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極低温まで磁気秩序を示さない量子スピン液体はP. W. Andersonによる理論提案以降、およそ半世紀にわたって磁性物理学の主要な研究テーマのひとつになっている。この状態にはあらわな秩序変数が存在しないため、それをどのように特徴づけるかが議論となっている。近年では、その特徴としてスピンの分数化が注目され、それによって生じるフェルミ励起に由来した極低温での比熱の漸近的な振る舞いなどが実験的に調べられている。このような実験結果と比較するためには有限温度の理論計算が必須となるが、量子スピン液体の性質を理論的に理解するのは絶対零度ですら困難であることが知られている。
本研究では、量子スピンの顕著な特徴である分数励起を捕らえるため、厳密に量子スピン液体を基底状態に持つキタエフ模型[1]に対して、量子モンテカルロ法を適用し、熱伝導特性を詳しく調べた[2]。この模型では、量子スピンの分数化により創発マヨラナ粒子が生じ、それが熱を運ぶ。縦熱伝導度は、相互作用のエネルギースケールに対応する温度でピークを持つ。磁場を導入すると縦熱伝導度はほぼ変化しないが、熱ホール伝導度κxyが有限となり絶対零度でκxy/Tが量子化される[1]。我々は、この量が磁場に強く依存し非単調な温度依存性を示すことを見出した。これらの特徴は、有限温度における量子スピン液体の前駆現象として、それに内在する創発マヨラナ粒子が引き起こしているものであり、熱ホール伝導度を測定することによってマヨラナ粒子及びその端状態の存在を実験的に捉えることができると期待される[3]。
更新日:2017.11.09