材料系 News
新たな超伝導体発見手法として期待
東北大学 大学院理学研究科の福村知昭教授、清良輔大学院生(東北大学 大学院理学研究科、東京大学 大学院理学系研究科)、東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻の長谷川哲也教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の川路均教授らは、ビスマス層状酸化物の新超伝導体を発見しました。
原子層のブロックが積み重なった構造をもつ層状化合物では、銅酸化物や鉄系化合物に見られる高温超伝導[用語1]のような特異な物性が期待されることから、層状化合物の新しい超伝導体の探索がさかんに行われています。新しい超伝導体の発見は、新たな現象や別の新超伝導体の発見につながる可能性があります。
本研究グループは、これまで超伝導を示さないと考えられていたビスマス層状酸化物を超伝導化することに成功しました。この物質は、単原子の厚さのビスマスのシートと絶縁体酸化物ブロック層からなる構造をもち、ビスマスの単原子シートが超伝導状態になっていると考えられます。通常の化学組成では超伝導は発現しませんが、酸素を過剰に導入してビスマスの単原子シートの間隔を拡げることで、超伝導が発現します。
今回の成果により、同様の手法で他の層状化合物を超伝導体化することへの活用が期待されます。また、原子番号が大きくスピン軌道相互作用の大きいビスマスが超伝導を示すことから、量子コンピューターに活用できる特異な超伝導状態の発現の可能性があります。
本研究は、東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻の長谷川哲也教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の川路均教授と共同で行ったもので、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」研究領域(研究総括:玉尾皓平 理化学研究所 研究顧問/ グローバル研究クラスタ長)の助成を受けています。
本研究成果は、平成28年8月19日(米国東部時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開されました。
超伝導現象はゼロ抵抗や完全反磁性[用語2]を示す科学の観点から重要な物理現象ですが、電力不要の送電線、リニアモーターカーに用いられる磁気浮上技術、電力貯蔵など産業応用やエネルギー問題にも活用可能な現象です。後者の目的のためには、できるだけ室温に近い高温まで超伝導状態を保つことができる高温超伝導体[用語3]が必要です。1987年に銅酸化物の高温超伝導が発見され、多くの高温超伝導体が発見されましたが、ここ25年の間、常圧における超伝導の転移温度の最高値は更新されておらず、マイナス150度程度という非常に低い温度にとどまっています。これは、高温超伝導体の物質設計法が確立されていないのが原因です。したがって、新しい超伝導体の探索を継続的に行っていき、高温超伝導体の設計指針を構築することが重要です。
金属のアルミや鉛は低温で超伝導を示します。一方、複数の元素から構成される遷移金属化合物の場合、ある化学的手法を施すことによって初めて超伝導が発現する場合があります。たとえば、La2CuO4は絶縁体ですが、一定量のLaをSrで置換すると、正孔[用語4]キャリアがドープされることによって超伝導体に変化します。また、HfNClは非超伝導体ですが、そのへき開面に相当する位置に有機分子を挿入すると、結晶格子が大きく伸ばされて超伝導体に変化します。このような、元素の置換によるキャリアのドープや、分子の挿入による結晶格子の大きな伸張は、超伝導体を得る化学的手法として、しばしば用いられてきました。
ビスマス化合物は熱電材料[用語5]やトポロジカル絶縁体[用語6]といったエネルギー変換・省エネルギー材料としてさかんに研究されています。一方、超伝導を示すビスマス化合物はそれほどありません。ただし、最近発見された高温超伝導を示す鉄系化合物と類似した結晶構造をもつビスマス層状化合物が多いことから、超伝導体の探索も行われてきました。これらのビスマス層状化合物は、単原子の厚さのビスマス正方格子とブロック層の積層構造になっています。これらの化合物では超伝導もいくつか報告されていますが、不純物析出相の超伝導の可能性もあり、ビスマス正方格子が超伝導状態になっている確かな証拠はありませんでした。さらに、本研究対象のビスマス層状化合物Y2O2Biについては、超伝導体でないという見解がとられていました。
本研究で用いた材料はY2O2Biというビスマス層状酸化物で、2011年に東京工業大学のグループから報告されました。図1のように、この材料は、高温超伝導体として知られる鉄系化合物BaFe2As2と同じ結晶構造です。ただし、BaFe2As2ではFe2As2ブロック層が超伝導を担っていますが、Y2O2BiではBi単原子シートが超伝導を担っています。これらの2つの材料は同じ結晶構造ですが、超伝導を担う場所が互い違いになっています。
