材料系 News
光スピントロニクスへの応用に期待
キラルな結晶構造を持ち、重元素から構成される物質は、非磁性であっても電子の磁石としての性質であるスピンによる磁気的性質が引き起こされうることから、以前より関心を集めていました。しかし、重元素から成る物質の大半が属する無機物では、自由にキラリティを選択して物質を合成することは非常に難しく、新しい物質の開発が期待されていました。
東北大学金属材料研究所の谷口耕治准教授、宮坂等教授らは、東京工業大学フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授(材料コース 主担当)らとの共同研究により、二次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト[用語4]において、キラリティの制御が可能な重元素から成る新しい半導体の材料設計に成功し、結晶構造のキラリティを反映した光電流[用語5]が発生することを発見しました。
本研究では、重元素から成る無機骨格にキラルな有機分子カチオンを挿入する材料設計により、強いスピン・軌道相互作用[用語6]を持ちつつ、キラリティを制御可能な半導体を実現しました。今回開発した半導体では、光を照射すると、結晶の右・左のキラリティで流れる向きが変わる電流が発生することを初めて見出しました。この電流は、スピン・軌道相互作用によりスピンの向きが揃っていることが予想されています。
今後、光照射で磁化反転を制御出来るメモリデバイスのように、光を利用したスピントロニクスへの応用が期待されます。
本研究成果は、材料科学誌「Advanced Materials」(2021年3月23日)に掲載されました。
近年、非磁性の物質において、固体内の電子スピン特性に由来した磁気的性質を発現させることが、スピントロニクス分野で関心を集めています。このようなスピン特性を発現させるには、強いスピン・軌道相互作用を持つ系を、空間反転対称性[用語7]の破れた状況下に置けばよいことが知られています。特にキラルな結晶構造を持つ重元素(原子番号の大きい元素)から成る物質は、この条件を満たす系として、以前より関心が持たれてきました。しかし、重元素を用いた物質設計が可能な無機物では、自由にキラリティを選択して物質を合成することが非常に難しく、一方、キラリティを制御した物質設計が容易な有機物では、軽元素(原子番号の小さい元素)で構成されるため、肝心のスピン・軌道相互作用が弱くなってしまうという問題がありました。このような背景を受け、本研究グループでは、新しいコンセプトに基づき、上記の条件を同時に満たせるような新規物質の開発に着手しました。
本研究では、有機・無機ハイブリッドペロブスカイト系の化合物が、単一の物質内で有機物と無機物の性質を併せ持つという特徴に着目し、重元素から成る無機骨格にキラルな有機分子カチオンを挿入するという独自の指針で、従来の無機物単体や有機物単体では実現が難しい、「強いスピン・軌道相互作用」&「キラリティの制御性」を併せ持つ系の設計を行いました。具体的には、層状構造を持ち比較的大きな分子でも組み込むことが可能な、二次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト型鉛ヨウ化物(2D-OIHP)を選択することで、キラリティを自由に制御できる、新しい半導体を作り出すことに成功しました。また、この2D-OIHPでは、無機層が原子番号の大きな鉛とヨウ素から構成されており、これら重元素の強いスピン・軌道相互作用が電子状態に大きく影響を及ぼすことを、第一原理計算[用語8]により明らかにしました。
さらに、今回開発した半導体に円偏光[用語9]を照射したところ、外部電場を印加しない状態でも、光電流が発生することが観測されました。このような現象は、円偏光ガルバノ効果[用語10]と呼ばれ、光照射する物質が、スピン・軌道相互作用でスピン分裂した電子状態になっている場合に、励起される光キャリアの運動量分布に偏りが生じることに起因しています。特に今回開発した物質では、結晶のキラリティが右手系か左手系かで、円偏光ガルバノ効果で発生する光電流の符号が反転することが見出されました。キラリティに依存した円偏光ガルバノ効果からは、これまで実験的にほとんど観測されたことのない、キラルな系に特有な運動量空間における放射状のスピン構造の形成が示唆されました。
円偏光ガルバノ効果では、原理的に光照射のみでスピン偏極電流[用語11]を発生することができます。そのため、この効果による磁化反転を利用した新しい光制御型磁気メモリデバイス等の実現が期待されます。特にキラルな物質では、極性[用語12]を持つ系とは異なる、新しい対称性のスピン分裂が、スピン・軌道相互作用により引き起こされることが予想されており、従来とは異なる特性を持つスピン偏極電流の生成源が得られる可能性があります。また本研究で物質開発を行った、有機・無機ハイブリッドペロブスカイト系の化合物は、有機物のように溶液プロセスでの合成が可能なため、今後、印刷技術等と組み合わせることで、フレキシブルな光スピントロニクス材料としての展開等も期待されます。
