融合理工学系 News
ニュートリノ天体観測及び始原的隕石の分析による検証が期待される
量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)の早川岳人上席研究員、国立天文台の梶野敏貴准教授、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の野本憲一上級科学研究員、東京工業大学の千葉敏教授、九州大学の橋本正章教授、理化学研究所の小野勝臣研究員他の共同研究グループは、超新星爆発[用語1]で放出されるニュートリノ[用語2]によって、自然には存在しないテクネチウム98(98Tc)が生成されることを理論計算によって予測した。
超新星爆発の初期に、中心部の原始中性子星[用語3]から膨大な数のニュートリノが放出され、そのニュートリノがエネルギーの一部を外層に落とし超新星爆発を引き起こす。この時、一部のニュートリノが既存の原子核と反応し、タンタル180等の新しい核種を生成する。ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノとその反ニュートリノの6種類ある。これまでの研究で、主に反電子ニュートリノ以外の5種類のニュートリノによって上記核種が生成されていることが判っていた。もし、残りの反電子ニュートリノの寄与の大きい核種が存在すれば、6種類のニュートリノ全ての平均エネルギーが評価でき、超新星爆発の理解に大きく寄与する。
本研究グループは、98Tcがニュートリノで生成された可能性に気づき、関連するニュートリノ原子核反応[用語4]率を計算し、超新星爆発モデルを用いて98Tcの生成量を計算した。その結果、反電子ニュートリノの寄与が最大20%あることが判明した。すなわち、反電子ニュートリノの寄与が大きい重元素の初めての発見である。また、隕石研究が進展すれば、太陽系形成時の98Tcの量と超新星爆発が発生した年代が評価可能であることを示した。本研究は超新星爆発の6種類のニュートリノ全ての平均エネルギーの解明、近い将来に期待される超新星爆発の反電子ニュートリノのエネルギーの予測に寄与する成果である。
本研究成果は、Physical Review Lettersのオンライン版に9月4日に掲載された。
太陽より質量が8倍以上の恒星は、寿命の最後に重力崩壊型超新星爆発を引き起こす。まず、中心部に存在する鉄コアが重力に耐えきれずに収縮して原始中性子星を形成する。やがて、中性子星から膨大な量のニュートリノが放出される。そのニュートリノの一部が外層にエネルギーの一部を落とし、超新星爆発を引き起こす。この時、一部のニュートリノが既に存在している原子核と核反応を起こし、新しい核種を生成する。しかし、ニュートリノによる核種の生成量は非常に小さく通常は無視できる。そのため、宇宙における他の核反応ではほとんど生成できない核種においてのみ、超新星ニュートリノによる生成量の評価が可能になる。そのような核種として、わずかに7Li(リチウム)、11B(ホウ素)、92Nb(ニオブ)、138La(ランタン)、180Ta(タンタル)のみが知られていた。
ニュートリノによって生成された核種の量から、原始中性子星より放出されたニュートリノの平均エネルギーを評価できる。平均エネルギーは、超新星爆発のメカニズムの理解や、ニュートリノ振動などの基礎的な物理現象の理解に必要不可欠な物理量である。ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ、反電子ニュートリノ、反ミューニュートリノ、反タウニュートリノの6種類のニュートリノが存在している。これまでの研究で、主に反電子ニュートリノを除く5種類のニュートリノによって上記のタンタル180等の核種が生成されていることが判明していた。しかし、超新星ニュートリノの理解には、6種類全ての平均エネルギーを知ることが必要不可欠である。そのため、反電子ニュートリノの生成率の割合が高い新しいニュートリノ生成核種の発見が求められていた。
本研究グループは、98Tc(テクネチウム98)が超新星ニュートリノで生成される可能性に気がついた。さらに、反電子ニュートリノの寄与が大きい可能性にも気がついた。本研究の目的は、超新星爆発のニュートリノによる98Tcの生成量を計算し、反電子ニュートリノによる生成量の割合を求め、太陽系形成時に存在していた場合に隕石研究で計測可能かどうか調べることであった。
一般に、恒星は図1に示すように玉ねぎ構造をしており、中心部に重い元素、外側になるにつれ軽い元素が占めるようになる。主要な成分は内側から、鉄、ケイ素、ネオン、酸素、炭素、ヘリウム等であるが、同時に少量のスズ、金、ウラン等の重元素も含んでいる。これらの重元素は、恒星が誕生した時点で、星間ガス中に既に含まれていたものである。超新星爆発の発生時に、ニュートリノが酸素/ネオン層を通過する際に、既に存在していた98Mo(モリブデン)や99Ru(ルテニウム)等の重元素の一部とニュートリノ原子核反応を起こし、一定の確率で98Tcを生成する。しかし、これまで98Tcの生成について、実験データはもちろん理論計算値もなかった。そのため、98Moなどの原子核の詳細な構造を計算して、ニュートリノと原子核の反応率を計算した。