Y2O2Biは、それまで電気伝導性は示すものの、超伝導体と考えられていませんでした。2014年に、本研究グループの東大・東北大の研究チームが、この材料のエピタキシャル薄膜成長に世界で初めて成功しましたが、その過程で、ゼロ抵抗は示さないものの、極低温で抵抗が急にわずかだけ減少する現象を見出しました。今回、Y2O2Biの酸素をより過剰になる組成で合成したところ、ゼロ抵抗と完全反磁性を示す超伝導の観測に成功しました。東工大のグループが開発した極低温の比熱測定装置により、超伝導の相転移を実証できました。
その後の分析により、ビスマス単原子シートの間の間隔(c軸の結晶の単位長の半分に相当)がわずかに拡がっていることがわかりました(図2)。酸素を導入することで、酸素がビスマス単原子シートとYOブロック層の間のわずかな隙間に入り込んでc軸方向に結晶が伸びることが、超伝導が発現する機構と考えられます(図3)。c軸方向の結晶の伸び率は、HfNClのようなへき開面に大きな有機分子を挿入して超伝導が発現する場合に比べて非常に小さいですが(図2)、その伸び率に対する超伝導転移温度の上昇率は、Y2O2Biのほうが非常に大きいことがわかります。このような特異な挙動は、ビスマス単原子シートに発現する超伝導の性質に起因する可能性があります。
層状化合物の結晶構造の隙間に原子を挿入して結晶の単位長を精密に調節する、という手法はこれまでの超伝導体化のための化学手法とは異なっており、今回の手法を用いることによりビスマス化合物以外にも新たな超伝導体が見つかる可能性があります。ビスマス化合物は、量子コンピューターにも活用できると期待されているトポロジカル超伝導体化も試みられていますが、今回のY2O2Biは新しいタイプのビスマス化合物超伝導体であるため、特異な超伝導状態をもつかどうかも今後調べていく必要があります。
用語説明
[用語1] 超伝導 : 金属、合金、化合物などの温度を下げていくと、ある種の物質で電気抵抗がゼロ(ゼロ抵抗)になり、完全反磁性を示す現象。超伝導転移温度よりも低い温度で超伝導状態になる。
[用語2] 完全反磁性 : 温度を下げていき、常伝導状態から超伝導状態に変化したとき、試料内部を通っていた磁力線が外部にはじきだされてしまう現象。超伝導体のもつ基本的な性質である。マイスナー効果とも呼ばれる。
[用語3] 高温超伝導体 : 一般に、絶対温度約25 K(約マイナス250度)以上の超伝導転移温度を持つ超伝導体。たとえば、銅酸化物や鉄系超伝導体が知られている。
[用語4] 正孔 : 電子と反対の符号の電荷(正電荷)をもつ粒子。電子と同じく材料の中を流れる電流の源である。
[用語5] 熱電材料 : 材料に温度勾配があると起電力が生じる熱電効果が大きい材料。排熱を発電に利用することができるため、大きな熱電効果をもつ材料の探索がさかんである。
[用語6] トポロジカル絶縁体 : 物質の内部は絶縁体であるが、表面は電気伝導性を示す材料。次世代の低消費エレクトロニクス材料として期待されている。超伝導を示すトポロジカル絶縁体はトポロジカル超伝導体と呼ばれる。
論文情報
掲載誌 : | Journal of the American Chemical Society |
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論文タイトル : | "Two Dimensional Superconductivity Emerged at Monatomic Bi2- Square Net in Layered Y2O2Bi via Oxygen Incorporation" (酸素導入によって発現した層状化合物Y2O2Biにおける単原子層Bi2-正方格子の2次元超伝導) |
著者 : | Ryosuke Sei, Suguru Kitani, Tomoteru Fukumura, Hitoshi Kawaji, and Tetsuya Hasegawa |
DOI : | 10.1021/jacs.6b05275 |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学 大学院理学研究科 化学専攻
教授 福村知昭
Email : tomoteru.fukumura.e4@tohoku.ac.jp
Tel : 022-795-7719 / Fax : 022-795-7719
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻
教授 長谷川哲也
Email : hasegawa@chem.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4353 / Fax : 03-5841-4353
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 川路均
Email : kawaji@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5313 / Fax : 045-924-5339