融合理工学系 News

超重原子核の新たな核分裂機構を解明

宇宙における元素生成の様相を理解するのに適用可能

  • RSS

2020.01.31

要点

  • ウランの核分裂とは劇的に異なり質量数にも顕著なピークが現れることを発見
  • 宇宙における元素生成の様相を理解するために適用可能な重要な結論を提示
  • ニホニウムなど新たな超重元素を合成する際にも重要な示唆を与える

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所の石塚知香子助教、張旋大学院生、千葉敏教授らは超重原子核[用語1]ではこれまでウランなどの場合に知られていた質量数[用語2]に加え、励起エネルギーが10 MeV程度では全く異なる質量数にも顕著なピークが現れることを発見した。長寿命放射性廃棄物LLFP[用語3] の短寿命化のために開発した動的モデルによりウラン領域から原子番号104~122の超重原子核の核分裂の系統的な計算により実現した。

本研究で用いたモデルで計算可能となった核分裂片[用語4]変形度[用語5]を調べ、ピークにおいては球形に近い原子核ができていることから、この新たなピークは二重魔法数[用語6]を有する質量数が208の鉛の同位体を中心としていることが明らかとなった。ただし、この新たなピークは励起エネルギーが30 MeVに上がると消失することも分かった。

励起エネルギーが10 MeV程度の超重原子核の核分裂は重力波[用語7]が検出され話題となっている中性子星とブラックホールの合体時に実現される環境で起きることが分っており、宇宙における元素生成の様相を理解するために適用可能な重要な結論である。特に鉛領域の元素は第三ピーク[用語8]と呼ばれ、元素合成モデルによって再現できたりできなかったりし、正確な核分裂データの提供で宇宙における元素合成モデルの検証も可能になると期待できる。 また、原子番号Z=113のニホニウムなど、新たな超重元素を合成する際にも核分裂は付随して生起する物理現象であり、超重原子核の核分裂を理解することは新元素合成のフロンティアの立場からも重要である。

研究成果は「Physical Review(フィジカルレビュー) C」のRapid Communicationとして現地時間1月27日にオンライン掲載された。

研究成果は文部科学省国家課題対応型研究開発推進事業原子力システム研究開発事業「高速炉を活用したLLFP核変換システムの研究開発」による。

背景

原子力発電所から排出される廃棄物の中には半減期が1,000万年を超えるような長寿命の核分裂生成物(LLFP)が存在する。そのような廃棄物をそのまま地層処分した場合、後世の人類のリスク要因となる可能性がある。そのため、LLFPのような物質を原子炉に再装荷して中性子吸収によって半減期のずっと短い原子核に変換することが重要な技術である。

このような技術を実現し、その効率を高めるために、LLFPがどの程度できるかという核分裂に関する情報が必要となる。そのために核分裂理論の高精度化が必須である。一方、地球上で安定に存在できる最も重い元素はウランであるが、それよりも遥かに重い未知の(準)安定元素を探して各国が新元素生成のために日夜しのぎを削っている。例えば原子番号113の元素がニホニウムと命名されたことは記憶に新しい。ニホニウムのような原子番号104以上の元素は超重元素に分類される。

超重元素は基本的には不安定であり短時間で核分裂する。この超重核の核分裂は重力波発生天体として注目されている中性子星同士の合体や中性子星とブラックホールの合体時に生成される金などの希少元素の合成過程に深く関与していると考えられている。

ただし、宇宙空間での元素合成で必要となる核分裂の励起エネルギーはたかだか10 MeV程度であり、新元素生成のための実験で到達するエネルギー(30 MeV以上)よりもずっと低い。そのため金などの起源を正確に見積もるためには理論モデルによる超重元素の核分裂の研究が必要不可欠である。しかしながら、様々な理論モデルで予想される超重元素核分裂の様相はモデルによって大きく異なることが知られており、モデル間での違いやモデル間で大きな差異が生じる理由の解明が大きな課題となっていた。