次に、超新星爆発モデルを用いて計算を進めた。用いたモデルは、1987年にカミオカンデで検知されたニュートリノを放出した超新星爆発1987Aを再現するために構築されたモデルある。また、超新星爆発の段階で存在していた98Mo等の重元素の量も必要である。そのため、超新星爆発より前の段階の恒星の中の核反応を計算することで、超新星爆発の時に存在していた重元素の量を計算した。次に、ニュートリノ原子核反応率を組み込み、超新星爆発時にニュートリノで生成される98Tcの量を計算した。
98Tcは約420万年の半減期で娘核の98Ruにβ崩壊する放射性同位体である。太陽系の年齢の約46億年より短いため、太陽系形成時に存在していても現在の太陽系には存在しない。しかし、太陽系形成時に存在していた場合には、始原的隕石中の娘核の98Ruの量を計測することで、太陽系形成時の98Tcの量を知ることができる。なお、超新星爆発から太陽系形成までの年代を知ることも可能であり、このような放射性同位体は宇宙核時計[用語5]と呼ばれる。そこで、太陽系形成直前に太陽系近傍で超新星爆発が発生した場合に、太陽系に存在していた98Tcの量を計算した。図2に示すように、現在の太陽系の元になった星間ガスが重力凝縮し始め、原始太陽系を形成する。前後して、太陽系近傍で超新星爆発が発生し、生成された物質の一部(質量にして太陽系の質量の1/1,000程度)が太陽系を構成する物質に混ざったと考える。過去の92Nb(ニオブ)宇宙核時計の研究等から推定されている年代(100万年から3千万年)を用いて計算した結果、太陽系形成時に存在していれば隕石の研究で十分測定可能な量があることを判明した。
反電子ニュートリノの寄与を評価したところ、98Tcの生成に対してその寄与が最大20%あることが判明した。既存のニュートリノで生成される重元素は、ほとんど反電子ニュートリノを除く5種類のニュートリノで生成されることが判明している。そのため、98Tcは唯一つの反電子ニュートリノの寄与が大きい核種である。また、隕石研究が進展すれば太陽系形成時に存在していた98Tcの量を評価できることが示された。その量を知ることができれば超新星爆発における原始中性子星から放出された反電子ニュートリノの平均エネルギーを決めることが可能である。
原始中性子星から放出された6種類のニュートリノがどのようなエネルギーを有するかは、原始中性子星の形成や超新星爆発のメカニズムなど宇宙物理の進展に重要である。また、素粒子物理学におけるニュートリノ振動の解明にも重要である。ニュートリノ集団運動の解明には、6種類全ての超新星爆発のニュートリノのエネルギーを知ることが必要不可欠である。
スーパーカミオンデや計画中のハイパーカミオカンデで、将来、超新星爆発からの反電子ニュートリノがより精密に計測されると期待される。そのエネルギーから、ニュートリノ元素合成の研究から推定されたニュートリノの平均エネルギーの検証が可能である。
用語説明
[用語1] 超新星爆発 : 一時的に非常に強い光を発生する天体現象。重力崩壊型超新星爆発では、太陽より質量が8倍以上の恒星が寿命の最期に、重力崩壊した後に爆発する。
[用語2] ニュートリノ : ニュートリノは弱い相互作用をする素粒子。ニュートリノには電子型、タウ型、ミュー型の3種類および、それぞれの反粒子の合計6種類が存在する。
[用語3] 原始中性子星 : 太陽より質量が8倍以上の恒星の寿命の最期に、中心部が重力崩壊して生成される高密度の天体。超新星爆発によって外層が吹き飛ばされる前の状態のものを原始中性子星と呼ぶ。
[用語4] ニュートリノ原子核反応 : ニュートリノが原子核に吸収され後に、ニュートリノや中性子などが放出されて、異なる原子核に変換される反応。
[用語5] 宇宙核時計 : 宇宙においてある原子核が生成された年代を評価するための手法。数十万年から数千万年の半減期を有する放射性同位体の崩壊を用いる。
論文情報
掲載誌 : | Physical Review Letters |
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論文タイトル : | Short-Lived Radioisotope 98Tc Synthesized by the Supernova Neutrino Process |
著者 : | Takehito Hayakawa*, Heamin Ko, Myung-Ki Cheoun, Motohiko Kusakabe, Toshitaka Kajino, Mark D. Usang, Satoshi Chiba, Ko Nakamura, Alexey Tolstov, Ken’ichi Nomoto, Masa-aki Hashimoto, Masaomi Ono, Toshihiko Kawano and Grant J. Mathews |
DOI : | 10.1103/PhysRevLett.121.102701 |
お問い合わせ先
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
高崎量子応用研究所東海量子ビーム応用研究センター 上席研究員
早川岳人
Tel : 070-3943-3386