもので、将来の集積型量子フォトニクス素子への展開が期待されます。
本成果は、10月3日付(現地時間)で米国化学会の学術誌「Nano Letters」に掲載されました。

図1. サブ5nm Au/Ptナノギャップを用いた単層WSe2発光素子と狭線幅電界発光
(a)薄いシート状の単層WSe2が、球状の金(Au)を備えたAu/Ptナノギャップ電極をまたぐ素子構造の模式図。シリコン基板をバックゲートとして用い、矩形波ゲート電圧により発光を駆動する。
(b)単層WSe2を転写したナノギャップ素子の走査電子顕微鏡像。緑色で示した領域が単層WSe2。
(c)発光領域となるサブ5 nm Au/Ptナノギャップの走査電子顕微鏡像。単層WSe2が4.5 nmのナノギャップ上に配置されている。
(d)同一素子を光励起した場合のフォトルミネッセンス(PL)スペクトル。複数の局在状態に由来する多峰性の発光が観測される。
(e)10 MHzの矩形波ゲート電圧で駆動した交流エレクトロルミネッセンス(ACEL)スペクトル。1.652 eV付近に見かけ線幅1.83 meVの狭線幅発光ピークが観測される。
量子通信、量子計算、量子計測などの量子フォトニクス技術では、チップ上で制御できる狭線幅の発光源が重要な構成要素となります。半導体量子ドットやカラーセンターを用いた固体光源では大きな進展が得られてきましたが、これらの光源を平面型の集積回路上に配置し、個々の発光中心を電気的に制御することには課題が残されています。外部の励起レーザーを必要とせず、電子回路や光を伝える導波路と同じチップ上に組み込める光源の開発が求められています。
単層二セレン化タングステン(WSe2)は、直接遷移型のバンドギャップ、強い励起子効果、原子数個分の薄さを兼ね備えた2次元半導体です。低温では、材料中のひずみや欠陥に由来する局在状態から鋭い発光線が現れることが知られており、オンチップ量子光源の材料候補として注目されています。これまで、ナノピラーやフォトニック共振器、プラズモン構造を使って局所ひずみを導入し、発光中心を制御する研究が進められてきました。
一方で、光励起ではレーザーの回折限界により約1 µmという比較的広い領域に同時に光が照射されるため、その中に存在する多数の局在状態を同時に励起してしまいます。その結果、発光スペクトルが多峰性を示し、特定の発光中心を選択的に制御することが難しくなります。電圧を印加して発光させる電気駆動はこの課題を解決する有力な方法ですが、従来の直流トンネル注入型デバイスでは、グラフェン電極や六方晶窒化ホウ素(hBN)の絶縁層などの精密な積層構造が必要であり、作製歩留まりや大規模集積に制約がありました。
そこで、単純な平面型構造で、ナノスケールの領域に電気的励起を閉じ込め、局在発光状態を選択的に駆動する新しい方法が求められていました。
研究グループは、白金/チタン(Pt/Ti)ナノギャップを電子線リソグラフィで形成した後、電極間隔を5nm未満に狭めるため、真島教授らがこれまで発展させてきた無電解金めっき(ELGP)により、白金上に球状の金(Au)をヘテロエピタキシャル成長させました。これにより、初期の12〜15 nm程度のギャップをサブ5 nm領域まで狭め、代表素子では4.5nmのAu/Ptナノギャップ電極を形成しました。このプロセスでは、約90%の素子で5nm未満のギャップが得られています。
次に、単層二セレン化タングステン(WSe2)をドライ転写によりナノギャップ電極上に配置しました。球状Au/Pt電極の曲面を単層WSe2がまたぐことで、ナノギャップ近傍に不均一なひずみ分布が生じ、同時にゲート電圧により局所的な電界が形成されると考えられます。測定では、ナノギャップ電極を接地し、シリコン基板側のバックゲートに10 MHzの双極性矩形波電圧を印加しました。
3.5 K(約マイナス270℃)で光学測定を行ったところ、ゲート電圧および電極間電圧を印加せず、532 nmのレーザー光で励起したフォトルミネッセンス(PL)測定では、1.60〜1.70 eVにわたる広い多峰性の発光が観測されました。一方、10 MHzの矩形波ゲート電圧(Vg = ±5.4 V)で駆動した交流エレクトロルミネッセンス(ACEL)では、1.652 eVを中心とするスペクトル的に孤立した鋭い発光線が現れ、見かけ線幅は1.83 meVでした。本成果の意義は、複雑な積層構造を用いず、単層半導体と平面型ナノギャップ電極によって、スペクトル的に孤立した狭線幅の発光を電気的に実現した点にあります。なお、この線幅は装置応答を含む値であり、装置応答の補正は行っていません。
ゲート電圧を±4.6 Vから±5.8 Vまで変化させたところ、発光ピークのエネルギーは1.652 eV付近に保たれ、強度が増加しました。この結果は、発光がバンド端再結合ではなく、離散的な局在状態に由来することを支持しています。49個の測定素子のうち、14個の単層WSe2素子で鋭いACELが観測され、これらの中央値のローレンツ線幅は2.07 meVでした。
対照実験からも、サブ5nmナノギャップの重要性が示されました。同一素子内の約35 nmギャップでは複数の広いピークが現れ、2µmギャップ素子ではチャネル中央からACELは検出されませんでした。また、電極とWSe2の間に1.5 nmのSiOxスペーサを挿入すると鋭いACELは消失し、弱く広い発光のみが観測されました。電界シミュレーションでは、SiOxスペーサによりWSe2に沿ったピーク電界が約0.044 V/nmから約0.029 V/nmへ、約34%低下することが示されました。
さらに、同じ周波数・振幅条件で比較すると、電圧が短時間で切り替わる矩形波では明瞭なACELが得られた一方、電圧が滑らかに変化する正弦波ではACELは検出されませんでした。これは、急峻な電圧遷移がキャリア注入、トラップ、再結合を促進することを示唆しています。原子モデル計算では、球状Au電極上のWSe2に0.5〜1.0%程度に達する局所的な引張・圧縮ひずみが生じ得ることも示されました。発光局在状態の起源をひずみだけに一意に帰属することはできません。これらの結果は、ナノギャップ近傍の局所的な環境と高速な電圧変化が、局在発光状態の選択的な電気駆動に寄与することを支持しています。本研究は、単層WSe2と平面型ナノギャップ電極を用いて、狭線幅の発光を電気的に取り出す新しい基盤を示しました。
