材料系 News

新規ウルツ鉱構造の絶縁体物質の創生に成功

圧電体、強誘電体の材料群を飛躍的に増やす可能性を示唆

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2025.03.27

ポイント

  • 複数の金属元素が同時に存在して初めてウルツ鉱構造を有する複合窒化物において、圧電性や強誘電性を示す物質を世界で初めて作製。
  • さまざまな組成の窒化物に応用可能であり、より広い組成範囲でウルツ鉱構造物質の発見に期待。
  • 高周波のノイズフィルタや超低消費電力で高速動作する不揮発性メモリへの応用が可能。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の影山壮太郎大学院生(修士2年)、岡本一輝助教、舟窪浩教授、横田紘子教授(ともに材料コース 主担当)、米国のペンシルベニア州立大のVenkatraman Gopalan(ベンカタラマン・ゴパラン)教授、東北大学の平永良臣准教授、上智大学 理工学部の内田寛教授らは、二つの元素が存在する、ウルツ鉱構造窒化物において、圧電性[用語1]強誘電性[用語2]を示す物質を作製することに世界で初めて成功しました。

ウルツ鉱構造を有する窒化物は、ノーベル賞を受賞した青色LEDで使用されている窒化ガリウム(GaN)や、スマートフォンの高周波ノイズフィルタで使用されている窒化アルミニウム(AlN)に代表される、優れた機能性物質群です。さらに近年では、従来の半導体に加えて、絶縁体の形で、エネルギー変換材料や強誘電体メモリなどへの応用も急激に進んでいます。しかし、選択できる金属元素の種類が限られているため、制御できる特性の範囲も限定されてしまうという問題点がありました。

今回の研究では、資源量が豊富なマグネシウム(Mg)とシリコン(Si)の二つの元素を含む窒化物で、GaNやAlNと同じウルツ鉱構造の絶縁体MgSiN2薄膜の作製に世界で初めて成功しました。このウルツ鉱構造の絶縁体は、MgやSiのいずれかのみでは合成できず、二つの元素が同時に存在することで作製が可能になります。得られた物質は、既知の物質とほぼ同等の光学および圧電特性を有することも確認されました。この成果により、他にもさらに多くの組成でのウルツ鉱構造物質合成が可能になり、それによって、従来考えられていたよりも飛躍的に幅広い特性が実現することが期待できます。

本成果は、2月6日付(現地時間)で「Advanced Electronic Materials」誌に掲載されました。

2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

原子構成イメージ図

背景

ウルツ鉱構造を有する窒化物は、ノーベル賞を受賞した青色LEDや、電車等の高電圧で使用する回路である“パワーデバイス”等に用いられている窒化ガリウム(GaN)、スマートフォンの電波からノイズを取るフィルタに用いられている窒化アルミニウム(AlN)に代表される、私たちの日常生活に欠かせない物質群です。さらに近年では、従来の半導体としての用途に加えて、絶縁体の形でも、圧電性を生かしたエネルギー変換材料や、強誘電性を利用して、電圧を印加しない状態でもデータが保持できる、超低消費電力かつ高速動作が可能な強誘電体メモリへの応用が急激に進んでいます。

ウルツ鉱構造を有する物質では、金属元素と窒素が層状に積み重なった結晶構造が見られます。これまでこの結晶構造を有する窒化物は、金属サイトに一つの元素が入っている単純窒化物[用語3]が知られており、特性の最適化は、2種類以上の単純窒化物を混合することで行われてきました。しかし一つの元素が単独で存在してもウルツ鉱構造を示さず、二つ以上の元素が同時に存在して初めてウルツ鉱構造を示す窒化物の開発は十分には行われておらず、その中でも特に、圧電性や強誘電性を示す物質はこれまで報告されていませんでした。そこで本研究では、二つの金属元素で構成される複合窒化物[用語4]群でもウルツ鉱構造の物質を作製することで、材料群の飛躍的なバラエティの拡張を目指しました。

