融合理工学系 News
固体イオニクスを天然鉱石に適合させ高機能材料を設計・合成
東京科学大学(Science Tokyo)環境・社会理工学院 融合理工学系の大友順一郎教授の研究チームは、孫状研究員らとともにケミカルルーピング[用語1]水素製造における高性能な酸素キャリア[用語2]を開発しました。
ケミカルルーピング水素製造プロセスは、酸化鉄を含有する酸素キャリアである粒子を燃料塔、水蒸気塔、空気塔の三つの反応器間で循環させ、二酸化炭素の分離回収、水素製造、熱回収による発電を行うエネルギー変換システムです(図1)。バイオマス[用語3]などの炭素を含有する燃料から水素を生成できること、他の燃焼方式と異なり、高濃度の二酸化炭素を分離回収することができるため、新たなエネルギー変換技術として期待されています。天然鉱石であるイルメナイト(FeTiO3)は、ケミカルルーピング水素製造プロセスの有望な酸素キャリア材料ですが、酸化還元反応速度が遅く、水素収率も低くなります。そこで、経済合理性と将来の大規模合成手法の要件を満たしつつ、高性能酸素キャリアの材料設計が求められていました。
本研究では、カリウム(K)とカルシウム(Ca)の添加によるイルメナイトの改質を提案し、ケミカルルーピングにおける水素生成反応速度と水素収量の著しい向上を実現させました。KとCaを共添加した場合は、Caが粒子内部まで浸透し、水素生成反応速度を向上させる鉄置換チタン酸カルシウム相が粒子内部で均一に生成することが分かりました。鉄置換チタン酸カルシウムは水素生成反応に必要な酸化物イオン(O2-)の粒子内での固相拡散を促し、水素生成反応を加速させる機構が考えられています。最適化されたK-Ca改質イルメナイトの適用により、二酸化炭素の分離回収、水素製造、発電を同時に行うことができるポリジェネレーションプロセスの効率化が可能になります。
本成果は、「Applied Energy」誌に7月4日付(現地時間)でオンラインにて先行公開され、11月15日付のVolume 398に掲載されます。
図1. 3塔型ケミカルルーピング反応(還元反応、水蒸気酸化反応、完全酸化反応)
カーボンニュートラルの実現には二酸化炭素の分離回収技術の研究開発が重要であり、本研究ではその中でもケミカルルーピングシステムに着目しています。ケミカルルーピングシステムの特徴として、反応器の組み合わせによりエネルギー変換とともに、追加エネルギーの投入を行わずに高濃度の二酸化炭素の分離が可能である点が挙げられます。二酸化炭素の分離回収は気候変動緩和の観点から重要ですが、燃料にバイオマスを使用し生成する二酸化炭素を分離回収・貯留するとカーボンネガティブ[用語4]になるため、大気中の二酸化炭素の削減にも貢献することができます。ケミカルルーピングシステムの社会実装に向けては、酸素キャリア開発が重要な要素を占めており、性能向上に加えて調達や資源制約、さらに経済性の観点からの検討も重要です。
本研究では、二酸化炭素の分離回収に加え、純水素を取り出すことができるシステムを想定し、高性能酸素キャリアの開発を行いました。特に、固体イオニクスの学理を天然鉱石であるイルメナイトに適合させることで高機能材料の設計と合成について検討しました。レアアース[用語5]のように高機能であってもクラーク数[用語6]が小さい成分を含まない、できるだけありきたりな材料を高機能化することは、持続可能性と普及の観点から重要な視点になります。
本研究では、三塔型システムを想定し、小型流動層反応器を用いて酸化還元反応の反応速度解析を行いました。バイオマスの熱分解で生成する還元ガスを摸擬し、一酸化炭素と二酸化炭素の混合ガスを用いて酸素キャリアの還元反応を行い、続いて水蒸気を導入し、水蒸気酸化反応による水素生成反応の観測を行いました。酸素キャリアの合成にはイルメナイト(FeTiO3)を母相として利用し、カリウム(K)とカルシウム(Ca)を共添加しました。その結果、粒子内部にCaが浸透し(図2)、酸化物イオン伝導体である鉄置換チタン酸カルシウム相が均一に形成されることにより、水素収量が格段に向上することが分かりました(図3)。鉄置換チタン酸カルシウムは酸化物イオン伝導体[用語7]に加え、電子伝導性も有しており、イオンと電子の混合伝導体[用語8]も水素生成反応に寄与したと考えられます。
図2. 酸素キャリア粒子内部の組成分布(Ti、Fe、Ca、K)
(上段:Caのみを添加した試料、下段:KとCaを共添加した試料)
図3. 還元反応の転化率(XR)と水蒸気酸化反応(XSO)の転化率の関係
酸素キャリアの粒子表面では水分子が還元鉄と反応することで水素が生成しますが、粒子内部では還元鉄と鉄置換チタン酸カルシウムの間の三相界面や二相界面近傍において酸化物イオンの拡散が促されることにより粒子内部の格子酸素利用率が向上し、その結果として水素の収量も向上する機構が考えられました。さらに、本研究におけるケミカルルーピングの酸化還元反応実験では、酸素分圧が空気中の0.2 atmから還元気体中の10-16 atmまで大きく変化します。これら酸化還元サイクルの中で、酸素キャリア粒子は酸素、水蒸気、還元ガスとそれぞれ反応しますが、粒子内部では酸化物イオン伝導に加え、酸素分圧に応じて電子伝導やホール伝導が発現し、さらに酸素欠陥が生成することが分かっています[参考文献1]。これらのイオン・電子輸送過程や酸素欠陥が水蒸気からの水素生成反応と協同的に作用することで、水素収量の著しい向上を達成したことが本研究の特徴になっています。
本研究の観測結果として、KとCaの添加量を最適化したK-Ca改質イルメナイトでは、システムの作動温度である900°Cにおいて、純イルメナイトと比較して水素生成量は最大で4.4倍向上し、その結果水素生成に対するエネルギー変換効率は最大で5.5倍まで向上しました。これらの結果はシステムの小型化と出力密度の向上にも大きく貢献する成果です。
