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抗体と混ぜるだけで洗浄不要の免疫測定法を実現する新たな測定素子を開発

臨床診断や環境モニタリングへの応用を期待

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2024.10.24

要点

  • 抗体と混ぜるだけで迅速かつ高感度に抗原を検出できるOpenGUSプローブを開発
  • 検出したい抗原に応じて抗体を自由に選択可能
  • 臨床検査や環境調査におけるハイスループット検出やオンサイト検出に貢献

概要

東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 化学生命科学研究所の北口哲也准教授と朱博助教、安田貴信助教らの研究チームは、同リベラルアーツ研究教育院の永岑光恵教授(社会・人間科学コース 主担当)、株式会社バイオダイナミクス研究所の山崎侑彦研究員と共同で、市販の抗体と混ぜるだけでさまざまな抗原を迅速かつ高感度に検出できるOpenGUSプローブの開発に成功しました。

免疫測定法[用語1]は、学術研究にとどまらず多岐にわたる分野で検体に含まれる微量の物質を検出するために利用されています。その中でもホモジニアス免疫測定法[用語2]は未反応物を除去するための洗浄操作を行うことなく、検体内の抗原を検出することができるため、大規模な検体数を扱うハイスループット検出や、短時間での測定が要求されるオンサイト検出に適しています。しかし、ホモジニアス免疫測定法のための測定素子を新たに開発するには緻密な分子設計と試行錯誤が必要であり、多大な労力と時間がかかるという問題がありました。

本研究では、プロテインA[用語3]由来の抗体結合ドメインとβ-グルクロニダーゼ(GUS)[用語4]由来の酵素スイッチを組み合わせることで、抗体の改変や修飾といった最適化に時間の要する手法や工程なしにホモジニアスに抗原を検出できる測定素子として、OpenGUSプローブを開発しました。このOpenGUSプローブは抗体を取り換えることで、日本スギ花粉のアレルゲンであるCry j 1[用語5]や炎症マーカーであるヒトC反応性タンパク(hCRP)[用語6]ヒトラクトフェリン(hLF)[用語7]を高感度に検出できました。このように、この免疫測定法は標的分子に応じて柔軟にカスタマイズできるという特長をもっているため、臨床検査や環境調査、食品分析など、幅広い分野での応用が期待されます。本研究成果は、9月23日付の「Biosensors and Bioelectronics」にオンライン掲載されました。

  1. 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

免疫測定法は学術研究から臨床診断、環境モニタリング、食品の安全衛生管理などで長い間活用されており、未反応物を除去するための洗浄操作の有無によってヘテロジニアス免疫測定法(洗浄操作有り)とホモジニアス免疫測定法(洗浄操作なし)の2つに分類できます。ELISAに代表されるヘテロジニアス免疫測定法と比較してホモジニアス免疫測定法は簡単な操作で迅速に測定結果を得られるため、ポイントオブケア診断やハイスループット検査に適していることが知られています。しかしながら、標的分子をホモジニアスに検出できる新たな測定素子の開発には、毎回緻密な分子設計が求められ、目標とする検出感度に達するまでに多くの試行錯誤を要するため、膨大な労力と時間がかかるという課題がありました。そこで本研究では、検出したい抗原を認識する抗体と混ぜるだけでホモジニアス免疫測定が可能になる測定素子としてOpenGUSプローブを開発し、さまざまな抗原を検出することに成功しました。

研究成果

本研究で開発したOpenGUSプローブは、四量体で活性型となる酵素GUS(β-グルクロニダーゼ)の単量体と抗体結合タンパク質Protein Aの一部であるZドメイン(ZD)、フィブロネクチンIII型の7 - 8ドメイン(Fn7 - 8)で構成されます(図1A-B)。今回用いるGUS単量体はM516KとY517Wへの変異導入により通常は二量体で存在しており、分子間相互作用などを利用して四量体へと会合させることで酵素活性を示す、本研究グループで独自に開発した酵素スイッチです。Fn7 - 8の長さは2つのZDが抗体の定常領域をちょうど挟み込める約7 nmに調節しました。作動原理としては、OpenGUSプローブと結合した抗体が抗原結合によって会合するのに伴って四量体GUSが形成され、酵素活性が回復することで、標的分子の検出が可能となることを期待しています。そして、使用する基質を変更することで、感度の高い蛍光検出と裸眼でも観察可能な比色検出を選択できるという特長もあります。

