土木・環境工学系 News
根は自身の成長浮力と土圧を上回る根毛の摩擦がなければ土に潜ることができない
植物の根は水と栄養を獲得すると共に地上部を支えるために土中に潜り込む必要があります。しかしながら、土中へ潜り込むには植物体の健全な成長や適切な土壌環境が必要であり、条件が揃わないと根は土中に貫入(かんにゅう)することができません。そのため、どのような環境条件あるいは力学条件で根の貫入[用語1]が起きるかを理解することは植物科学の重要な課題でした。
本研究では、若いハツカダイコンの根が、土に隙間が空いていない高密度の土壌において、貫入できずに浮き上がる現象を発見しました(図1A)。また、播種[用語2]から1日目の根毛の発達していない初期根でもまた貫入できずに浮き上がることもわかりました(図1B)。これらの実験結果は、土の環境条件および根の成長力学条件が貫入にとって重要であることを明確にしました。
東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系の友部遼助教(都市・環境学コース 主担当)は、秋田県立大学、奈良先端科学技術大学院大学、熊本大学と共同で、土質工学の基礎杭[用語3]に発想を得た根の貫入力学モデルを構築し、どのような力学条件下で根が貫入できるかを数理的に表現する根の貫入基準式を導出することに初めて成功しました。
この知見を利用することにより、植物科学におけるミクロな細胞成長動態と人間の目で見えるマクロな根の貫入を結びつけることができるため、植物生理学の進展に寄与するばかりでなく、生物模倣工学[用語4]や新しい基礎杭の提案など他分野に波及性の高い研究手法になる可能性があります。
本研究成果は、米国電子ジャーナル「Scientific Reports」へ5月9日に掲載されました。
植物の根は土壌を突き抜けて水と栄養を得る水理学的な機能をもつことに加え、地上部を支える支柱として力学的な機能も有する重要な器官です。根が土壌へ貫入するための必要条件として、根が土に入りやすい形状をしていることや、強く下方向に成長することが重要であると考えられてきました。例えば、根冠[用語6]は粘液を分泌し外側の細胞を脱落させることにより、土に潜りやすくしていることが明らかにされており、また、根端形状は根が貫入するために最適な形状をしている可能性も指摘されています。さらに、主根に加えて、側根や根毛などの根の側面構造の成長に由来する摩擦力も貫入を手助けする役割をもつと考えられています。このような先行研究によって、主根や側面構造(側根や根毛)の成長や土との摩擦相互作用が重要な要素であることがわかっていましたが、実際にどのような条件で根が貫入できるのかはこれまで充分に調べられていませんでした。
本研究の始まりは、熊本大学の研究グループが植物の根と土の摩擦効果を理解するために様々な品種の根を観測していたところ、土に隙間が少ない豊浦砂に対して根が土中に潜ることができず、地上部に浮き上がる現象を発見したことがきっかけでした(図1A)。また、別の実験で根毛が十分に発達していない場合にも根が浮き上がる事がわかっていたため(図1B)、根の貫入条件は土だけで決まるのではなく根の成長過程も重要であることがわかりました。そこで、この根の浮き上がり現象の力学的な仕組みを解明するために、土質工学で対象とする基礎杭の力学を根に応用することを着想しました。
土質工学では図2Aのように基礎杭の下向きにかかる荷重に拮抗するように、側面構造の摩擦力や貫入抵抗力(土圧)は上方向にかかります。一方で、植物の根では、成長領域が先端付近に存在しているため、荷重に対応する外力は上下双方向に働きます。そのため、根毛による摩擦力は逆向きに働き、それによって、土に貫入する力を得ていると考えることができます(図2B)。つまり、植物は自らの成長力と根毛摩擦を組み合わせて上方向の土圧に打ち勝つことで下方向に進展することができることが明らかになりました。この結果は、根毛の摩擦係数と貫入抵抗係数のグラフで定量的に理解できます(図2C)。しかし、この力学モデルでは、根毛の成長が未成熟な場合の根の浮き上がり現象を説明することはできませんでした。
