融合理工学系 News
ニュートリノから原子炉運転状態と燃料組成を知る
東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の石塚知香子助教(原子核工学コース 主担当)、千葉敏教授(研究当時。現名誉教授、株式会社NAT・NATリサーチセンター長)、同 環境・社会理工学院 融合理工学系の佐々木華蓮大学院生(研究当時)らの研究チームは、原子炉内で核分裂によって発生する1,000種類にわたる核分裂生成物[用語1]のβ崩壊[用語2]により炉外に放出される反電子ニュートリノ[用語3](以下、ニュートリノ)のスペクトルデータを理論計算により整備し、原子炉内での生成消滅計算と組み合わせることで、原子炉の運転状態(稼働中かどうか)のみならず、原子炉内のウランとプルトニウムの組成比を検知することが可能であることを見出し、新たな核査察の手法として提案した。
地球温暖化に対する危機意識の高まりや世界情勢の不安定化により、燃料調達が世界的に困難となる中で、ゼロカーボンエネルギー源としての原子力に対する再評価が進んでいる。原子力では安全性が再優先されるとともに、未申告の燃料交換などによって核兵器の材料が生成されないようにする必要がある。保障措置[用語4]の手段、すなわち原子炉が申告通りに運転・燃料交換を行っているかどうかを検認するための核査察は、通常は運転後に行われることが多い。それに対し今回は、原子炉運転中に発生し炉外に放出されるニュートリノの数またはエネルギースペクトルを炉外で測定することにより、稼働中に原子炉内の燃料組成についての情報を得られることが分かった。これにより原子炉内部の情報をリアルタイムかつ非破壊かつ遠隔監視により得ることが可能となった。
本研究成果は、東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の石塚知香子助教と千葉敏名誉教授、佐々木華蓮大学院生(2023年3月末修士課程修了)、山野直樹研究員、東京都市大学の吉田正名誉教授によって行われ、2023年11月24日付の「Journal of Nuclear Science and Technology」に掲載された。
明確化してきた地球温暖化問題と国際情勢変化を背景とした化石燃料調達の不安定化に伴い、安定したゼロカーボンエネルギー源としての原子力エネルギー(核エネルギー)に対する再評価が進んでいる。原子力発電では安全性が最優先事項とされ、さらに核不拡散に対する対策も必須となる。また原子炉では運転に伴い核分裂生成物が蓄積し、核分裂生成物の放射能に起因して発生するニュートリノは、これまで原子炉の稼働状態のモニタリングに用いられてきた。本研究では、このニュートリノを原子炉内の核燃料物質の組成に関する知識を得る手段として積極的に利用する新規の保障措置の手法を提案した。特に、リアルタイムで原子炉内の核燃料物質組成に関する情報を収集可能であることが分かった。これにより、原子炉運転主体は未申告のまま核物質を移動して核兵器製造への転用を行うことが困難となり、核不拡散をより確実なものにできる。
原子炉内で核燃料物質が中性子を吸収し核分裂する際には、巨大なエネルギーに加えて1,000種類にわたるさまざまな核分裂生成物が放出される。核分裂生成物のほとんどは放射能を有する原子核であり、主として複数回のβ崩壊を経て安定核に向けて崩壊していく。どのような核分裂生成物ができるかは核分裂をする核種によって異なるため、β崩壊により放出される粒子の数やエネルギースペクトルに微妙な違いがあり、それを基に核分裂を引き起こした核種の種類を同定することが可能となる。
本研究では、一つ一つの核分裂生成物が放出するニュートリノのエネルギースペクトルを大局的理論[用語5]により系統的に求め、データベースを作成した。これら個々の核種のエネルギースペクトルと核分裂生成物の分布の総和計算[用語6]を行うことで、全体として放出されるニュートリノのエネルギースペクトルなどを求め、235,238U(ウラン)、239,241Pu(プルトニウム)の中性子核分裂により発生する実験データと比較した。その結果、総和ニュートリノエネルギースペクトルが実験値をよく再現できることを確認した(図2)。