本成果は、東北大学金属材料研究所と東北大学理学研究科物理学専攻、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所、株式会社リガクの共同研究によるものです。また本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)(JPMJPR19L4)、同戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)(JPMJCR16F2)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)(20H01829)、基盤研究(C)(20H00381)、挑戦的萌芽(18K19050)、特別推進研究(18H05208)、住友電工グループ社会貢献基金研究助成、東北大学金属材料研究所・先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)からの支援を受けて実施されました。
[用語1] スピントロニクス : 電子の電荷とスピン(電子の磁石としての性質)の両方を利用した機能開拓を行う研究分野のこと。
[用語2] キラリティ : 図形や物体の、その鏡像と重ね合わすことが出来ない性質のこと。右手と左手の関係のこと。
[用語3] スピン : 電子の磁石としての性質のこと。
[用語4] 二次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト : 有機物と無機物から成る層状ペロブスカイト型構造をとる半導体のこと。結晶構造は、二価金属を中心としてハロゲン原子(周期表の17 族元素の総称。フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンが相当。)が構成する八面体骨格が頂点共有して二次元的に広がった無機層で特徴付けられ、無機層の層数が異なる様々な類縁体が知られている。二次元有機・無機ハイブリッドペロブスカイト型構造では、無機層と有機アンモニウム分子カチオンからなる有機層が交互に積層した結晶構造となっている。
[用語5] 光電流 : 物質に光を照射した際に流れる電流のこと。
[用語6] スピン・軌道相互作用 : 電子のスピン角運動量と、電子の軌道角運動量とが、互いの向きを固定しようとする相互作用のこと。原子番号の大きな元素で強い相互作用となる。
[用語7] 空間反転対称性 : 空間座標(x, y, z)を(−x, −y, −z)に変換する操作(空間反転操作)を施した際、構造が元の構造と一致する状況。
[用語8] 第一原理計算 : 実験データや経験パラメータを用いずに、量子力学の基本方程式のシュレディンガー方程式に則って、物質中の電子の運動状態を計算する方法のこと。
[用語9] 円偏光 : 光(電磁波)の進行に従い、電磁波の電場 or 磁場ベクトルが進行方向に垂直な面内で回転する状態の光のこと。
[用語10] 円偏光ガルバノ効果 : 円偏光を物質に照射した際に、外部電場なしでも光電流が発生する現象のこと。
[用語11] スピン偏極電流 : 電子スピンの向きが揃った状態で流れる電流のこと。
[用語12] 極性 : 物質内に存在する電気的な偏りのこと。
掲載誌 : | Advanced Materials |
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論文タイトル : | Chirality‐Dependent Circular Photogalvanic Effect in Enantiomorphic 2D Organic–Inorganic Hybrid Perovskites |
著者 : | Po-Jung Huang, Kouji Taniguchi, Masato Shigefuji, Takatsugu Kobayashi, Masakazu Matsubara, Takao Sasagawa, Hiroyasu Sato, and Hitoshi Miyasaka |
DOI : | 10.1002/adma.202008611 |
お問い合わせ先
研究内容に関すること
東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門
准教授 谷口耕治
E-mail : taniguchi@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2032
東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門
教授 宮坂等
E-mail : miyasaka@imr.tohoku.ac.jp
Tel : 022-215-2030
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
准教授 笹川崇男
E-mail : sasagawa@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5366
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