本研究では、まずシグナル/バックグラウンド比(S/B比)の上昇、すなわち酵素スイッチとしての機能のさらなる向上を試みました。具体的には、GUSの四量体化に重要と考えられる対角界面残基(514番目のHis)に新たに点変異を導入した変異体をいくつか作製し、これらの中から変異導入前よりも高いS/B比を示すH514A変異体を見出しました。加えて、反応溶液に添加する有機溶媒の種類、塩や界面活性剤の濃度を最適化したところ、日本スギ花粉の主要アレルゲンの1つであるCry j 1を高いS/B比で検出できました(図1C)。

図1. (A)OpenGUSプローブを用いた免疫測定法の作動原理(B)OpenGUSプローブの分子デザイン(C)GUSのH514A変異体におけるCry j 1の検出 Ab:抗体;Ag:抗原、DOI:10.1016/j.bios.2024.116796より一部改変

図1. (A)OpenGUSプローブを用いた免疫測定法の作動原理(B)OpenGUSプローブの分子デザイン(C)GUSのH514A変異体におけるCry j 1の検出 Ab:抗体;Ag:抗原
DOI:10.1016/j.bios.2024.116796より一部改変

続いて、OpenGUSプローブを用いた免疫測定法の汎用性を検討するために、Cry j 1だけでなく、炎症マーカーであるヒトC反応性タンパク(hCRP)、ヒトラクトフェリン(hLF)の検出も行いました。OpenGUSプローブとそれぞれの抗原を認識する市販抗体を混合し、さまざまな濃度の抗原を添加して濃度依存曲線を描いたところ、Cry j 1の検出限界および最大応答は、蛍光検出では1.4 nMおよび12倍、比色検出では4.2 nMおよび9倍(図2A-B)でした。また、hCRPの検出限界および最大応答は0.17 nMおよび21倍(蛍光検出)、1.0 nMおよび12倍(比色検出)であり、hLFの検出限界および最大応答については0.075 nMおよび12倍(蛍光検出)、1.0 nMおよび25倍(比色検出)でした(図2C-F)。検出できたhCRPとhLFの濃度は報告されている健常人の血中濃度と同程度かそれよりも数桁低く、OpenGUSプローブを用いた免疫測定は実用に足る十分な感度で抗原を検出できることが分かりました。

図2. OpenGUSプローブを用いてさまざまなタンパク質を蛍光検出(左)あるいは比色検出(右)したときの濃度依存曲線。日本スギ花粉のアレルゲンCry j 1(A, B)、ヒトC反応性タンパクhCRP(C, D)、ヒトラクトフェリンhLF(E, F) DOI:10.1016/j.bios.2024.116796より一部改変

図2. OpenGUSプローブを用いてさまざまなタンパク質を蛍光検出(左)あるいは比色検出(右)したときの濃度依存曲線。日本スギ花粉のアレルゲンCry j 1(A, B)、ヒトC反応性タンパクhCRP(C, D)、ヒトラクトフェリンhLF(E, F)
DOI:10.1016/j.bios.2024.116796より一部改変

さらに、実用化への可能性を探るべく、実サンプルまたはそれを模倣した夾雑物を多く含む検体においてOpenGUSプローブを用いた標的分子の検出を検証しました。まず、日本スギ花粉を破砕し、その検体に含まれるCry j 1をOpenGUSプローブとELISAの2つの方法で定量し比較したところ、良好な正の相関(R2 > 0.95)が確認され、この免疫測定法の有効性が立証されました(図3A)。またELISAでは3時間かかった測定時間は15分で完了できており、迅速性において優位性がありました。次に、ウシ血清に異なる濃度のhCRPを添加し、OpenGUSプローブで定量した濃度と、添加したhCRP濃度を比較したところ、強い正の相関(R2 > 0.95)がありました。すなわち、生体試料のような多くの異なる夾雑物を含む検体においても本手法が有効であることが示されました(図3B)。さらに、ヒト唾液サンプル中のhLF濃度をELISAにより測定し、正常サンプル(≦14.9 µg)と高濃度サンプル(>14.9 µg)に分類したところ、この分類はOpenGUSプローブにおいても有意に区別できました(図3C)。これらの結果により、夾雑物を多く含む実サンプルにおいても、OpenGUSプローブを用いたホモジニアス免疫測定法が高い有効性を持つことが示唆されました。この免疫測定法は、洗浄のような煩雑な操作を必要とせず、迅速かつ正確に標的分子を検出でき、さらに抗体を取り換えることで多岐にわたる抗原に対応できることから、今後の迅速診断や環境モニタリングといった多様な分野での応用が大いに期待されます。