次に、これらのニュートリノは原子炉内でほとんど反応せず、ほぼ全量が炉外に放出されることに着目し、炉外に出たニュートリノの検出を試みた。ニュートリノ検出器を用いて、逆β崩壊(IBD)反応[用語7]により検出される場合のエネルギースペクトルを調査したところ、スペクトルが核種に依存することが分かった。また、あるしきいエネルギー以下のニュートリノが全体に対して占める割合が、しきいエネルギーを4 MeVとする場合に核種ごとの差が最大となることを発見した。そこでこの割合を「R4指標」と新たに定義し、実機データ(美浜三号機)の運転条件を模した計算との比較を行った。その結果、燃料組成の変化と「R4指標」の時間変化に強い相関があることが分かり、「R4指標」により原子炉内の核種組成に関する情報をリアルタイムに得られることが明らかになった(図3)。すなわち、これまで提案されてきた原子炉の運転状態(運転中か停止中か)の監視だけでなく、運転中の原子炉内の燃料組成をリアルタイムかつ遠隔測定により監視可能であることが分かった。
この方法を用いることで、原子炉が申告通りに運転されていることや、原子炉停止中に未申告の燃料交換をしていないことの検認を行うことが可能となり、新規の保障措置、すなわち核不拡散検認手法として活用できる。
今後、増加していくことが予想される原子力利用において、未申告の核物質移動や核兵器製造への転用を防ぐことができ、核兵器の拡散を未然に防止することが可能となる。各国家における、適正な核燃料運用がなされているかを評価することにもつながるため、世界における安全保障の実現にも寄与する研究成果と言える。
最新核データライブラリに基づく原子炉ニュートリノのエネルギースペクトル形状はよく再現できているものの、Pu同位体では絶対値として計算値と実測値の間に20%程度の差があった。今後は、Pu同位体のニュートリノ生成データにおいて値に差が生じる原因の究明により定量性を高めていく。また、原子炉の初期燃料組成がMOXなど、複数の核燃料物質を含む複雑な場合は燃料組成とニュートリノエネルギースペクトルとの関連が弱いため、本手法のさらなる精緻化を行う。
[用語1] 核分裂生成物 : ウランやプルトニウムが核分裂することで生成される核種。
[用語2] β崩壊 : 放射性核種がベータ線(電子)と反電子ニュートリノを放出して自然崩壊する過程。
[用語3] 反電子ニュートリノ : 電子ニュートリノの反粒子である、電気的に中性の粒子。
[用語4] 保障措置 : ウランやプルトニウムなどの核物質の使用は平和利用に限定されており、核兵器などの核爆発装置のような軍事目的の転用がないこと、未申告の核物質がないこと、原子力活動が行われていないことを確認する検認制度。
[用語5] 大局的理論 : 原子核のβ崩壊強度関数を強度関数が満たす和則を条件として構築したβ崩壊半減期理論計算法。
[用語6] 総和計算 : ある時間tでの崩壊熱を求める時、核種iが一回のβ崩壊を起こす際に放出するβ線およびγ線の平均エネルギー、核種iの崩壊定数、核種iの時刻tにおける存在量の積をすべての核分裂生成物について足し上げる計算方法。
[用語7] 逆β崩壊(IBD)反応 : 反電子ニュートリノが陽子に散乱され、陽電子と中性子を生成する原核反応。原子炉から放出される反電子ニュートリノを用いた原子炉モニタリングでも重要な反応である。
[用語8] Fissile Material : 核燃料のうち、熱中性子で核分裂を起こすことのできる物質で、235U、239, 241Puがそれに相当する。
掲載誌 : | Journal of Nuclear Science and Technology |
---|---|
論文タイトル : | Reactor antineutrinos and novel application to real-time remote monitoring of nuclear reactors |
著者 : | Chikako Ishizuka, Karen Sasaki, Naoki Yamano, Tadashi Yoshida and Satoshi Chiba |
DOI : | 10.1080/00223131.2023.2276418 |