経営工学系 News
東京工業大学「社会的課題解決型データサイエンス・AI研究推進体(DSAI)」セミナー
東京工業大学でデータサイエンスと人工知能(AI)の研究に取り組む「社会的課題解決型データサイエンス・AI研究推進体(DSAI)」は、6月30日、在学中に起業したAI企業が高い評価を受けたOBの齋藤優太さん(半熟仮想株式会社 共同創業者科学統括 中田研究室 2020年度卒)を招き、オンラインの「DSAIセミナー」を開きました。齋藤さんは、リコメンド・アルゴリズムの評価など機械学習領域の社会実装について講演し、質問に答えました。DSAIセミナーは、本学におけるAIおよびデータサイエンス研究の活性化、産学連携の促進、および学内外への情報発信を目的として開催しています。学生や教職員ら18名が参加しました。
齋藤さんは2021年3月、工学院 経営工学系を卒業したばかりですが、在学中から国際学会などで積極的に研究成果を発表、半熟仮想株式会社を起業しました。海外大学や国内大手企業との共同研究プロジェクトを進め、2021年2月には内閣府が主催する第3回日本オープンイノベーション大賞の最優秀賞である「内閣総理大臣賞」を受賞するなど注目のAI研究者です。学術的に高く評価されているだけではなく、事業としても成功している一連の取り組みを話し、教職員および学生にとって世界的な研究成果を目指す意義やアントレプレナーシップについて考える機会となりました。
齋藤さんの会社が取り組んでいるのは機械学習技術を活用した“Off-Policy Evaluation(OPE、オフポリシー・エバリュエーション)”です。オンラインショッピングでは当たり前に用いられている「リコメンド機能」を構成するアルゴリズムは、各ユーザーが適切な意思決定ができるよう常に性能評価と改良が繰り返されています。理想的な評価をおこなうためには、実際のシステムにアルゴリズムを導入することでその性能を検証する必要があります。しかし、検証するアルゴリズムに問題がある場合、性能検証の期間中に現在のユーザーの満足度を下げるリスクがあります。そこで蓄積された過去データを用いる方法が考えられますが、単に蓄積データを用いるだけでは新しいアルゴリズムの過去の意思決定に対する性能しか評価できません。
「過去に蓄積されたデータを用いて、新しいアルゴリズムがユーザーの「現在」の意思決定にどのように貢献しているか」を統計的に評価する技術をOPEといいます。
齋藤さんは講演で、この難問に対し、機械学習や因果推論などの技術を組み合わせることにより、実地検証に頼らずこれまで自然に生成されたデータのみで意思決定アルゴリズムを評価できる技術を開発した経緯を説明しました。技術を理解するにはある程度の統計学および数学などの知識が必要ですが、齋藤さんはAIの専門家以外にも理解できるようYouTubeなど身近なサービスを例に出して丁寧に解説しました。
齋藤さんは、学部在籍当時から研究室で扱う実験用に作られたデータに留まらず、実際に利用できる技術について研究をしたいと、IT企業へのインターンシップや国際学会での報告、SNS等での情報発信を行いました。それらが国内大手企業や海外大学の研究者に注目され、在学中に起業し、最先端研究の社会実装に発展しました。
日本オープンイノベーション大賞を受賞したZOZO研究所およびイェール大学の成田悠輔氏らによる研究プロジェクトでは、「研究に使える実際のデータがない」という自身の経験がきっかけとなりました。株式会社ZOZOが運営する大規模ファッションECサイトZOZOTOWN(ゾゾタウン)で収集されたデータをOPEの研究に適した“Open Bandit Dataset(オープン・バンディット・データセット)”として公開するなど、学術的な貢献にも積極的に取り組んでいることを説明しました。
講演のあと、参加者から技術的な課題だけでなく起業に至る経緯、今後のキャリアパスについて活発な質疑応答がありました。
「どうして齋藤さんは学部生のころから企業や海外大学との共同研究ができたのか」という質問に対し、齋藤さんは「作成したアプリケーションをWEB上に公開するなど積極的に情報発信を行い、自分に興味を持ってもらうことに継続して取り組んだ」と答え、さらに「国際学会での報告や海外一流ジャーナルへの論文発表もそれ自体はゴールではなく、自分の研究、そして自分自身に関心を持ってもらうための手段であり、その後の展開まで視野に入れていた」と説明すると、参加者からは驚きと感心の声があがりました。
齋藤さんは2021年9月、米国コーネル大学の博士課程に入学する予定で、企業経営と研究の両立に取り組んでいます。
今回のセミナーは、参加者にとって「研究成果の社会還元」や「研究者のキャリアパス」にとどまらず、世界に眼を向けて実際に行動する意義を再考する機会となりました。
参加した環境・社会理工学院 融合理工学系の齊藤滋規教授のコメント
齋藤さんが企業や海外研究者から注目され、事業としても成功しているのは、積極的な情報発信も含め継続した努力、新しいことに積極的に挑戦し続けている結果です。齋藤さんのような学生の存在は、東工大生の新しいロールモデルの1つであり、教員にとってもイノベーション創出を牽引するリーダーを養成するモチベーションにもなります。
セミナーを企画した情報理工学院の原田隆リサーチ・アドミニストレーターのコメント
学部生でありながら、SNSでの発信や自作アルゴリズムの公開、国際学会での報告に取り組み、企業や海外大学研究者と共同研究を行う齋藤さんは、これからの東工大生にとって目指すべきリーダーとなる存在だと感じました。大学教職員として、これからも挑戦する若者を応援するためになにかできるか常に考え、サポートしています。齋藤さんはコーネル大学博士課程で研究に従事しつつ、国内テック企業との共同研究や研究成果の社会実装にこれからも取り組まれます。今後の活躍を期待しています。