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嗅覚VRゲームを用いた高齢者認知機能の改善

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2025.04.24

ポイント

  • 嗅覚VRによる高齢者認知機能の改善方法を世界で初めて提案
  • 嗅覚ゲームの体験の前後で認知テストを実施してスコアの向上を確認
  • 高齢者の認知記憶機能のリハビリテーションが可能で、ウェルビーイングに貢献

概要

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所の中本高道教授(当時)、文京学院大学 人間学部の小林剛史教授、ロンドン藝術大学のNathan Cohen(ネイサン・コーヘン)客員研究員、法政大学 理工学部の山本晃輔准教授らの研究チームは、嗅覚VRを用いて高齢者の認知機能を改善する手法を世界で初めて提案しました。

高齢化社会において高齢者[用語1]が快適な生活を送るためには、年齢とともに衰えていく認知・記憶機能を維持し向上させることが重要です。また、認知・記憶機能を維持向上させることは認知症をはじめ神経変性疾患の予防に役立ちます。これまでに、嗅覚刺激が認知機能の改善に有効であるという報告が心理学分野ではありましたが、刺激を直接提示する従来の方法では効果や没入感に限界がありました。そこで、嗅覚VR(Virtual Reality)を用いると実世界での刺激を没入的に楽しみながら疑似体験できるため、より効果的な認知機能改善が期待できると考えました。

本研究では、工学、心理学、芸術の研究者からなる学際的な研究チームを構成し、嗅覚VRゲームによる高齢者の認知機能の改善を実現しました。開発した手法においては、嗅覚ディスプレイ[用語2]によりVRゲームの中で香りを発生させます。体験者はVRゲーム内で最初に提示された香りを記憶した後、異なる3か所の香りの発生源に移動し、最初の香りと同じものを特定します。ゲームを行う前後で体験者に対して認知テスト[用語3]を実施します。30名の高齢者についてこの実験を行い、認知機能の向上が確認しました。

本提案は、高齢者の認知機能のリハビリテーションを行う新しい提案であり、有効な認知症予防手法としてデジタル香りコンテンツ[用語4][参考文献1]が今後活用されていくことが期待されます。

本成果は、3月28日付の「Scientific Reports」誌に掲載されました。

背景

高齢者の認知・記憶機能は年齢とともに衰えていきますが、その機能を維持向上させることは重要な課題です。また、認知・記憶機能のリハビリテーションは認知症等の予防の観点からも大切です。これまで、嗅覚刺激が認知機能改善に有効といわれていましたが、これまでは香りサンプルを直接嗅ぐような方法しかなく、映像に合わせて香りの種類や強さを変えてゲームの中で香りを嗅ぐ方法はありませんでした。

本研究チームは、嗅覚刺激を体験するVRゲームを開発しました。このVRにおいては、ゲームの映像シーン(図1)と連動させて嗅覚ディスプレイ(図2)[参考文献2]で香りを発生させます。

図1.嗅覚ゲームのシーン

図1.嗅覚ゲームのシーン

>図2.嗅覚ディスプレイ

図2.嗅覚ディスプレイ

研究成果

本研究では、まず予備実験として、人が弁別可能な3種類の香りを嗅覚ディスプレイを使用して調べました。その結果、「マンゴー、メロン、梅」あるいは「オレンジ、ラベンダー、スペアミント」という組み合わせであれば弁別可能であることが分かりました。

本実験では、63-90歳の30名の方が嗅覚VRゲームを体験しました。VRゲーム内には3種類の雲が存在し、ゲームのプレーヤーが雲に近づくと、それぞれに対応した香りが嗅覚ディスプレイから発生します。プレーヤーは最初に嗅いだ香りを記憶し、香りが存在する雲の方向に移動して匂いを嗅ぎ、記憶した匂いと同じかどうかを判断します。実際に体験している様子を図3に示します。

図3.嗅覚ゲームを体験する様子

図3.嗅覚ゲームを体験する様子

ゲームは6日間あけて2回行い、1回目のゲームを行う前と2回目のゲームの後で多様な認知テストを行いました。その結果、“ひらがなローテーション課題[用語5]”と“単語空間記憶課題[用語6]”において、嗅覚ゲーム体験後のスコアが有意に向上したことが分かりました。ひらがなローテーション課題および単語空間記憶課題の結果を表1、表2に示します。これらの課題は視空間処理を要するものであり、それに関連する認知・記憶機能が嗅覚VRゲームによって改善されたものと考えられます。