研究成果

本研究では、周期表でアルミニウム(Al)の左と右に位置するマグネシウム(Mg)とシリコン(Si)の窒化物であるMgSiN2に注目しました(図1)。これまでの研究では、MgやSiが単独で存在する窒化物はウルツ鉱構造にはならないことや、それら二つの元素を1:1で組み合わせたMgSiN2も、ウルツ鉱構造とは異なる、MgとSiが規則配列した結晶構造を有していることが報告されていました。

研究グループは、MgSiN2の安定な結晶構造とウルツ鉱構造の類似性から、MgとSiが規則配列しなければウルツ鉱構造になる可能性に着目しました。そのうえで、MgとSiが規則配列するために必要なエネルギーが十分に供給されない低温下において、MgとSiを気相から基板上に個別に供給すれば、MgとSiが規則配列した構造にならず、結果としてウルツ鉱構造が実現できるのではないかと予想しました。

図1. ウルツ鉱構造を有する窒化物に含まれる元素のイメージ

図1. ウルツ鉱構造を有する窒化物に含まれる元素のイメージ

この予想にもとづいて実験を行ったところ、MgとSiが規則的ではなく、バラバラに配列したウルツ鉱構造のMgSiN2薄膜の作製に世界で初めて成功しました(図2)。

図2. X線を用いた結晶構造の解析結果

図2. X線を用いた結晶構造の解析結果

作製したウルツ鉱構造のMgSiN2は、MgとSiが規則的に配列した結晶構造の場合と、結晶サイズや絶縁性がほぼ同じであることが確認できました。また、電圧の印加方向によって、結晶の伸びる方向(圧電性の符号)が変化することが分かりました。さらに、電圧を切った状態で二つの分極(用語3)の方向が存在し、電圧を印加することで分極の方向が反転する強誘電性を示すことが局所的に確認されました。このことは、電圧を切っても分極方向が異なる二つの情報を保持するような、不揮発性のメモリとして動作できることを示しています(図3(a))。また、電圧を印加した際の結晶の伸び(圧電性)は、AINやGaNといった従来の単純窒化物の結晶構造から予想される値とほぼ同じであることも明らかになりました(図3(b))。

図3. (a)分極の方向の電圧印加による変化。電圧の印加方向によって、電圧をかけない時に二つの方向(180°方向)(上向きと下向き)が維持されている。(b)ウルツ鉱構造を有する種々の窒化物の1 V電圧をかけた場合の伸びる長さ(圧電性の比較)。

  1. 図3.(a)分極の方向の電圧印加による変化。電圧の印加方向によって、電圧をかけない時に二つの方向(180°方向)(上向きと下向き)が維持されている。
    (b)ウルツ鉱構造を有する種々の窒化物の1 V電圧をかけた場合の伸びる長さ(圧電性の比較)。

社会的インパクトと今後の展開

今回の成果には、以下のような波及効果があると考えられます。

a)ウルツ構造窒化物の種類の飛躍的な増加
本研究は、ウルツ鉱構造を有しない窒化物を組み合わせた複合窒化物でも、圧電性や強誘電性を示すウルツ鉱構造の物質が作製できることを世界で初めて明らかにしました。また、その材料探索設計も明らかになったことで、今後は、さらに多くの組成でウルツ鉱構造を有する複合窒化物群が発見され、これまで不可能と考えられていた広い範囲の特性発現が期待できます。

b)低消費電力と高速動作を可能にする新規強誘電体メモリの実用化
ウルツ鉱構造窒化物は、電源を切ってもデータを保持できる不揮発性を有し、超低消費電力で高速動作可能な強誘電体メモリへの応用が期待されています。その強誘電性は従来の強誘電体の数倍になることから、強誘電体メモリの劇的な高密度化が可能です。こうしたメモリの飛躍的な特性向上は、AI(人工知能)技術の急激な進歩によって、情報関連で用いられるエネルギー消費の爆発が懸念される中で、エネルギー消費の抑制の切り札となります。
特に、ウルツ鉱構造窒化物強誘電体は20万分の1ミリメートル(5 nm)まで薄膜化しても強誘電特性の劣化がないことがすでに確認されているため、大きな強誘電性を生かして強誘電体のトンネル電流を用いた、強誘電体トンネルジャンクション[用語5]と呼ばれる新たなメモリを実現できます。このメモリでは、理論的には1万倍以上のオン―オフ比が可能となり、磁性体を用いたメモリを凌駕する性能が期待されます。

c)6Gに向けたフィルタ材料の開発の加速
アルミニウム窒化物を用いた高周波用のフィルタは、市販のスマートフォンで電波からのノイズを除去するフィルタに使用されており、5G世代には欠かせない部品です。本研究の成果にもとづいて、新たな高性能の複合窒化物物質群が開発されれば、6G以降の通信での情報通信の高性能化につながります。