そこで本研究グループは、この考え方をさらに発展させて、実際の実験環境に近い力学モデルを再構築しました。具体的には、主根の成長異方性α(図3A)、静的な根毛摩擦力と静的な土圧の比β(図3B)、動的な根毛成長摩擦力と動的な土圧の比γ(図3C)の3つの無次元パラメータ[用語7]を導入することで、根の下方向への成長しやすさや根形状が持つ上下方向の力の拮抗をより精密に表現することができます。植物特有の考慮すべきポイントは、基礎杭と異なり根毛の成長によって摩擦力が増加する効果や土中に潜ることで下側の隙間がなくなり土圧が上がる効果を適切に扱う必要があることです。これらの結果をまとめると、根が土中に潜るための基準式が導出され、根が貫入するか浮き上がるかを定量的に明確に考察することが可能になりました(図3D)。
本研究の達成により、根が土中に貫入できるかどうかを無次元パラメータα、β、γにより定量的に議論することができます。例えば、図4のように有限要素法[用語8]シミュレーションによりβの大小によって土への貫入しやすさが異なることを明確に示すことができます。またこの計算では、根が土に対して一方向的に一様な力をかけるのではなく、土を左右にかき分けて貫入することも、東京工業大学の研究グループによって初めてわかりました。このように理論的な基準式を基盤として、数値シミュレーションでその貫入動態を分析・実証する研究が増えていけば、今後さらに新しい知見が増えていくと考えられます。このような実験と理論を横断的に考察する学術連携研究が進めば、植物科学による詳細な生物学的知見と土質-構造力学による簡潔な力学的知見が融合し、生物学および工学の諸問題について従来考えもしなかった別の視点から解決されることが期待されます。
本研究は、秋田県立大学(津川暁 助教)、奈良先端科学技術大学院大学(出村拓 教授)、東京工業大学(友部遼 助教)、熊本大学(澤進一郎 教授/吉田祐樹 特任助教)との共同研究として行われました。
本研究は、文部科学省の科学研究費補助金 (JP18H05484、 JP18H05487、 JP20K22599、 JP20K22599、JP20K15832、 JP20H00422、 JP20KK0135)の支援を受けて行われました。
[用語1] 根の貫入 : 根が土に潜り込むことを指す。通常、陶磁器表面にできるひびを貫入と呼ぶことから、根が複雑な枝分かれを伴って土に入り込む現象のことも根の貫入と呼ばれる。
[用語2] 播種 : 植物の種子を播く(まく)こと、つまり種まきを指す。
[用語3] 基礎杭 : 主に軟弱な地盤に打ち込み、構造物を支える役割をもつ基礎構造の一種。
[用語4] 生物模倣工学 : 生命・生物の優れた機能や形状を模倣して人工物へ適用し、技術革新を図る方法論を指す。バイオミメティクスとも呼ばれる。
[用語5] 土の間隙率 : 間隙率は土中の間隙(すき間)の体積を間隙と土粒子を含めた土の全体体積で割った値である。土の中の間隙が全体の何%であるかを示す。
[用語6] 根冠 : 根冠とは、維管束植物の根の先端にあり、根端分裂組織を覆っている組織を指す。
[用語7] 無次元パラメータ : 無次元パラメータとは次元指数をもたないパラメータを指す。無次元量の数値は単位の選択に依らないので、サイズに依らない現象を特徴づけることができる。
[用語8] 有限要素法 : 主に時空間的な変動を予測する数値解析手法である。解析的に解くことが難しい微分方程式の近似解を数値的に得る方法として知られる。
掲載誌 : | Scientific Reports |
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論文タイトル : | A Mechanical Theory of Competition between Plant Root Growth and Soil Pressure Reveals a Potential Mechanism of Root Penetration (植物根部の成長と土圧の競合を考慮した力学理論による根部貫入の潜在的な仕組みの解明) |
著者 : | Haruka Tomobe, Satoru Tsugawa, Yuki Yoshida, Tetsuya Arita, Allen Yi-Lun Tsai, Minoru Kubo, Taku Demura, Shinichiro Sawa |
DOI : | 10.1038/s41598-023-34025-x |
お問い合わせ先
秋田県立大学 システム科学技術学部 機械工学科
助教 津川暁
Tel 0184-27-2191
東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系
助教 友部遼