本研究は、二酸化炭素の分離回収、水素製造、発電を同時に行うことができるポリジェネレーションプロセス[用語9]の社会実装に向けた取り組みであり、カーボンニュートラル社会実現の一翼を担う技術として期待されています。
K-Ca改質イルメナイトをより低温で合成する技術開発も進めています。酸素キャリアの性能向上と合成技術の進展は、ケミカルルーピングシステムの社会実装を促すと考えられます。2025年7月から、大阪ガス株式会社とJFEエンジニアリング株式会社が主体となり、一般財団法人カーボンフロンティア機構協力のもと、バイオマスや有機廃液を燃料として、水素、電力、二酸化炭素を同時に取り出す世界初の実証試験も始まります。東京科学大学大友順一郎研究室の酸素キャリア合成技術も本事業に貢献します。また、Science Tokyoグリーン・トランスフォーメーション・イニシアティブ(Science Tokyo GXI)は試験設備の導入を支援しており、大型流動層反応器[用語10]による水素製造の実証実験も本学で開始しています。将来は、ケミカルルーピングの社会実装と普及に向けて、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー[用語11]に興味を持つ企業や自治体の方々との連携がより重要になります。
本研究は「NEDOカーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/次世代火力発電基盤技術開発/CO2分離・回収型ポリジェネレーションシステム技術開発(JPNP16002)」の受託研究の支援で実施されました。また、今後の研究開発も上述の助成事業として実施します。実験装置の設置については、本学グリーン・トランスフォーメーション・イニシアティブ(Science Tokyo GXI)の支援を受けました。
[用語1] | ケミカルルーピング:複数の反応器の間で循環する金属酸化物の酸化還元反応を利用し、燃焼反応、改質反応、水素生成反応などを進行させる技術です。酸化還元反応の際に金属酸化物中の格子酸素を利用するため、燃焼排ガスから二酸化炭素を分離回収することができ、高効率なCO2分離回収技術として注目されています。 |
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[用語2] | 酸素キャリア:ケミカルルーピングシステムの複数の反応器間を循環する金属酸化物の粒子を意味します。各反応器内の酸化還元反応速度は粒子の性能で決定され、システム全体の性能にも大きな影響を及ぼします。 |
[用語3] | バイオマス:生物由来の資源であり、燃料として使用する場合は化石燃料を除いた現生生物由来の有機性資源を示します。 |
[用語4] | カーボンネガティブ:二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量よりも吸収量が多い状態を表します。 |
[用語5] | レアアース:希土類元素の総称であり、現代社会の多くの製品開発に必要不可欠な材料として使用されます。希少価値が高く、特定の地域に埋蔵が偏在することや、分離精製が難しい特徴があります。 |
[用語6] | クラーク数:地殻に存在する元素の存在割合を重量%で表した数値を意味します。 |
[用語7] | 酸化物イオン伝導体:酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン(O2−)伝導を示す物質であり、固体酸化物形燃料電池(SOFCs)の電解質膜、酸素分離膜、および酸素センサーなどに利用される材料です。 |
[用語8] | 混合伝導体:イオン(酸化物イオン、プロトン)と電子や正孔の伝導性を有する材料を表します。 |
[用語9] | ポリジェネレーションプロセス:三塔型ケミカルルーピングなどによる二酸化炭素、水素、発電などの複数の化学物質の生成やエネルギー変換を含むプロセスのことを表します。 |
[用語10] | 流動層反応器:固体粒子を反応器に導入し、その反応器の底から多孔質板などの分散板を経て気体あるいは液体の流体を導入します。流体がある流速以上になると、粒子は流体の流れに伴って流動化します。その状態にある粒子層を流動層とよび、粉粒体の乾燥、加熱、触媒反応などに利用されます。 |
[用語11] | サーキュラーエコノミー:資源の効率的な循環利用を図りつつ、付加価値を最大化し、持続可能な社会を実現する経済システムを意味します。 |
掲載誌: | Applied Energy |
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タイトル: | Potassium and calcium-modified ilmenites for improved reactivity and hydrogen yield in chemical looping |
著者: | Zhuang Sun, Junichiro Otomo |
DOI: |
10.1016/j.apenergy.2025.126362![]() |
孫 状 Zhuang SUN
東京科学大学 環境・社会理工学院
融合理工学系 研究員
研究分野:エネルギーシステム設計
大友 順一郎 Junichiro OTOMO
東京科学大学 環境・社会理工学院
融合理工学系 教授
研究分野:反応工学、電気化学、エネルギーシステム設計論
お問い合わせ
東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系
教授 大友 順一郎
E-mail : otomo@tse.ens.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3971