材料系 News
マテリアルズ・インフォマティクスと実験の連携による成果
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所/元素戦略研究センターの大場史康教授、平松秀典准教授、細野秀雄教授らは京都大学大学院工学研究科の日沼洋陽特定助教、田中功教授らと共同で、希少元素[用語1]を含まず、赤色発光デバイスや太陽電池への応用が期待できる新しい窒化物半導体を発見した。最先端の第一原理計算[用語2]を用いたスクリーニングによる効率的な物質選定と高圧合成実験[用語3]の連携により、見いだした。
この成果は窒化物半導体の応用の可能性を広げるだけでなく、先進計算科学に基づいたマテリアルズ・インフォマティクス[用語4]により物質探索を加速できることを実証したものであり、本アプローチは今後の材料開発において有力な手法になると期待される。
研究成果は6月21日に英国の科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」に掲載された。
わが国の「元素戦略プロジェクト」[用語5]が標榜するように、地球上に豊富に存在する元素により構成され、卓越した機能はもちろん、安価で高い環境調和性をもつ新物質・新材料の開拓が急務である。物質・材料探索では、元素の種類と組成の無限の組み合わせの中で可能な限り広く探索し、そこから有望な候補を的確に絞り込むための指針と手法が要となる。
近年の計算科学の進展とスーパーコンピュータの演算能力の向上により、物質の安定性や特性を高精度かつ網羅的に理論予測できるようになってきた。このような先進計算科学、さらにはデータ科学や合成・評価実験に基づいたスクリーニングにより物質・材料開発の加速を目指した「マテリアルズ・インフォマティクス」が世界各国で盛んになっている。
数ある物質の中でも、窒化物は半導体としての応用に適した電子・光学物性だけでなく、地球上に豊富に存在する窒素の化合物というメリットをもつ。しかし、現在実用化されている窒化物半導体は、緑色や青色、紫外線の発光ダイオードに用いられる窒化ガリウムと、窒化インジウムまたは窒化アルミニウムとの固溶体にほぼ限定されている。また、既存の赤色や黄色の発光ダイオードには、高コスト、希少、あるいは使い捨てや廃棄が容易でない元素が使用されている。
希少元素を含まず、伝導キャリア(電子や正孔)の輸送特性に優れ、さらには太陽光をはじめ、人類にとって有用な光の波長領域のバンドギャップ[用語6]をもつ窒化物半導体が開発できれば、赤色の発光デバイスや太陽電池など、窒化物半導体のより広範な応用が期待できる。
東工大の大場教授らの研究グループは、最先端の第一原理計算を用いたマテリアルズ・インフォマティクスと高圧合成実験を連携させて、新しい窒化物半導体を探索した。様々な候補物質を対象に計算スクリーニングを実行し、特性および安定性の観点から有望な物質を選び出した。伝導キャリアの輸送に有利な電子構造の観点から、亜鉛を含む3元系窒化物半導体に対象を絞り、既知および仮想的な物質を含む約600種類の候補物質のリストを作成した。
その候補物質を対象に、格子振動[用語7]に対して結晶が安定に保たれること、3元系状態図における競合相に対して安定またはわずかに準安定であること、バンドギャップをもつこと、有効質量[用語8]が小さいことを条件に、半導体として有望な物質を絞り込んだ。(図1)
計算スクリーニングにより、図2に示すような21種類の窒化物半導体を選定した。このうち物質群Iに示すのは既知の半導体であり、これらが的確に選ばれたことは今回のスクリーニング手法の妥当性を示す結果である。IIについては合成の報告はあるものの、半導体としての応用が未開拓である。そして、IIIは合成の報告すらない新物質である。このように、多様なバンドギャップをもつ有望な窒化物半導体を計算スクリーニングにより提案した。
物質群IIIの中でも、図3に示すCaZn2N2は、Ca、Zn、N(カルシウム、亜鉛、窒素)という豊富な元素のみで構成されるだけでなく、以下の計算結果から特に有望な新物質といえる。
そこで、このCaZn2N2を合成実験のターゲットとした。合成方法としては、3元系状態図の計算よりCaZn2N2が高い窒素分圧下において安定であることを踏まえ、高圧合成を選択した。図4に示すように、計算から予測された通り1,200 ℃、5.0 GPa(約5万気圧)の高温・高圧条件下においてこのCaZn2N2相が得られ、その結晶構造は予測されたものと等しいことが分かった。
また、実験で得られた格子定数[用語10]と計算による予測値との差は0.3%と小さく、今回の理論予測が高精度であることを実証した。さらに拡散反射[用語11]測定およびフォトルミネッセンス[用語12]測定により、バンドギャップは1.9 eVと理論予測にほぼ一致する値に見積もられ、直接遷移型のバンド構造を示唆する急峻な光吸収スペクトルの立ち上がりと赤色発光を観測した。