>表1. 認知テスト(ひらがなローテーション)のスコア

  1. 表1. 認知テスト(ひらがなローテーション)のスコアのボックスプロット[用語7]

表2. 認知テスト(単語空間記憶課題)のスコアのボックスプロット

  1. 表2. 認知テスト(単語空間記憶課題)のスコアのボックスプロット

社会的インパクト

本研究では、嗅覚VRにより高齢者の言語の視空間処理に関わる認知機能が向上することが分かりました。嗅覚VRはエンターティメント分野に多く応用されてきましたが、高齢者リハビリテーションという新しい応用分野を開くことで、社会的課題の解決にも貢献することが期待されます。特に認知症の予防等に貢献できれば、そのインパクトは大きいと言えます。

今後の展開

今回の結果からは、ゲームを終えてからの効果持続期間や、繰り返し行った際の効果については分かりません。また、視覚刺激と嗅覚刺激の寄与の割合もまだ分かっていないため、これらを解明する必要があります。

  • 付記

本研究は科学技術振興機構の未来社会創造事業(JPMJMI22H4)の助成を受けました。

  • 参考文献
[1] T.Nakamoto, Ed., Digital technologies in olfaction, Elsevier, 2025
[2] Nakamoto, Takamichi, and Hai Pham Dinh Minh. "Improvement of olfactory display using solenoid valves." In 2007 IEEE Virtual Reality Conference, pp. 179-186. IEEE, 2007.
  • 用語説明
[用語1] 高齢者:本研究では、対象者の年齢範囲(63〜93歳)に基づき、加齢に伴う変化を検討する目的から、便宜的に63歳以上の参加者を「高齢者」と定義した。これは、一般的な高齢者の定義(65歳以上)に準じつつも、本研究の目的とサンプル構成に基づいている。
[用語2] 嗅覚ディスプレイ:香りを提示するデバイス。
[用語3] 認知テスト:認知機能を調べるテスト。その能力はスコアとして得られる。
[用語4] デジタル香りコンテンツ:デジタル化された香り情報から実際に香りを生成する技術を使用して作成した動画やゲーム等のコンテンツ。
[用語5] ひらがなローテーション課題:回転したひらがながもとの文字と同じかどうかを次々と判別するテスト。
[用語6] 単語空間記憶課題:グリッド内に配置された複数の単語を観察した後、空白のグリッドに再配置する課題。
[用語7] ボックスプロット:上と下のひげの末端は最大値、最小値を表す。箱の上辺は全数の75%のデータ、下辺は25%のデータを収容していることを表す。箱の中の線は中央値、プロットは平均値を表す。
  • 論文情報
掲載誌: Scientific Reports
タイトル: Exploring the Effects of Olfactory VR on Visuospatial Memory and Cognitive Processing in Older Adults
著者: Ryota Sunami, Takamichi Nakamoto, Nathan Cohen, Takefumi Kobayashi, Kohsuke Yamamoto
DOI: 10.1038/s41598-025-94693-9

 研究者プロフィール

中本 高道 Takamichi NAKAMOTO
東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 特任教授
研究分野:知覚情報処理、ヒューマンコンピュータインタラクション、センサシステム、センサデバイス

角南 遼太 Ryota SUNAMI
東京科学大学 工学院 情報通信系 情報通信コース
研究分野:バーチャルリアリティ

小林 剛史 Takefumi KOBAYASHI
文京学院大学 人間学部 教授
研究分野:生理心理学、行動薬理学、知覚・認知心理学

ネイサン・コーヘン Nathan COHEN
University of the Arts London
研究分野:Art and Science

山本 晃輔 Kohsuke YAMAMOTON
法政大学 理工学部 准教授
研究分野:応用認知心理学

お問い合わせ

東京科学大学 総合研究院 未来産業研究所

特任教授 中本 高道

E-mail : nakamoto.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel: 045-924-5017 / Fax: 045-924-5018

文京学院大学 人間学部

教授 小林 剛史

E-mail : takefumi@bgu.ac.jp
Tel: 03-5684-4713 / Fax: 03-5684-4418

法政大学 理工学部

准教授 山本 晃輔

E-mail : kyamamoto@hosei.ac.jp
Tel: 042-387-6375 / Fax: 042-387-6129

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