図1. 低励起状態のEx=10 MeV原子番号120、質量数302を持つ超重元素の核分裂片の変形度Q20(上)および質量数分布(下)の様子。

  1. 図1.低励起状態のEx=10 MeV原子番号120、質量数302を持つ超重元素の核分裂片の変形度Q20(上)および質量数分布(下)の様子。

研究手法と成果

今回の研究では、LLFPの核変換のために開発した高い実験値再現性と予言性を持つ動的理論モデル(形状4次元ランジュバン模型[用語9])を用いて、最も原子番号の小さな超重元素であるハッシウム(Hs)から未知の超重元素(原子番号=122(Ubb))に対して核分裂の性質を系統的に調査した。

研究で用いた動的モデルはパラメータ調整をせずにウラン近傍の様々な核分裂の性質(核分裂片の質量数分布や運動エネルギー分布など)を説明できる非常に強力な理論モデルであり、得られる結果の信頼性も高い。

論文中では核分裂の様相の変遷を系統的に図示しているが、それらの中から超重元素の核分裂で最も特徴的な例を図1に示す。図1下段は原子番号120、質量数302の超重元素が核分裂した時にできる原子核の質量数分布を表している。ここで注目したいのは、超重元素の核分裂では、質量数132-144および208の近傍の核種が同じくらい高い割合で生成されている点である。

これらの質量数では二重魔法数を持つ錫132Sn(スズ、陽子数50、中性子数82)および鉛208Pb(陽子数82、中性子数132)が良く知られている。図1上段では各質量数の原子核の変形度を表す四重極モーメントQ20をカラーマップで示しており、青で示された質量数と変形度Q20を持つ核分裂片の密度は低く、カラーマップ上で黄色から赤になるにつれて、対応する質量数と変形度Q20を持った核分裂片の密度が上がる。図1上段からは質量数132-144および質量数208近傍で超重元素の核分裂の結果、変形度Q20≒0のほぼ球形の原子核が多く生成されることがわかる。

図1では中性子星とブラックホールの合体時に金などが作られる際に現れる低励起状態の超重元素の核分裂の様相を示した。また本研究では超重元素の温度が上がるにつれて二重魔法数の効果が小さくなり、新元素合成実験で到達する温度では魔法数の効果が消失する様子も明らかとなった。

超重元素の核分裂の大きな課題の一つは、モデルによって錫と鉛の影響の出方が大きく違うという謎を解明することであった。今回の研究では図2に示すようにモデルによるポテンシャルの取り扱いの違いに着目し、この謎に迫った。図2はいずれもポテンシャルの深さをカラーマップで示している。核分裂が起きるまでの間に二つの核分裂片間の距離は徐々に長くなる。その際に核分裂片の質量数を左右するのがポテンシャルの地形である。地面の上をボールが転がる場合と同じで、核分裂に至る核分裂片の質量数の変化(ボールの通り道)はポテンシャルの谷(地形の低い場所)によって本質的には決まる。図2上段の4次元ポテンシャルを最小化するような変形度の場合のポテンシャルの地形では鉛に繋がる谷が見えず、質量数132および170の近傍につながる経路しか見えない。一方、図2下段に示すように、動的モデルで核分裂直前のポテンシャルの地形を書いてみると、地形の中に赤実線で示したような鉛へ向かう経路(谷筋)がはっきりと見えている。このように原子核の形状を多次元で表現する際のポテンシャルの取り扱いが錫と鉛の生成量を大きく左右することを解明した。

図2. 質量数302、原子番号120の核種における核分裂片間の距離(横軸)と核分裂片の質量数(縦軸)の平面状でのポテンシャルの深さの様子。上段は核分裂片の変形度を調整し、ポテンシャルを最小にする場合、下段は我々が扱う動的モデルで核分裂する直前(変形度固定)の場合を示す。

  1. 図2.質量数302、原子番号120の核種における核分裂片間の距離(横軸)と核分裂片の質量数(縦軸)の平面状でのポテンシャルの深さの様子。上段は核分裂片の変形度を調整し、ポテンシャルを最小にする場合、下段は我々が扱う動的モデルで核分裂する直前(変形度固定)の場合を示す。