11種類の有望な新3元系窒化物に関する理論予測と、CaZn2N2の実験的な実証に関する以上の結果は、窒化物半導体のこれからの応用の可能性を広げるだけでなく、マテリアルズ・インフォマティクスにより物質探索を加速できることを示す実例である。今後、探索範囲を拡張して計算スクリーニングを実行し、より多様な新物質を選定し、実験により検証することで、新物質のさらなる開拓が期待できる。
本研究は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>東工大元素戦略拠点(TIES)、科学技術振興機構イノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」、科学研究費補助金新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓-材料科学の新展開」の助成により行われた。計算には東京工業大学スーパーコンピュータTSUBAME2.5および京都大学スーパーコンピュータACCMSを用いた。
用語説明
[用語1] 希少元素 : 地球上の存在量が少ないか、技術的・経済的な理由で抽出困難な元素。
[用語2] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、安定性や構造を決定する際の指標となる全エネルギーが得られ、結晶や分子の構造を予測できる。
[用語3] 高圧合成実験 : 数万気圧(数ギガパスカル)の高い圧力下での試料合成実験。
[用語4] マテリアルズ・インフォマティクス : 計算科学、データ科学、合成・評価実験及びこれらの連携手法により膨大な数の物質の評価を行い、その結果に基づいて新物質や新機能を開拓することを目指したアプローチの総称。
[用語5] 元素戦略プロジェクト : 物質・材料の特性・機能を決める元素の役割を解明し利用する観点から材料研究のパラダイムを変革し、希少元素の代替や新材料の創製につなげることを目標とする文部科学省の研究プロジェクト。
[用語6] バンドギャップ : 半導体において電子がとることができないエネルギー範囲であり、吸光波長の閾値や発光波長に関わる。
[用語7] 格子振動 : 量子効果や熱による格子の振動。
[用語8] 有効質量 : 物質中の伝導電子やホールの見かけ上の質量であり、値が小さいほど高い輸送特性が期待できる。
[用語9] 直接遷移型 : 価電子帯の上端と伝導帯の下端の電子状態が同じ波数ベクトルをもつ半導体のバンド構造であり、発光や吸光に適している。
[用語10] 格子定数 : 結晶格子の各辺の長さを与える定数。
[用語11] 拡散反射 : 物質からの光の反射から半導体のバンドギャップを見積もる手法。
[用語12] フォトルミネッセンス : 半導体のバンドギャップより高い光子エネルギーの光を照射し光を吸収させ、逆遷移の発光を観察する手法。
論文情報
論文タイトル : | Discovery of earth-abundant nitride semiconductors by computational screening and high-pressure synthesis (和訳:豊富な元素で構成される窒化物半導体の計算スクリーニングと高圧合成による発見) |
---|---|
著者 : | Yoyo Hinuma, Taisuke Hatakeyama, Yu Kumagai, Lee A. Burton, Hikaru Sato, Yoshinori Muraba, Soshi Iimura, Hidenori Hiramatsu, Isao Tanaka, Hideo Hosono, and Fumiyasu Oba (日沼洋陽、畠山泰典、熊谷悠、バートン・リー、佐藤光、村場善行、飯村壮史、平松秀典、田中功、細野秀雄、大場史康) |
掲載誌 : | Nature Communications (ネイチャー・コミュニケーションズ) 7, 11962 (2016). |
DOI : | 10.1038/ncomms11962 |
問い合わせ先
理論計算に関すること
科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所/
元素戦略研究センター
教授 大場史康
Email : oba@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5511
実験に関すること
科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所/
元素戦略研究センター
准教授 平松秀典
Email : h-hirama@lucid.msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5855