  • 付記

今回の研究の一部は、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2312)、文部科学省の次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)、データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP21H01617、JP22K18307、JP22K20427、JP20H00302、JP21H04612、JP24H00376)、米国National Science Foundation (DMR-2039351)、the U.S. Department of Energy, Office of Science, Office of Basic Energy Sciences Energy Frontier Research Centers program (DE-SC0021118)、the Computational Materials Sciences Program funded by the U.S. Department of Energy (DE-SC0020145)の助成を受けて実施されました。

  • 用語説明
[用語1] 圧電性:電気的なエネルギーを機械的なエネルギーに変換する特性。
[用語2] 強誘電性:プラスとマイナスに帯電している元素から構成されている物質のうち、電圧をかける方向によって、プラスとマイナスの元素の位置を変えることができる特性。
[用語3] 単純窒化物:1種類の元素と窒素から構成される窒化物。GaNやAlNがその代表例である。
[用語4] 複合窒化物:2種類以上の元素が同じ結晶の位置を占める窒化物。ここでは、一つの元素単独では結晶構造を維持できないが、2種類の元素が同時に存在することで結晶構造を実現できることを特徴とする窒化物を指す。
[用語5] 強誘電体トンネルジャンクション:強誘電体を電極で挟んだ構造のメモリ。強誘電体を薄膜化することで実現するメモリで最も理想的なメモリとされてきたが、従来の複合酸化物の強誘電体は薄膜化すると特性を失う“サイズ効果”があるため、不可能と考えられてきた。近年、酸化ハフニウム系強誘電体や窒化物強誘電体では、薄膜化しても強誘電性が劣化しないことが明らかになり、大きな注目を集めている。基本原理はノーベル賞を受賞した江崎博士の論文にさかのぼる。
  • 論文情報
掲載誌: Advanced Electronic Materials
タイトル: Realization of Non-equilibrium Wurtzite Structure in Heterovalent Ternary MgSiN2 Film Grown by Reactive Sputtering
著者: Sotaro Kageyama, Kazuki Okamoto, Shinnosuke Yasuoka, Keisuke Ide, Kota Hanzawa, Yoshiomi Hiranaga, Pochun Hsieh, Sankalpa Hazra, Albert Suceava, Akash Saha, Hiroko Yokota, Kei Shigematsu, Masaki Azuma, Venkatraman Gopalan, Hiroshi Uchida, Hidenori Hiramatsu, Hiroshi Funakubo
Adv. Electron. Mater. 2025, 2400880
DOI: 10.1002/aelm.202400880別窓

 研究者プロフィール

岡本 一輝 Kazuki OKAMOTO
東京科学大学 物質理工学院 材料系 助教
研究分野:強誘電体薄膜の作製・特性評価

舟窪 浩 Hiroshi FUNAKUBO
東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授
研究分野:新規誘電体、圧電体、強誘電体の開発、誘電体薄膜や機能性薄膜の合成

平永 良臣 Yoshiomi HIRANAGA
東北大学 電気通信研究所 准教授
研究分野:強誘電体の評価装置(顕微鏡)の開発

内田 寛 Hiroshi UCHIDA
上智大学 理工学部 物質生命理工学科 教授
研究分野:無機系薄膜材料の創製とマイクロエレクトロニクス応用(強誘電体・圧電体)

お問い合わせ先

東京科学大学 物質理工学院 材料系

助教 岡本 一輝

E-mail : okamoto.k.a8e6@m.isct.ac.jp
Tel : 045-924-5446

東京科学大学 物質理工学院 材料系

教授 舟窪 浩

E-mail : funakubo.h.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5446

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