材料系 News

PFASを環境基準以下まで除去できる膜蒸留システムを開発

ウェルビーイングを根底から支える水質改善に向けた取り組み

  • RSS

2025.01.17

ポイント

  • PFASを環境基準以下まで除去できるカーボン膜を用いた膜蒸留システムを開発
  • 膜蒸留法専用のカーボン膜を糖類から合成
  • 多くの種類のPFASを除去できるシステムとして期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の磯部敏宏准教授(材料コース 主担当)と環境・社会理工学院 土木・環境工学系の藤井学准教授らの研究チームは、パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS[用語1])を環境基準以下まで除去できるシステムの開発に成功しました。

本システムは、新規のPFAS除去専用の多孔質カーボン膜[用語2]を使用した点、蒸留法と膜分離法を組み合わせた膜蒸留法を採用した点、糖類[用語3]という世界のあらゆる地域で入手しやすい原料を用いている点を特徴としています。本システムを用いて、疑似汚染水(PFOS濃度約500 ng/L)の浄化で得られた液体をクロマトグラフィー質量分析法で分析したところ、測定限界(約3 ng/L)以下まで浄化することに成功しました。これは、水質管理目標値(50 ng/L)やアメリカ環境基準(4 ng/L)を下回る値です。今後、実際の土壌中の汚染水の浄化に取り組むとともに、単位時間あたりの水処理量を増加させるための技術開発を行う予定です。現在のシステムは、擬似汚染水をヒーターで加熱しているのに加えて、真空ポンプを用いて水の蒸発を促進しています。将来的には太陽光を利用した加熱方式に切り替え、ヒーターや真空ポンプを使用しない完全な電力フリーのシステムへ展開を目指します。

本研究成果は、東京工業大学 未来社会DESIGN機構「DLab Challenge 2022」(当時)として実施されたものであり、2025年1月13−16日開催の国際会議「The 23rd International Symposium on Eco‐materials Processing and Design」で招待講演として発表されました。

本研究成果は、東京工業大学 未来社会DESIGN機構「DLab Challenge 2022」(当時)として実施されたものであり、2025年1月13−16日開催の国際会議「The 23rd International Symposium on Eco‐materials Processing and Design」で招待講演として発表されました。

2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

開発した膜蒸留システムの概略図

開発した膜蒸留システムの概略図

背景

パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)は、界面活性剤、半導体用反射防止剤、撥水剤、ポリマー加工助剤など、商業用および工業用の製品に広く使用されてきました。しかし、自然環境下で分解されにくく、自然環境への残留性が高いことや、人体の健康や生態系への影響が懸念されるようになったことから、国内外で製造・使用等が規制されつつあります。特に、PFASの一種であるPFOS、PFOA、PFHxSは、ストックホルム条約(POPs条約)などの国際条約における規制対象とされています。また、水道水質基準の厳格化が検討されており、例えば、米国では第一種飲料水規制案において、PFOSの濃度が4 ng/Lと極低濃度に規制されるなど、国際的な規制強化が進んでいます。日本でも、「水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査[用語4]」を実施し、定期的な検査を進めるとともに、水の安全性に細心の注意を払っています。一方、2022年度の調査ではPFASのうちPFOSおよびPFOAの濃度が全国16都府県の河川や地下水など111地点で暫定目標値を超え、このうち地下水での超過事例が74地点を占めていることが報告されています。健康への影響が懸念されるため、地下水などからPFASを除去する技術開発が切望されています。現在は、活性炭による吸着除去に関する研究開発が進められていますが、吸着処理後に保管している活性炭からPFASが環境中へ溶出するという二次災害が報告されており、対策が求められています。一方、逆浸透膜(RO膜)を始めとする膜分離技術によるPFAS除去も検討されています。膜分離法は安定してPFAS除去が可能であることや、PFASを濃縮した廃液を回収できるメリットがありますが、ランニングコストが高い問題があります。

研究成果

本研究では、膜蒸留法に着目しました。膜蒸留法は、水と分離対象物の沸点差を利用した水処理技術の一つで、膜に汚染水を接触させて加熱し、水蒸気を透過させる一方、溶質や固形物は透過させない技術です。本技術は、蒸留による水の浄化に比べて低温で作動でき、逆浸透膜分離法より低電力で、同程度の高い水質浄化能を得ることができます。そのため、次世代の海水淡水化装置や産業排水処理、レアアース回収など、さまざまな用途への応用が期待されています。また、PFASのようなごく低濃度の不純物にも有効と考えられていますが、膜蒸留法をPFAS分離に適用した研究はほとんど報告されておらず、また、PFAS除去専用に開発された分離膜も報告されていません。