以上のように、本研究では非常に予言力を持つ動的モデルを用いて、錫と鉛の二つの二重魔法数が超重元素の核分裂の様相を支配することを明らかにした。この成果は新元素合成過程の選定の効率化や宇宙空間における金などの希少元素の起源解明につながることが期待される。

  • 用語説明

[用語1] 超重原子核 : 原子番号104以上の超重元素を構成する陽子と中性子からなる原子核のこと。

[用語2] 質量数 : 原子核の質量数は、原子核を構成する陽子の総数(原子番号)と中性子の総数の和として与えられる。

[用語3] LLFP : Long Lived Fission Products の略。使用済み核燃料に含まれる核分裂生成物のうち、特に半減期の長いセレン(79Se、半減期33万年)、ジルコニウム(93Zr、同153万年)、テクネチウム(99Tc、同21万年)、パラジウム(107Pd、同650万年)、スズ(126Sn、同23万年)、ヨウ素(129I、同1570万年)、セシウム(135Cs、同230万年)の7核種を示す。

[用語4] 核分裂片 : ある原子核が核分裂した瞬間に生成される原子核のことを核分裂片と呼ぶ。核分裂片の質量数は分裂の仕方によって非常に小さいものから元々の原子核と同じくらいのものまで様々であるが、原子核の魔法数(用語6参照)の影響が小さい場合には、核分裂で生成される二つの核分裂片の質量数はほぼ等しくなる。

[用語5] 変形度および原子核の四重極モーメントQ20 : 原子核の伸びを表す変形度は四重極モーメントQ20で記述され、負のQ20を持つ原子核はラグビーボールのような扁長な回転楕円体のように変形(プロレート変形)している。またQ20=0の場合には球形の原子核形状は球形である。四重極モーメントが正のQ20場合にはみかんのような扁平な回転楕円体のように原子核が変形(オブレート変形)している。

[用語6] 二重魔法数 : 原子核はある特定の陽子数や中性子数で特に安定となる性質があり、それぞれ陽子魔法数、中性子魔法数と呼ばれる。二重魔法数は陽子数と中性子数の両方が魔法数で非常に安定になる場合を指す。

[用語7] 重力波: : アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量をもった物体が存在すると、それだけで時空がゆがむ。その物体が(軸対称ではない)運動をした際に高速で伝わる時空のゆがみを重力波という。重力波は非常に小さいため、中性子星同士の合体や中性子星とブラックホールの合体のように非常に大きな質量を持った天体の動的事象でないと観測が難しい。

[用語8] 第三ピーク : 太陽系の元素組成の質量数分布のうち、鉄よりも重い元素には中性子の魔法数に対応する3ヵ所ほど他の元素より高い組成を持つ部分がある。この3ヵ所を更に細かく見ると、元素の起源に由来して早い中性子捕獲過程(r過程)と遅い中性子捕獲過程(s過程)のピークに分けられる。このうち質量数200付近には白金のr過程第三ピークおよび鉛のs過程第三ピークが知られている。

[用語9] 4次元ランジュバン模型 : 4次元ランジュバン模型では、原子核の形状を二つの核分裂片の独立な変形度、核分裂片の質量非対称度、核分裂片間の距離の4つの変数で表す。この4変数で表される原子核の形状の時間変化を、揺動散逸定理に基づく運動方程式(ランジェバン方程式)を用いて解くことで核分裂を模擬する模型が4次元ランジュバン模型である。揺動散逸定理とは、熱平衡状態において微視的な粒子の運動と巨視的に観測できる運動の間の関係を示すものであり、ブラウン運動の記述として良く知られている。

  • 論文情報
掲載誌 : Physical Review C
論文タイトル : Effect of the doubly magic shell closures in 132Sn and 208Pb on the mass distributions of fission fragments of superheavy nuclei
著者 : C.Ishizuka, X.Zhang, M.D.Usang, F.A.Ivanyuk and S.Chiba
DOI : 10.1103/PhysRevC.101.011601別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
先導原子力研究所

教授 千葉敏

E-mail : chiba.satoshi@lane.iir.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3066 / Fax : 03-5734-2959

  • RSS

ページのトップへ

CLOSE

※ 東工大の教育に関連するWebサイトの構成です。

CLOSE