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安定かつ高伝導度の単分子ワイヤーを開発

金属錯体の導入で実現、分子エレクトロニクスへ道

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2018.08.31

要点

  • 不安定な炭素原子鎖「ポリイン」へ金属錯体を導入することで高性能化に成功
  • 金属錯体の配位子と呼ばれる部分が自己反応を防ぎ、安定化を達成
  • 単一分子の電気伝導度計測により高い伝導性を解明

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の田中裕也助教、加藤佑弥大学院生(当時)、穐田宗隆教授、元素戦略研究センターの多田朋史准教授、理学院 化学系の藤井慎太郎特任准教授、木口学教授らのグループは、炭素原子を連結した不安定分子「ポリイン(C≡C)n[用語1]」に金属錯体[用語2]をドーピング(導入)することにより、大気中で安定して高い伝導性を示す新たな単分子ワイヤー[用語3]の開発に成功した。

この成果は、新たに考案した有機金属錯体合成法と単分子電気伝導度計測ならびに理論計算に基づいて得られた。この研究成果により、分子で電子回路を構築する分子エレクトロニクスの大幅な進展が期待できる。

研究成果は2018年7月2日付けの米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」速報版に掲載され、また表紙(Supplementary Journal Cover)に採用された。

研究の背景

情報集積回路はスマートフォンに代表されるように現代社会に必要不可欠なツールである。一方、従来のシリコン半導体技術を踏襲した高性能化は年々開発コストが高くなっており、代替となる電子回路構築法が模索されている。

分子エレクトロニクスは分子を素子と見立て、様々な機能を有機合成的手法[用語4]により作り出すことが可能であり、高性能電子回路を構築することが期待されている。一方、有機物と電極間に生じる大きな抵抗に伴い、期待される機能が十分に発揮できないという課題があった。

研究成果

東工大の田中助教・穐田教授らは高い伝導度を有する分子素子の候補として、炭素原子を連結したポリインに着目した。ポリインは理論的に高い伝導性が予測されているものの、高い自己反応性により熱力学的に不安定であり、爆発性を示すことが知られていた。そのため、そのままでは伝導材料としての利用が困難であった。

そこで、同研究グループは高い伝導性かつ安定性を実現するために、金属錯体をポリインへ「ドーピング」する手法を考案した(図1)。金属錯体は配位子[用語5]と呼ばれる嵩高い(かさだかい:体積が大きい)部分を有しており、これが自己反応を防ぎ、安定性を高めることに成功した。

STMブレイクジャンクション法[用語6]を用いた単分子電気伝導度計測から、電極との接続部としてピリジン基[用語7]を用いた分子ワイヤーに比べて約100倍、チオエーテル基[用語8]を用いた分子ワイヤーに比べて約6倍高い性能を実現した(図2a)。距離と伝導度のプロットから、分子と電極間の接触抵抗が極めて小さいことが要因の一つであることが明らかとなった。

図1. (a)ポリイン分子ワイヤーと有機金属ポリイン分子ワイヤー (b)有機金属ポリインワイヤーのイメージ図

図1. (a)ポリイン分子ワイヤーと有機金属ポリイン分子ワイヤー (b)有機金属ポリインワイヤーのイメージ図

高い伝導性を示すメカニズムを調査するために、密度汎関数法・非平衡グリーン関数法[用語9]による解析を行った。その結果、伝導に寄与する分子軌道が電極近傍のエネルギー準位付近に存在していることが明らかとなった(図2b)。金属錯体のない有機ポリイン化合物では分子軌道と電極のエネルギー差が大きいことから、金属錯体の「ドーピング」が高い伝導度の鍵であることを明らかにした。

図2. (a)単分子電気伝導度計測結果と(b)理論計算による伝導軌道

図2. (a)単分子電気伝導度計測結果と(b)理論計算による伝導軌道

今後の展開

今回の研究から有機分子ワイヤーへ金属錯体を導入することで、高い伝導度が実現できることを実証した。一方で、分子長が長くなるにつれて伝導度が減衰する減衰定数は有機ポリインワイヤーと同等であることが課題として残った。今後は数ナノメートル長においても高い伝導性を保つ分子ワイヤーの開発が目標となる。

この研究は科学研究費助成事業 (基盤研究(C))・村田学術振興財団・新学術領域計画研究「π造形科学」の支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] ポリイン : 単結合と三重結合が交互に現れる(-C≡C-)nの構造を持つ有機化合物。

[用語2] 金属錯体・有機金属錯体 : 金属錯体は金属と配位子(用語5を参照のこと)が結合した構造を持つ化合物。有機金属錯体は金属―炭素結合を持つ金属錯体のこと。2001年の野依良治氏、2010年の根岸英一氏と鈴木章氏らが受賞したノーベル化学賞の対象となった化合物群。

[用語3] 単分子ワイヤー : 単一分子で導電性を示す分子のこと

[用語4] 有機合成的手法 : 有機化合物を人工的に作る手法。一般的にフラスコを用いて反応を行い、その後に分離精製操作を行う。

[用語5] 配位子 : 錯体の中で、中心原子に配位しているイオンまたは分子などの総称。

[用語6] STMブレイクジャンクション法 : 走査型電子顕微鏡(STM)を用いて、金属探針をもう一方の電極と接触・引き離す過程を繰り返す。分子を含む溶液を浸しておくことで、金属-単一分子-金属構造を形成し単一分子の電気伝導度が計測できる。

[用語7] ピリジン基 : 複素環式化合物(炭素や水素原子のほかに酸素・硫黄・窒素原子などが入っている環状構造の化合物)のひとつ。ベンゼン環の炭素原子1個を窒素で置き換えた構造。

[用語8] チオエーテル基 : エーテルの酸素原子を硫黄原子で置換した構造をもつ化合物の総称。構造式はR-S-R(Rは炭化水素)。

[用語9] 密度汎関数法・非平衡グリーン関数法 : 金属-単一分子-金属構造における伝導度ならびに伝導軌道を計算する手法の一つ。

論文情報

掲載誌 : Journal of the American Chemical Society
論文タイトル : "Doping" of Polyyne with An Organometallic Fragment Leads to Highly Conductive Metallapolyyne Molecular Wire
著者 : Yuya Tanaka, Yuya Kato, Tomofumi Tada, Shintaro Fujii, Manabu Kiguchi, Munetaka Akita
DOI : 10.1021/jacs.8b04484 別窓
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化学生命科学研究所 助教

田中裕也

E-mail : ytanaka@res.titech.ac.jp
Tel / FAX : 045-924-5230

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所 教授

穐田宗隆

E-mail : makita@res.titech.ac.jp
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