電気電子系 News

重いIV族元素からなるダイヤモンド量子光源からの自然幅の発光を観測

量子ネットワークの実現に前進

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2024.02.21

要点

  • ダイヤモンド格子中に鉛(Pb)原子と空孔からなる量子光源(PbV中心)を形成
  • 高効率な量子もつれ生成に必要な自然幅に近い発光観測に成功
  • 約16 Kとこれまでのダイヤモンド量子光源より高い温度で、狭線幅での発光を確認

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の岩﨑孝之准教授(電気電子コース 主担当)、波多野睦子教授(エネルギーコース 主担当)、汪鵬(ワン・プェン)大学院生、物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス研究センターの谷口尚センター長、産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究センターの加藤宙光上級主任研究員、牧野俊晴研究チーム長、量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所の小野田忍上席研究員、ウルム大学のFedor Jelezko(フェドー・ジェレツコ)教授らの共同研究グループは、ダイヤモンド構造にIV族元素である鉛原子を注入した量子光源において、発光線幅の物理限界である自然幅[用語1]に近い発光を得ることに成功した。

量子もつれ[用語2]を基に安全な情報通信を行う量子ネットワークでは、送受信地点および中継点のノードにおいて自然幅で発光する量子光源が必要となる。本研究では、ダイヤモンド中に形成した鉛と空孔からなる複合欠陥である鉛—空孔(PbV)中心からの自然幅に近い発光を観測した。さらに、狭線幅での発光が約16 Kとこれまでのダイヤモンド量子光源よりも高い温度でも得られることを実証した。

今後、量子状態を保存するためのスピン特性の計測と合わせることで、PbV中心を用いた量子ネットワークノードの構築が期待できる。

研究成果は2月15日(米国東部時間)にアメリカ物理学会の「Physical Review Letters」にオンライン掲載された。

背景

量子ネットワークは、量子もつれを用いて安全に通信を行う情報ネットワークとして注目されている。量子ネットワークでは、送受信地点および中継点のノードにおいて、物理限界である自然幅で発光する量子光源が必要となり、本研究グループではダイヤモンドを用いた光源開発に取り組んできた。ダイヤモンド中の発光中心は優れた発光およびスピン特性から、量子ネットワークを構築するための固体量子光源として期待されている。中でも、IV族元素と空孔からなるIV族—空孔中心は、量子もつれ生成に用いる発光であるゼロフォノン線[用語3]への高い集中性および外部ノイズへの高い耐性による安定な発光という点から量子ネットワーク応用へ期待されている。IV族—空孔中心のうち、重いIV族元素であるスズ(Sn)やPbを用いた光源では希釈冷凍機を必要としない温度で優れたスピン特性が期待できるという特長がある。一方、効率的な量子もつれ生成のためには、スピン特性に加え、発光線幅が物理限界である自然幅に近い状態を有する優れた発光特性も必要となる。しかしながら、IV族元素のうち安定かつ最も重たいPbを用いた量子光源である鉛—空孔中心(PbV中心)においては、これまで自然幅での発光は観測されていなかった。

研究成果

本研究では、ダイヤモンド基板へのPbイオンの注入および2,000℃を超える高温加熱で形成したPbV中心において、励起状態寿命[用語4]から決まる物理限界である自然幅に近い発光線幅を観測することに成功した。PbV中心は、ダイヤモンド格子内で図1aのような構造を持つ。Pb原子が格子間位置に存在し、その両隣の元々炭素がいた位置が空孔となっている。この構造からはCピークおよびDピークと呼ばれる2本の発光線が主に観測される(図1b)。

図1 ダイヤモンド格子中のPbV中心。(a) PbV中心の原子構造の模式図。(b) PLスペクトル。

図1. ダイヤモンド格子中のPbV中心。(a) PbV中心の原子構造の模式図。(b) PLスペクトル。

まず、作製したPbV中心の線幅の限界を決める励起状態寿命について、パルスレーザを用いた手法により評価した。結果として、励起状態寿命として4.4 nsが得られ、これは自然幅として約36 MHzに対応する。次に、PbV中心のCピークの線幅を発光励起分光法(PLE法)[用語5]を用いて測定した。PLE法を用いる理由は、通常の発光スペクトル計測では、狭い自然幅の測定に求められる分解能が得られないためである。図2aに示すように測定温度約6 Kにおいて線幅約39 MHzと自然幅に非常に近いスペクトルが得られた。これは、励起状態寿命がPbV中心のCピークの線幅を決定する主要因であることを示している。PLE測定を繰り返し行ったところ、このPbV中心の発光ピークの位置に大きなずれは見えず、時間的に安定した発光波長を観測した。一方、もうひとつの発光線であるDピークの線幅は発光スペクトルにおいて400 GHz以上となり、Cピークと比べ線幅が4桁大きい。本研究では、格子振動であるフォノンの影響によってDピークが太くなり、2つのピークの線幅の差はIV族元素の種類によって変化することを明らかにした。さらに、PbV中心では基底状態でのフォノン吸収[用語6]が抑制されており、10 K以上においてもCピークに関して自然幅に近い発光線幅が得られた(図2b)。約16 Kにおいても自然幅の1.2倍程度の線幅に留まっており、窒素—空孔中心や他のIV族元素であるシリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、Snを用いたダイヤモンド量子光源よりも高い温度においても狭線幅が達成できることを示した。