図3. (A)日本スギ花粉破砕液に含まれるCry j 1の検出(B)ウシ血清に添加したhCRPの検出(C)ヒト唾液サンプルに含まれるhLFの検出、DOI:10.1016/j.bios.2024.116796より

図3.(A)日本スギ花粉破砕液に含まれるCry j 1の検出(B)ウシ血清に添加したhCRPの検出(C)ヒト唾液サンプルに含まれるhLFの検出
DOI:10.1016/j.bios.2024.116796より

社会的インパクト

本研究で開発したOpen GUSプローブを用いることで、迅速・高感度・低コストなホモジニアスな免疫測定を行うことができます。本手法を発展させた免疫測定キットがONEPot Immunoassay Kit <OpenGUS Method>としてフナコシ株式会社より販売されており、臨床検査や環境調査におけるハイスループット検出やオンサイト検出など簡便な操作で迅速に検査結果が要求される場面での活躍が期待されます。

今後の展開

生体試料に含まれる夾雑物の影響を受けにくくするために、検出抗体への特異性を向上させた次世代のOpenGUSプローブの開発を進めています。状況に応じて必要であった検体の前処理が不要になることで、OpenGUSプローブの適用範囲がさらに広がることが期待されます。

  • 付記

本研究は、科学研究費助成事業(課題番号:JP22H05176, JP24K01264, JP21K14468, JP24H01123)、中谷医工計測技術振興財団開発研究助成、三島海雲記念財団学術研究奨励金、東京工業大学科学技術創成研究院のプレ研究ユニット制度の支援を受けて行われました。

  • 用語説明

[用語1] 免疫測定法:抗原と抗体の反応を利用して、抗原あるいは抗体を検出・定量する手法の総称。

[用語2] ホモジニアス免疫測定法:抗原や抗体は蛍光色素や酵素などで標識されており、未反応物は通常バックグラウンドの原因となるが、特別な工夫により、未反応物を分離するための洗浄操作を不要にした免疫測定法。

[用語3] プロテインA:幅広い動物種の抗体のFc領域に結合するStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)の細胞壁に存在するタンパク質。

[用語4] β-グルクロニダーゼ(GUS):D-グルクロン酸のβ型配糖体のグルクロニド結合を加水分解する酵素。

[用語5] Cry j1:日本スギ(Cryptomeria japonica)花粉の主要アレルゲンの1つ。

[用語6] ヒトC反応性タンパク(hCRP):体内で起こる炎症反応に伴って血中で増加するタンパク質で、炎症や感染症の指標として使われる。

[用語7] ヒトラクトフェリン(hLF):母乳、唾液、涙などの外分泌液中に含まれるタンパク質で、免疫機能を助ける働きがある。

  • 論文情報
掲載誌: Biosensors and Bioelectronics, 267, 116796 (2025)
論文タイトル: Customizable OpenGUS immunoassay: A homogeneous detection system using β-glucuronidase switch and label-free antibody
著者: Bo Zhu#, Yukihiko Yamasaki#, Takanobu Yasuda, Cheng Qian, Zhirou Qiu, Mitsue Nagamine, Hiroshi Ueda, Tetsuya Kitaguchi*
# Equal contributions
DOI: 10.1016/j.bios.2024.116796別窓

研究者プロフィール

北口哲也 Tetsuya Kitaguchi
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 准教授
研究分野:免疫測定、バイオイメージング、タンパク質工学

お問い合わせ

東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所

准教授 北口哲也

Tel:045-924-5270

Fax:045-924-5248

Email:kitaguc.t.aa@m.titech.ac.jp

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