本研究は、複数の2次元材料を精密に積み重ねた構造を用いず、単層2次元半導体と平面型ナノギャップ電極を組み合わせることで、局在発光状態を電気的に選択駆動できる可能性を示しました。これは、オンチップ量子フォトニクスに必要な小型・集積可能な発光源の設計自由度を広げる成果です。
量子通信や量子情報処理を支える光源技術は、将来の安全な情報通信、高度な計測、低消費電力情報処理につながる基盤技術です。
今後は、本研究で観測した狭線幅の電界発光が単一光子発光[用語8]であるかを明らかにするため、光子相関測定などによる単一光子性の実証を進めます。単一光子発光であることが確認されれば、2次元半導体を用いた電気駆動型オンチップ量子光源として大きなインパクトを持つ成果となります。
発光の偏光特性、時間応答、安定性を評価し、ナノギャップ形状、電極材料、2次元半導体材料、駆動波形を最適化することで、高効率で再現性の高い電気駆動型発光素子の実現を目指します。さらに、単一光子性が実証されれば、フォトニック導波路や共振器との集積により、量子通信や量子情報処理に向けたチップスケール量子光源への展開が期待されます。
本研究のうち、Au/Ptナノギャップの作製および測定は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR22B4)の支援を一部受けて実施されました。また、材料評価および光学測定は、米国エネルギー省 科学局 基礎エネルギー科学局 材料科学工学部門(契約番号 DE-AC02-05CH11231、EMAT program KC1201)の支援を受けて行われました。Molecular Foundryでの研究は、米国エネルギー省 科学局 基礎エネルギー科学局(契約番号 DE-AC02-05CH11231、proposal number MFP-10029)の支援を受けました。
| [用語1] | 単層二セレン化タングステン(WSe2):タングステン(W)の原子面を上下のセレン(Se)の原子面で挟んだ、Se–W–Seの1層からなる半導体。直接遷移型のバンドギャップと強い励起子発光を持ち、2次元光電子デバイスや量子光源材料として研究が進む物質。 |
|---|---|
| [用語2] | Au/Ptナノギャップ電極:金(Au)と白金(Pt)からなる、数ナノメートル幅の隙間を持つ電極。本研究では、白金ナノギャップ上に無電解金めっきで球状Auを成長させ、サブ5 nmのギャップを形成。 |
| [用語3] | 狭線幅:発光スペクトルのピーク幅が狭く、光のエネルギーのばらつきが小さいこと。本研究では、線幅をピークの高さの半分の位置で測った幅である半値全幅(FWHM)で評価。その値が小さいほど、発光エネルギーがよくそろっていることを示す。 |
| [用語4] | 電子線リソグラフィ:電子線を用いて基板上のレジストに微細なパターンを描画し、ナノメートルスケールの構造を形成する加工技術。本研究では、白金/チタン(Pt/Ti)ナノギャップ電極の作製に使用。 |
| [用語5] | 無電解金めっき(ELGP):ELGPはElectroless Gold Platingの略。外部電源を用いず、化学反応により溶液中で金を選択的に析出させる手法。本研究では、白金電極上に球状のAuをヘテロエピタキシャル成長させ、ナノギャップを狭めるために使用した。 |
| [用語6] | 交流エレクトロルミネッセンス(ACEL):交流電圧により電子と正孔を注入し、それらの再結合によって光を発生させる現象。本研究では、矩形波ゲート電圧により単層WSe2の局在状態から発光を誘起。 |
| [用語7] | 局在状態:結晶中の欠陥、ひずみ、界面環境などにより、電子、正孔、励起子が空間的に閉じ込められる状態。低温で鋭い発光線を示すことがあり、量子発光源の候補となる状態。 |
| [用語8] | 単一光子発光:複数の光子が同時に放出されることが抑えられ、光子が一つずつ放出される発光。量子通信や量子情報処理への応用が期待される。単一光子性は光子相関測定により確認するものであり、狭い発光線が観測されることだけでは判断できない。 |
| 掲載誌: | Nano Letters |
|---|---|
| タイトル: | Narrow-Line-Width Electroluminescence in Monolayer WSe2 Enabled by a Sub-5 nm Au/Pt Nanogap |
| 著者: | Shurong Miao, I. K. M. Reaz Rahman, Aditya Nirmale, Inha Kim, Dorottya Urmossy, Thomas P. Darlington, Harishankar Jayakumar, Seiichiro Izawa, Archana Raja, Daryl C. Chrzan, Yutaka Majima, and Ali Javey |
| DOI: |
10.1021/acs.nanolett.6c03133 |
真島 豊 Yutaka Majima
東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 教授
研究分野:ナノエレクトロニクス、単分子トランジスタ、ELGPナノポアDNAシーケンサー、ナノスケールガスセンサー
アリ・ジャビー Ali Javey
カリフォルニア大学バークレー校 電気工学・コンピューター科学科 教授
研究分野:ナノ材料、ナノデバイス、低消費電力エレクトロニクス、フレキシブルエレクトロニクス
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東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所
教授 真島 豊
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