図2 PbV中心の発光特性。(a)CピークのPLEスペクトル。(b)Cピークの線幅の温度依存性。

図2. PbV中心の発光特性。(a)CピークのPLEスペクトル。(b)Cピークの線幅の温度依存性。

社会的インパクト

本研究では、重いIV族元素であるPbを用いたダイヤモンド中の量子光源においても自然幅に近い優れた光学特性が得られることを示した。特に、フォノンの影響を抑制できることから、10 K以上の温度においても狭い線幅が達成できることを実証した。これらの成果は、冷凍機の性能を緩和できることを示しており、大規模な長距離量子ネットワークの構築に繋がるものと期待できる。

今後の展開

固体量子光源からの安定した自然幅に近い発光は、高効率な量子もつれ生成にとって重要な特性である。本研究成果を基に、今後、PbV中心のさらなる光学特性およびスピン特性の研究が進展することが期待できる。特に、量子光学特性としては異なるPbV中心からの光子を用いた2光子干渉計測の実証、スピン特性としては長いスピンコヒーレンス時間の実証が必要となり、これらの特性を用いた量子もつれ生成へと展開していきたい。

  • 付記

本研究はJSPS科学研究費助成事業(JP22H04962、JP22H00210、JP23KJ0931)、東レ科学技術研究助成、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)(JPMXS0118067395)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2062)の支援を受けて行われた。

  • 用語説明

[用語1] 自然幅 : 量子光源からの光の線幅はレーザによって電子が励起された励起状態での寿命によって決定され、この物理限界である線幅が自然幅である。しかしながら、格子振動であるフォノンとの相互作用や時間的に発光位置が変化するスペクトル拡散などの影響があると線幅が大きくなってしまう。高効率な量子干渉や量子もつれ生成にはこのような影響を抑制した自然幅での発光が必要となる。

[用語2] 量子もつれ : 量子もつれ状態にある2個の粒子では、ひとつの粒子の状態を観測によって決定すると、もう一方の粒子の状態も決まる。ダイヤモンド量子光源を用いた量子ネットワークでは、光子を介して離れたスピン間の量子もつれを生成する。

[用語3] ゼロフォノン線 : 量子光源の発光の内、フォノンの遷移を伴わない発光。一方、フォノンの遷移を伴う発光をフォノンサイドバンドと呼ぶ。

[用語4] 励起状態寿命 : 基底状態からレーザによって励起された電子が励起状態に留まっている時間。

[用語5] 発光励起分光法(PLE法) : 量子光源からの狭い発光線幅を計測する技術。通常の発光スペクトル計測の分解能では狭い線幅の自然幅を測定することができない。PLE法では狭線幅の波長可変レーザおよび高精度な波長計を用いることで、量子光源からの狭線幅のスペクトルを観測することができる。

[用語6] フォノン吸収 : フォノンを吸収することで基底状態内および励起状態内のエネルギー準位間で電子の励起が発生する。この電子とフォノンの相互作用はスペクトルが太くなるひとつの要因となる。

  • 論文情報
掲載誌 : Physical Review Letters
論文タイトル : Transform-limited photon emission from a lead-vacancy center in diamond above 10 K
著者 : Peng Wang, Lev Kazak, Katharina Senkalla, Petr Siyushev, Ryotaro Abe, Takashi Taniguchi, Shinobu Onoda, Hiromitsu Kato, Toshiharu Makino, Mutsuko Hatano, Fedor Jelezko, Takayuki Iwasaki Peng Wang, Lev Kazak, Katharina Senkalla, Petr Siyushev, Ryotaro Abe, Takashi Taniguchi, Shinobu Onoda, Hiromitsu Kato, Toshiharu Makino, Mutsuko Hatano, Fedor Jelezko, Takayuki Iwasaki
DOI : 10.1103/PhysRevLett.132.073601別窓
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准教授 岩﨑孝之

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