融合理工学系 News
耕作放棄地の放牧利用における牛の行動データ活用法の人間中心設計
西條美紀研究室の滝沢直さん(修士課程)が2022年7月24日~28日にアメリカ・ニューヨークで開催されたAHFE 2022 International Conference(AHFE2022)においてAHFE2022 Best Student Paper Awardを受賞しました。
東工大は何といっても技術の大学。ですがどんなに素晴らしい技術であっても、ユーザーインターフェースが良くなければ、現場では使ってもらえません。私の学士の研究では、東工大・信州大学などが共同で研究開発している放牧牛個体管理システムPETERに関して、ユーザーインターフェースの試作品を開発しました。PETERの技術が実際の畜産現場で、まさにどのように役立つか、人間中心設計というデザインのフレームに基づいて、フィールドワークやヒヤリングを重ね、試作品をテストする研究です。
今回ターゲットとしたのは、島根県の耕作放棄地を利用した小規模農家でした。鳥獣被害や害虫被害、国土保全など様々な問題を抱える耕作放棄地を、放牧で活用するという新たな試みをしている実験農家です。しかしその運用は簡単ではありません。ヒヤリングをすると、牧草が不十分で牛が栄養不足になってしまったり、観察時間が限られることで病気や発情の兆候を見逃してしまったりするなどの問題が見つかりました。そして問題をさらに深ぼると、現地で牛の世話をする農家と、遠隔地で管理方法を指示する獣医師兼オーナーとのコミュニケーションの問題に辿り着きました。意思決定の権限は遠隔地のオーナーにあるものの、その判断材料は現地の農家発信の報告しかなく、一方で農家も確信の持てない牛の変化をわざわざ報告しないという構図の問題です。そこで、PETERの技術が役立ちました。PETERは加速度センサとエッジAIから、牛の現在の行動を休息、食事、移動、反芻に分類できます。データだけを見ても、データが示す意味を解釈するのは難しいです。そこで、今日の牛の行動データがいつもと比べて大きく変化したときに、農家とオーナーが元々連絡用に使っていたLINEグループにPETERが「何か牛に変化はありませんか?」と問いかけるシステムを開発しました。すると、この通知により彼らのコミュニケーションを賦活させることができました。通知が来ると農家が改めて牛を観察し、状況をLINEグループに補足します。これにより、単体では解釈が難しい牛の行動データに意味が生じ、牛のトラブルに対して遠隔地のオーナーが早期に対処できるようになりました。実証実験期間中、牛が下痢をしたときに、早期に地元の獣医師を呼ぶという行動変容も確認できました。
この研究で、PETERが耕作放棄地の放牧利用という文脈において、牛のトラブルの早期発見と対処に貢献することが分かりました。耕作放棄地は全国に点在していますが、今回提案した方法であれば、専門家が遠隔地にいても牛を管理ができ、耕作放棄地の放牧利用促進に繋がると考えられます。また私は、同じロジックが畜産以外の支援技術にも役立てられると考えます。具体的には、私が新たに研究をしている高齢者支援や身体障害者支援の分野です。解釈が一般には難しいデータであっても、対象を取り巻く人々の文脈の中に通知をすることで、コミュニケーションが生まれ、情報が補足され、適切なサポートに繋がるという知見は、畜産のみならず様々な分野の支援技術に役立つと期待しています。
この度は国際学会Applied Human Factor and Ergonomics(AHFE2022)におきましてBest Student Paper Awardをいただき、大変光栄に存じます。私を支え、ご指導くださいました先生方、研究室の学生、実証実験のヒヤリングにご協力くださった方々、そして家族に感謝いたします。
本研究は、私が研究室に所属して行う初めての研究で、また論文執筆も初めての経験でした。右も左も分からない状況で、畜産に関する知識もセンサに関する知識も無く、的外れな質問を沢山し、また直前になっての無理なお願いも何度もしてしまいました。しかしこんな私に、皆様が親身になってご指導ご協力くださり、またユーザーインターフェースの開発という大事な研究も任せてくださいました。そしてユーザーの方や開発者の方、専門家の方と密にコミュニケーションを取りながら物を開発するという大変貴重な経験をさせていただきました。これらの経験を活かして今後とも、畜産のみならず様々な分野で支援機器の研究に精進できればと思います。
最後に、本研究においてご指導いただきました西條美紀教授、大橋匠准教授、伊藤浩之准教授、信州大学・竹田謙一准教授をはじめ共同研究者の皆様にこの場をお借りし、深く御礼申し上げます。