材料系 News
材料特性向上と材料工学の新指導原理の可能性
東京工業大学 物質理工学院 材料系の雷霄雯(ライ・ショウブン)准教授(材料コース 主担当)、路通(ルー・トン)博士後期課程学生、藤居俊之教授(材料コース 主担当)は、ねじり変形を加えたカーボンナノチューブバンドル(CNTB)構造体に回位が生成され、このCNTB構造体内の回位線が長いほどヤング率が低くなることを明らかにした。
個々のカーボンナノチューブ(CNT)にねじり変形を与えることは、高強度・高靱性で連続的なCNTBを作り出すための単純かつ効果的な方法である。しかし、得られるCNTB構造体の延伸性能が低いことは、解決すべき問題とされている。
本研究では分子動力学シミュレーションにより、CNTB構造体内に回位が発生することを発見し、その回位が力学特性に強く影響することを明らかにするとともに、回位線が長いほどヤング率が低下することを明らかにした。さらに、ねじり変形を受けたCNTB構造体内における回位線の存在は、CNTBの引張特性を低下させる因子となることを見出した。
本研究成果は、5月30日付の「Carbon」に掲載された。
回位[用語1]は回転型の格子変位をもつ線状の格子欠陥であり、材料構造に存在し得る格子欠陥の一つである。材料関連業界において、材料の強化や新奇な機能創出を行う場合、回位の制御は避けて通ることのできない重要な課題である。近年、金属や合金、有機材料、鉱物、地層などさまざまな物質や材料、構造において、回位の存在が注目されている。回位は、材料の変形機構や強化機構などを議論する際の基盤となるだけでなく、たとえばトポロジカル絶縁体物質の新規の特性発現など、極めて新しい学問分野においても重要性が認識され始めている。
雷准教授らの研究グループは、これまでに、計算機シミュレーション上で二次元グラフェンシート(GS)にくさび型回位を導入し、GSをさまざまな形状に変化させられることを報告している。カーボンナノチューブバンドル(CNTB)における回位はGSと同様に、図1に示すように定義することができる。この場合、カーボンナノチューブ(CNT)を1本抜き差しする操作に相当する回位導入(抜き取る場合が正、挿入する場合が負の回位)により、CNTBの横断面を一様な六員環結晶構造[用語2]から五員環結晶構造または七員環結晶構造に変えることができる。材料の諸特性を制御するには、回位の生成・成長機構に加えて、回位が材料力学特性に及ぼす影響の解明が不可欠となる。
バンドル構造[用語3]は、糸状DNAや光ファイバーから鉄筋に至るまで、さまざまなスケールにおいて応用される普遍的な構造様式である。これまでの研究で、ねじり変形させたバンドル構造体の幾何構造が力学特性の改善に密接に関係していることも明らかにされている。さらに、バンドル構造体をねじり変形させ、格子欠陥生成による内部構造変化を積極的に利用することによって、材料特性の向上をもたらす可能性が生まれ、材料工学への新指導原理をもたらすことが大きく期待されている。特にねじり変形させたCNTB構造体では、延伸性能が低いことが解決すべき問題とされている。
本研究では計算機シミュレーションにより、CNTBをねじり変形させると回位が生成することを発見するとともに、回位線[用語4]を初めて観測した。この計算機シミュレーションでは分子動力学法[用語5]を用いて、層数の異なるさまざまなCNTBモデルを構築した。具体的には、1本のCNTを中心に、その周りにCNTを同心円状に積層分布させた。初期緩和計算過程で、CNTBの横断面は初期の円形配置から六角形配置に変化した。その上で、CNTBの両端に対し、互いに逆向きに等しい角速度0.0218 rad/ps (1.25°/ps)でねじり変形させた。このとき、1 fsをタイムステップとし、1,000ステップ(1 ps)ごとにCNTBをねじり変形させ、10 psの緩和時間を設けて、ねじり変形と緩和を繰り返し破壊に至るまでシミュレーションを行った。この緩和計算過程では、ねじり変形によって z 軸に沿って発生する応力を緩和するために、端部が z 軸に沿って自由に動ける条件を与えた。
