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健常者の抑うつ症状を反映した脳波反応を同定

うつ病の早期発見や予防法の開発に期待

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2023.10.31

要点

  • 健常者を対象に、風景・人物・動物などの写真を提示した時の脳波反応を計測
  • 抑うつの症状が重いほど、写真提示に対する脳波反応の振幅が小さいことを発見
  • うつ病を早期発見する手法の開発に期待

東海大学 情報通信学部 情報通信学科の中谷裕教講師、ならびに東京工業大学 工学院 機械系の八木透教授(ライフエンジニアリングコース 主担当)らの共同研究チームは、健常者を対象に風景、人物、動物などの写真を見せた時の脳波反応を計測した結果、抑うつの症状が重いほど写真提示に対する脳波反応の振幅が小さいことを発見しました。この研究をまとめた論文が、2023年10月11日に国際学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

概要

気分が落ち込んでいる、憂うつであるといった精神症状を「抑うつ」と呼び、この症状がある程度以上重症である状態を「うつ病」と呼んでいます。抑うつとうつ病は症状の重症度が異なるだけで連続したものであるため、「うつ病」の早期発見や予防のためには、抑うつの症状を評価することが重要となります。

そこで本研究チームは日常生活を送る健常者を対象とし、風景、人物、動物などの写真を提示した時の脳波反応を計測しました。その結果、抑うつの症状が重いほど写真提示に対する脳波反応の振幅が小さいことを発見しました。

写真提示に対する脳波反応は視覚情報処理に関する認知過程[用語1]を反映するため、今回の研究で得られた結果は抑うつの症状によって認知過程が異なることを示唆します。また、健常者であっても抑うつの症状によって脳波反応が大きく異なることから、うつ病を早期発見する手法の開発につながると期待されます。

背景

うつ病は誰もが罹りうる一般的な病気である一方、自殺の要因にもなる深刻な病気でもあります。早期発見と治療のためには健常者の抑うつの症状を定量的に評価することが求められますが、これまでそのような評価方法は開発されていませんでした。
 
うつ病は脳に起因する病気であり、認知機能にも影響を及ぼします。そこで本研究チームは、健常者であっても、認知処理に関わる脳活動に抑うつの症状が反映されているのではないかと考え、脳波計測実験によって検証しました。

研究成果

日常生活を送る43人の健常者を被験者とし、まずそれぞれの被験者の抑うつの症状を評価するために、日本版BDI-IIベック抑うつ質問票[用語2]を用いて過去2週間の気分や精神状態を全員の被験者に回答してもらいました。次に認知処理に関わる脳活動を評価するために、 The International Affective Picture System (IAPS)[用語3]から取得した風景・人物・動物など様々な写真を提示した時の脳波反応を計測しました。同質問票はスコア(0~63点)が高いほど抑うつの症状が重いことを意味します。今回の被験者のスコアは20点以下で、症状の重い方はいませんでした。

次に認知処理に関わる脳活動を評価するため、風景、人物、動物などさまざまな写真を見せた時の脳波反応を計測しました。抑うつの症状と脳波反応の関係を評価するため、被験者を同質問票のスコアに基づいて症状が「低」「中」「高」の3グループに分けました(図1)。写真提示に対する頭頂葉の脳波反応は抑うつ症状によって異なりました(図2)。

図1. 抑うつスコアの分布

図1. 抑うつスコアの分布

図2. 抑うつ症状と脳波反応の関係

図2. 抑うつ症状と脳波反応の関係

例えば、写真を提示してから200ミリ秒後に脳波反応の振幅に正のピークが現れますが、抑うつ症状が高いとこの脳波反応の振幅は小さくなる傾向がありました(図3)。また、写真を提示してから300ミリ秒以降にも脳波反応の振幅に正のピークが存在し、この成分を後期陽性電位と呼んでいます。抑うつ症状が高いと後期陽性電位の反応が遅くなる傾向がありました(図4)。これらの結果から、健常者の抑うつの症状が写真提示に対する脳波反応に現れていることが示唆されます。

図3 抑うつスコアと写真を提示してから 200ミリ秒後の脳波反応の振幅の関係

図3. 抑うつスコアと写真を提示してから
200ミリ秒後の脳波反応の振幅の関係

図4 抑うつスコアと写真を提示してから 300ミリ秒後に現れる脳波の反応時間の関係

図4. 抑うつスコアと写真を提示してから
300ミリ秒後に現れる脳波の反応時間の関係

今後の展開

今回の研究では抑うつの症状に基づいて被験者を3つのグループに分け、グループ間での脳波反応の違いを評価しました。しかし、抑うつの症状を評価するためには、被験者ごとに脳波反応から抑うつのスコアを推定する必要があります。この推定手法を確立して、今後、抑うつの評価や診断につなげることが研究目標となります。

  • 用語説明

[用語1] 認知過程 : 視覚や聴覚などの情報を知識や経験に基づいて解釈することで、目の前にあるものや周囲の様子を理解しています。この理解のための解釈の過程が認知過程です。抑うつ症状は情報を不快なものとして解釈する傾向があるため、それにより気分がさらに落ち込み、症状が悪化する一因になります。

[用語2] 日本版BDI-IIベック抑うつ質問票 : 抑うつ症状を評価するための自己記入式のアンケートです。悲しい感じがするか?自分に失望しているか?などの21個のアンケート項目から構成されており、それぞれの項目を4択の選択肢で回答することで、最近2週間の症状を0点から63点のスコアで評価します。

[用語3] The International Affective Picture System(IAPS) : 感情や注意の研究を行うためにフロリダ大学で開発された写真集です。風景・人物・動物などの956枚のカラー写真で構成されており、各写真が提示された時に誘発される感情の種類と強度のデータと対応づけられているため、心理学や脳科学の分野で使われています。

  • 論文情報
掲載誌 : Scientific Reports
論文タイトル : Depressive states in healthy subjects lead to biased processing in frontal-parietal ERPs during emotional stimuli
著者 : Pengcheng Li(東京工業大学 環境・社会理工学院 博士課程・在学)
横山美桜(東京工業大学 環境・社会理工学院 修士課程・2021年度修了)
岡本大輝(東海大学 情報通信学部 2021年度卒業)
中谷裕教(東海大学 情報通信学部 講師、東京工業大学 特別研究員)
八木透(東京工業大学 工学院 教授)
DOI : 10.1038/s41598-023-44368-0別窓
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お問い合わせ先

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教授 八木透

Email yagi.t.ab@m.titech.ac.jp

東海大学 情報通信学部 情報通信学科

講師 中谷裕教

Email hnakatani@tsc.u-tokai.ac.jp

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