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“エントロピー効果”により新規強誘電体窒化物を発見

低消費電力メモリや圧電センサ等への応用に期待

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2025.07.03

ポイント

  • エントロピー効果によりAlNとGaNの合金にスカンジウム(Sc)を取り込んだ材料を作製できることを世界で初めて発見。
  • Scをより多く含むことで、メモリ動作の低電圧化・劇的な消費電力化を実現。
  • 圧電性や電気光学効果が向上することで、高周波のノイズフィルタや超低消費電力で動作する光コンピュータへの応用にも期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo、旧東京工業大学) 物質理工学院 材料系の大田怜佳氏(当時修士課程2年)、岡本一輝助教、舟窪浩教授、東ソー株式会社の召田雅実氏らは、窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)を合金化することによって、従来よりスカンジウム(Sc)元素を多く結晶に取り混んだ膜が作製可能なことを世界で初めて見出しました。さらに、スカンジウム(Sc)を多く含むことによって、メモリ動作の低電圧化・劇的な低消費電力化が実現できることを発見しました。

青色LEDで使用されている窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)は、結晶のプラスとマイナスの中心位置がずれた構造を有しており、電圧を印加する方向によって、その方向を変えることができ、電源を切ってもデータを保持することができるメモリ機能を持っています。スカンジウム(Sc)を結晶に取り込むとメモリ機能の動作電圧が低下し、劇的な低消費電力で動作するメモリが実現できることが知られています。しかしスカンジウム(Sc)元素を結晶に取り入れられる量には限界がありました。

今回の研究では、2種類の元素を混合することで元素の取り込み量が増加する“エントロピー効果”を応用し、AlNとGaNを合金化することによって、従来よりスカンジウム(Sc)元素を多く結晶に取り入れた膜が作製可能であることを世界で初めて見出しました。この膜は従来知られている組成より低電圧でメモリ動作ができることから、エネルギー使用量が爆発的に増加している情報社会において、現在大きな問題になっているメモリの消費電力を劇的に低下することが期待できます。また、大きな圧電性[用語1]や電気光学効果も期待でき、6Gのスマートフォン等で必要な高周波のノイズフィルタや光コンピュータへの応用も期待されます。

本成果は、4月22日付(現地時間)で「APL Materials」誌に掲載されました。

背景

青色LEDで使用されている窒化ガリウム(GaN)や窒化アルミニウム(AlN)は、半導体としても広く知られています。また、その高い絶縁性から誘電体としての用途も知られています。AlNやGaNのように半導体・誘電体としての性質を持ち合わせる物質は、結晶のプラスとマイナスの中心位置がずれた構造をしており、電圧を加える方向によって、その中心位置がずれる方向を変えることができる強誘電性[用語2]を有します。強誘電性を持つ材料は、電源を切ってもデータを保持することができるメモリ機能を持っており、交通系ICカード等に幅広く応用されています。

スカンジウム(Sc)元素を結晶により多く取り込むことで、メモリ機能の動作電圧が低下し、低消費電力なメモリが実現できることが知られていましたが、スカンジウム(Sc)元素を結晶に取り入れられる量には限界がありました。スカンジウム(Sc)元素の取り込みは圧電特性や電気光学効果の増大ももたらすことから、スカンジウム(Sc)を結晶に取り込む新たな方法の開発が待ち望まれていました。

本研究では、2種類の元素を混合することで元素の取り込み量が増加する“エントロピー効果”を窒化物材料に応用することを考え、AlNとGaNを合金化してスカンジウム(Sc)をより多く取り込むことを試みました。

研究成果

本研究では、アルミニウム・スカンジウム・ガリウムの各窒化物(AlN-ScN-GaN)の3成分系について、系統的な調査を行いました。その結果、AlNとGaNのみの場合に対して、AlNとGaNを合金化することによって、結晶に取り込むことができるスカンジウム(Sc)量が増加することが明らかになりました(図1の濃いピンク色の部分)。特にAlNのAlの約10%-30%をGaに置き換えることで、結晶に取り入れられるスカンジウム(Sc)の量を40%から約50%に増やすことに成功しました(図1の青い枠)。

図1. 窒化アルミニウム(AlN)-窒化ガリウム(GaN)-窒化スカンジウム(ScN)の組成による構成相

図1. 窒化アルミニウム(AlN)-窒化ガリウム(GaN)-窒化スカンジウム(ScN)の組成による構成相。薄いピンク色の部分は、強誘電性が発現するウルツ鉱構造結晶構造が維持されている範囲。濃いピンク色の部分が窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)を合金化したことによって、新たにスカンジウム(Sc)を固溶できるようになった組成分野。白色の部分は強誘電性が発現しない(ウルツ鉱構造ではない)部分。

