電気電子系 News

スピンホール効果を高温で増大させる新原理を発見

SOT-MRAMの高性能化を加速

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2024.01.04

概要

Pham研究室の白倉孝典特任助教と石田乾さん(学士課程3年)は、TaSi2という物質のバンド構造における縮退点の寄与を工夫し、高温においてスピンホール効果を増大させる新原理を発見した。近年の磁気抵抗メモリでは、従来のスピン移行トルク(STT)方式よりも高効率にスピン流を生成可能であるスピン軌道トルク(SOT)方式が注目を集めている。SOT方式では、スピンホール効果を利用してスピン流を生成する。スピンホール効果の強さはスピンホール伝導率σSHで表され、その大きさはバンド構造の幾何学的位相である「ベリー位相」の効果により決まる。また、従来の研究より、多くの金属材料のスピンホール伝導率は不純物や温度によらず一定であることが知られている。今回の研究では、TaSi2という物質において、ベリー位相の強い発生源であることが知られているバンドの縮退点(ベリー位相のモノポール)をフェルミレベル近傍に配置することで、高温においてスピンホール伝導率を増大させる新原理の実証に成功した。本研究成果により、SOT方式を利用した超低消費電力な磁気抵抗メモリの高温での性能の改善が期待できる。

本研究成果は、2023年12月26日付(米国時間)の米国の学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

背景

IoTの普及により、取り扱う情報量は爆発的に増大している。これに伴って、大容量かつ高速な新規不揮発性メモリの需要が高まっており、特に磁性体を使用した不揮発性メモリが注目されている。この磁気抵抗メモリは、磁性体の磁化の向きを電子のスピン角運動量の流れであるスピン流によって制御することで動作する。現在、スピン流の生成には、磁性体に電流を注入してスピン偏極電流を生成するスピン移行トルク(STT)方式が用いられている。一方で最近では、制御対象の磁性体に接合した非磁性体に電流を注入し、スピンホール効果を介して純スピン流を生成するスピン軌道トルク(SOT)方式が近年注目を集めている。SOT方式では、スピン流の生成効率はスピンホール角θSHおよびスピンホール伝導率σSHで表される。しかし従来の研究より、多くの金属材料のスピンホール伝導率は不純物や温度によらず一定であることが知られている。

研究の経緯

スピンホール伝導率は物質の運動量空間において、ベリー位相の曲率をバンド構造にわたって積分することによって得られる。スピンホール伝導率の値は多くの金属材料において、不純物や温度によらず一定であることが知られている。一方、バンド構造のディラックポイントのような縮退点は、その点において強いベリー位相の曲率が発生できるため、ベリー位相の曲率の「モノポール」ともいえる。しかし、これらのモノポールがフェルミレベルから離れすぎると、その寄与には温度依存性がほとんどないため、結果的にスピンホール伝導率の温度変化は生じないことが課題だった。

こうした課題を克服するため、研究チームは新たな非磁性体TaSi2に注目した。このTaSi2という物質はカイラル構造を持つ(図1(a)) 。また第一原理計算をおこなったところ、フェルミレベルの直上に複数のディラックポイントが存在することが判明した(図1(b))。このことから、TaSi2が高温になるとフェルミディラック分布に従い、モノポールの寄与が増大してスピンホール効果が増大すると期待できる。

研究成果

今回の研究では、TaSi2のスピン伝導特性の評価を行うため、研究チームはスパッタリング法を用いて、TaSi2と強磁性体CoFeB膜のヘテロ接合膜を作製した(図1(c))。これらのヘテロ接合膜を用いて、温度を変えながら、スピンホール伝導率を評価したところ、高温になるにつれて上昇していくことが確認された(図1(d))。またこの結果は、フェルミディラック分布に従う式でフィッティングした結果とよく一致し、ディラックポイントが寄与していることが分かった。

図1 (a)TaSi<sub>2</sub>が持つカイラル構造。(b)スピン軌道相互作用を考慮して、第一原理計算により計算されたバンド図。青い矢印はフェルミレベル近傍のディラックポイントを指す。(c)スパッタリング法で製膜したスタックの構造図。(d)スピンホール伝導率の温度依存性。赤い点線はディラックポイントの寄与を考慮したモデルによる理論曲線。

  1. 図1 (a)TaSi2が持つカイラル構造。(b)スピン軌道相互作用を考慮して、第一原理計算により計算されたバンド図。青い矢印はフェルミレベル近傍のディラックポイントを指す。(c)スパッタリング法で製膜したスタックの構造図。(d)スピンホール伝導率の温度依存性。赤い点線はディラックポイントの寄与を考慮したモデルによる理論曲線。

社会的インパクト

一般的に電子デバイスは、動作温度が増大すると性能が低下してしまう。今回の研究で発見された、温度が高くなるにつれてスピンホール伝導率が増大する現象を利用すれば、磁気抵抗メモリの高温での書き込み性能を改善できるため、高温性能が求められる車載半導体の不揮発性メモリに応用できると考えられる。

また今回の研究では、バンド構造の幾何学的位相である「ベリー位相」のモノポールをフェルミレベル近傍に配置することで、高温下でスピンホール性能を増大できる「ベリー位相モノポールエンジニアリング技術」という手法を確立した。こうした成果は、SOT方式を利用した超低消費電力な磁気抵抗メモリSOT-MRAMの高温での性能改善につながると期待される。これは現在採用が進みつつある磁気抵抗メモリが、IoT に限らず産業機器や自動車分野へ普及することをさらに後押しする、社会的インパクトの大きな成果だと言える。

今後の展開

今回の研究ではTaSi2物質において、ベリー位相の強い発生源と知られているバンドの縮退点(ベリー位相のモノポール)の寄与を工夫し、高温でスピンホール伝導率を増大させる新原理の実証に成功した。一方で、今回用いたTaSi2のスピンホール伝導率自体はそれほど高くない。今後は、表面にディラックポイントを有し、かつ巨大なスピンホール伝導率を示したトポロジカル絶縁体にもこの原理を応用して、物質設計すれば、トポロジカル絶縁体の高温におけるスピンホール性能の改善が期待できる。

  • 論文情報
掲載誌: Applied Physics Letters
論文タイトル: Enhanced spin Hall effect at high temperature in non-centrosymmetric silicide TaSi2 driven by Berry phase monopoles
著者: Ken Ishida, Takanori Shirokura and Pham Nam Hai
DOI: 10.1063/5.0165333別窓

当記事は、東京工業大学サイトの東工大ニュースとして掲載されました。


1月4日 17:15 関連リンクを追記しました。

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