CNTBの横断面における内部構造の変化を解析するため、各断面内(xy 平面)の各 CNT は点として描き、三次元では z 方向に沿った線として表すと(図2(b), (d))、横断面での内部構造がプロットできる(図2(c))。このプロットからは、ねじり変形の過程でCNTB中のCNTの総数は一定に保たれるが、CNTBの局所的な配置は変化したことが分かる。また、初期緩和状態の一様な六員環構造は崩れて、図1に示したような局所的な格子欠陥回位が形成されたことが観察された(図2(e))。
CNTBをねじり変形させた結果から、回位線が長いほどヤング率[用語6]が低下することが明らかになった。CNTBの三次元モデル(6層を例)では、各横断面で観察された回位は三次元では線状に連なっている様子が観察された(図3(a)-(c))。また、ねじり変形によって発生した回位はくさび型に属し、回位線の方向は z 方向に伸びているものの、形状は直線ではなく曲線であることが分かった。さらに、ねじれ角度が増加するにつれて、各横断面で回位が生成し続け、回位線が成長するとともに(図3 (d))、CNTBのヤング率が顕著に減少することが明らかとなった(図3 (e))。ねじり変形前のCNTBのヤング率は層数に依存せずほぼ1 TPaであり、ねじり変形を受けたCNTBのヤング率の減少率もほぼ層数に依存しないことが分かった(図3 (e))。3層からなるCNTBでは回位は発生しないものの、層数が増えるにつれて回位線の長さは長くなり、ヤング率は低下することが初めて明らかとなった(図3 (f))。
本研究の最終目標は、材料の格子欠陥導入に伴う微視的内部構造変化と力学特性の相関解明から得られる知見を材料機能設計に活かし、新しい計算材料科学に関する学問分野を開拓することである。微視的な格子欠陥導入を積極的に利用した、マクロな諸特性を有する材料の設計は、さまざまな分野への応用が期待され、超スマート社会や持続可能な豊かな社会の実現への貢献度は極めて大きい。
CNTB材料内における回位の存在状態を研究することは、強度や靭性といったCNTB材料の力学特性を理解し、向上させるのに役立つ。最近では材料内の回位の重要性が認識されつつあり、知見の整理・概念の統合・理論の精緻化により、実験の指針となる回位理論を構築することが期待される。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)さきがけ「ナノ力学」(JPMJPR2199)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究B (JP23H01299)の支援を受けて行われた。
[用語1] 回位 : Volterra(1907)が提唱した6種類の線状欠陥のうち、回転型の欠陥のこと。回位は、ズレの大きさを表す回転ベクトルと回位線[用語4]の方向で定義され、回転ベクトルの方向と回位線方向が平行なものをくさび回位と呼ぶ。並進型格子欠陥の転位と対をなす用語として、「転傾」とも訳されることがある。
[用語2] 六員環結晶構造 : 原子レベルで、単位格子の各頂点が規則正しく六角形の形状に整列した結晶構造。
[用語3] バンドル構造 : 複数の柱状素線を束ねた構造。本研究では、多数のカーボンナノチューブ素線が同心円状に並んだ積層構造体。
[用語4] 回位線 : 結晶構造内で、ある領域が回転(ズレ)を起こしたとき、回転を起こした領域と起こしていない領域との境界線。
[用語5] 分子動力学法 : ニュートンの運動方程式を個々の粒子に適用し、粒子の座標の時刻歴を計算して、統計熱力学にもとづいて系の物性を算出・制御するコンピュータシミュレーション手法。
[用語6] ヤング率 : 弾性変形範囲内では、単軸応力σはその方向のひずみεに比例し、その比例定数をヤング率 E という(σ=Eε)。
掲載誌 : | Carbon |
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論文タイトル : | Nucleation of Disclinations in Carbon Nanotube Bundle Structures Under Twisting Loads |
著者 : | Tong Lu, Xiao-Wen Lei*, Toshiyuki Fujii |
DOI : | 10.1016/j.carbon.2024.119287 (Open Access) |