また、比誘電率は、AlNとGaNの割合に関係なくスカンジウム(Sc)の量を増やすことで大きくなり、約40まで増加できることが明らかになりました(図2)。電圧を印加した際に結晶が延びる圧電性は、比誘電率と相関関係があることが分かっているため、AlNとGaNの合金化によって圧電性の増加も期待できます。

図1. 窒化アルミニウム(AlN)-窒化ガリウム(GaN)-窒化スカンジウム(ScN)の組成による構成相

図2. 比誘電率とSc/(Ga+Al+Sc)比の関係。AlとGaの組成に依存せず、Sc/(Ga+Al+Sc)比によって比誘電率が増加していることがわかる。AlNとGaNの合金化によって、比誘電率が増加することが明らかになった。

さらに、合金化によってスカンジウム(Sc)が多く入った領域は、高い絶縁性を有するため、強誘電性を持つことも明らかになりました。これは、より多くスカンジウム(Sc)を結晶に入れることができた組成が、GaNに比較して絶縁性の高いAlNを多く含むことに起因します。

さらに詳細な検討の結果、メモリの保持データを決める残留分極値は結晶構造のひずみであるuパラメータに依存すること、ならびに、電極を反転させる電圧はAlとGaの割合によらずスカンジウム(Sc)の含有量で決定されることが世界で初めて明らかになりました。

>図3. (a)残留分極値(<i>P</i><sub>r</sub>)と結晶の構造因子(<i>u</i>)の関係。

図3. (a)残留分極値(Pr)と結晶の構造因子(u)の関係。acは結晶格子の長さ。残留分極(Pr)の値は結晶の構造因子(u)によって決まっているのがわかる。(b)抗電界(Ec)とSc/(Ga+Al+Sc)比の関係。結晶が反転する単位長さあたりの電圧である抗電界(Ec)の値は、AlNとGaNの混合割合によらずSc/(Ga+Al+Sc)比で決まっているのが分かる(ここで図中のxはSc/(Ga+Al+Sc)比を表す)。

社会的インパクトと今後の展開

今回の成果には、以下のような波及効果があると考えられます。

大きな圧電性や電気光学効果を持つデバイスの実用化

強誘電性を有するウルツ鉱構造窒化物では、比誘電率の増加に伴って圧電性と電気光学効果が大きくなることが明らかになっています。また図2に示すように、AlNとGaNの合金では、AlとGaの組成に依存せず、Sc/(Ga+Al+Sc)比によって比誘電率が増加することが明らかになりました。AlNとGaNの合金化によって、比誘電率が増加することが明らかになった本成果は、大きな圧電性や電気光学効果を用いた6G用のスマートフォン等の高周波のノイズフィルタや、光コンピュータへの応用も期待されます。

エントロピー効果を用いた合金化による研究の加速

本研究は、金属の合金の合成で知られている、多種類の元素を混合することで元素の取り込み量が増加する“エントロピー効果”がウルツ鉱構造窒化物という電子材料でも有効であることを示した最初の例と言えます。“エントロピー効果”を用いることが材料探索に有効であることが明らかになったことで、今後は、さらに多くの組成でウルツ鉱構造を有する複合窒化物群が発見され、これまで不可能と考えられていた広い範囲の特性発現が期待できます。

  • 付記

今回の研究の一部は、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2312)、文部科学省の次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)、データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、元素戦略プロジェクト(JPMXP0112101001)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP21H01617、JP22K18307)の助成を受けて実施されました。

  • 用語説明
[用語1] 圧電性:電気的なエネルギーを機械的なエネルギーに変換する特性。
[用語2] 強誘電性:プラスとマイナスに帯電している元素から構成されている物質のうち、電圧をかける方向によって、プラスとマイナスの元素の位置を変えることができる特性。
  • 論文情報
掲載誌: APL Materials
タイトル: Impact of film composition on crystal structure and ferroelectricity in (Al1-x-yGaxScy)N ternary wurtzite thin films
著者: Reika Ota, Nana Sun, Kazuki Okamoto, Shinnosuke Yasuoka, Yoshihiro Ueoka, Daiki Shono, Masami Mesuda, Hiroshi Funakubo
APL Mater.
DOI: 10.1063/5.0261572別窓

 研究者プロフィール

岡本 一輝 Kazuki OKAMOTO

東京科学大学 物質理工学院 材料系 助教
研究分野:強誘電体薄膜の作製・特性評価

舟窪 浩 Hiroshi FUNAKUBO

東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授
研究分野:新規誘電体、圧電体、強誘電体の開発、誘電体薄膜や機能性薄膜の合成

召田 雅実 Masami Mesuda

東ソー株式会社 研究本部 先端融合研究センター 先端材料研究所 主席研究員
研究分野:薄膜用各種スパッタリングターゲットの作製・特性評価

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 物質理工学院 材料系

教授 舟窪 浩

E-mail : funakubo@mat.eng.isct.ac.jp
Tel : 045-924-5446

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