本研究では、熱や塩害に強いと言われるカーボン製の膜蒸留用分離膜(カーボン膜)の開発に取り組みました。開発したカーボン膜は、細孔径が約0.1 μm、水接触角が約117°と多孔性、撥水性を兼ね備え、高い耐熱性を持ち、膜蒸留に好適な分離膜と判明しました。作製したカーボン膜に擬似汚染水(PFOS濃度が約500 ng/L)を接触させ、約80℃で加熱したところ、蒸発した水が膜を透過することを確認することができました。透過した液体に含まれるPFOS濃度を液体クロマトグラフィー質量分析法で分析したところ、測定限界(約3 ng/L)以下まで浄化することに成功しました。これは、水質管理目標値(50 ng/L)やアメリカ環境基準(4 ng/L)を下回る値です。また、カーボン膜の作製条件により、細孔径の制御が可能であること、細孔径と単位時間あたりの処理量に相関があることを明らかにしました。本研究では、グルコースを原料としたカーボン膜を用いましたが、市販の食用砂糖でもカーボン膜が作製可能であることを確認しています。

図1. 現在のシステムと将来開発する予定のシステム。本実験(左)では、加速実験とエネルギー効率の試算を行うため、液の加熱装置と真空装置で電気を使用した。今後は電気不使用のシステム(右)への展開を予定している。どちらのシステムでも、FPASは分離膜を透過できず、FPAS汚染水が濃縮される

図1. 現在のシステムと将来開発する予定のシステム。本実験(左)では、加速実験とエネルギー効率の試算を行うため、液の加熱装置と真空装置で電気を使用した。今後は電気不使用のシステム(右)への展開を予定している。どちらのシステムでも、FPASは分離膜を透過できず、FPAS汚染水が濃縮される

社会的インパクト

本研究では、カーボン膜の原料に糖類を使用することを考えました。これは、世界中で流通する私たちの生活に身近な物質を原料とすることで現地調達を可能とし、多くの国と地域でシステムを構築・稼働するためです。その根底にあるのは、PFAS汚染水による人と環境への影響を少なくすることにより、SDGs目標6の掲げる「安全な水とトイレを世界中に」の実現に寄与したいという、公衆衛生のウェルビーイングです。

また、PFASは、1万種類以上の化学物質が存在するとされています。吸着材を用いた水浄化では、その浄化能力がPFASの種類と活性炭との相互作用に依存するため、すべてのPFASを除去できる材料の開発は難しいとされています。一方、膜蒸留法は蒸気圧の違いを利用するため、すべてのPFASを除去できると期待されています。このため、PFAS規制が進んだ場合でも、装置の大規模なアップデートを必要とせず、地域ごとの特異に左右されることなく安定的に水の浄化が可能であると考えられています

さらに、汚染水が60〜80℃に加熱されればよいため、夏季の直射日光で水温が十分に上昇するだけで水処理が実現できると期待されます。

今後の展開

今後、実際の土壌中の汚染水の浄化に取り組むとともに、単位時間あたりの水処理量を増加させるための技術開発を行う予定です。また、現在のところ、PFASの疑似汚染水はヒーターで加熱しています。また、真空ポンプで水の蒸発を促進していますが、将来的には太陽光を利用した加熱方式に切り替え、ヒーターや真空ポンプを使用しない完全な電力フリーのシステムへ展開を目指します。

  • 付記

本研究成果は、東京工業大学 未来社会DESIGN機構「DLab Challenge 2022」の支援を受けて実施された研究です。

  • 用語説明

[用語1]PFAS:有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物の総称。1万種類以上の物質があるとされているが、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)が、幅広く使用されている。 世界保健機関(WHO)傘下の一機関である国際がん研究機関(IARC)は、FPASの一種であるPFOAをグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に、PFOSをグループ2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)に分類している。

[用語2]カーボン膜:カーボンできた多孔質膜。ポリマー膜、セラミックス膜が水浄化に広く実用化されているのに対し、研究開発途上にあると言われている。ポリマー膜、セラミックス膜では実現できないガス分離能が報告されていることから、グラフェン膜やカーボンナノチューブ膜、アモルファスカーボン膜の研究が進められている。

[用語3]糖類:グルコースをはじめとする単糖類やスクロースをはじめとする二糖類などの総称。テンサイやサトウキビから生産できることから、世界中で簡単に手に入れることができる。なお、本研究では主にグルコースを使用したが、市販されている食用の砂糖から同程度の機能を有するカーボン膜が作製できることを確認している。

[用語4]水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査:環境省と国土交通省が共同で実施した調査。令和2年度は暫定目標値を超過した水道事業および水道用水供給事業は11あったが年々減少し、令和6年度は0となった。このことから、現在は水道水への汚染は深刻でないと考えられる。

  • 論文情報

この成果は、2025年1月13−16日開催の国際会議「The 23rd International Symposium on Eco‐materials Processing and Design」で、招待講演として発表されました。

講演セッション: Environmental protection materials
講演時間: 1月15日 10:40-11:00
講演タイトル: Carbon materials for PFAS removal from water
講演セッション: Environmental protection materials
講演時間: 1月15日 10:40-11:00
講演タイトル: Carbon materials for PFAS removal from water

 研究者プロフィール

磯部 敏宏 Toshihiro ISOBE

東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授
研究分野:材料工学、機能性セラミックス

お問い合わせ先

東京科学大学 物質理工学院 材料系

准教授 磯部 敏宏

Email:isobe.t.a931@m.isct.ac.jp
Tel / Fax:03-5734-2525

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE