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テラヘルツ電磁波の照射による超高速誘電体材料の新しい制御法を発見

データを超高速処理する光電子デバイスの開発に期待

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2017.07.07

要点

  • 強誘電体に代表される極性材料は、高強度レーザー光の波長を変換する素子として利用され、波長変換の効率が高い材料の合成が求められる
  • ビスマスとコバルトを含むセラミックスに1テラヘルツ帯に周波数域を持つ電磁波パルス(波長がサブミリメートルの電磁波)を照射すると、波長変換効率が5割以上増大する現象を世界で初めて発見
  • 室温かつ非接触、100フェムト秒(fs:1フェムト秒は10-15秒)以内の超高速で非線形光学材料の性能指数を向上させる新しい方法として期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の沖本洋一准教授、腰原伸也教授、同科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点の廣理英基特定拠点准教授、同理学研究科の田中耕一郎教授らの研究グループは、ビスマスとコバルトを含むセラミックスにテラヘルツ光(波長がサブミリメートルの遠赤外光)を照射すれば、非線形光学特性が5割以上増強する現象を初めて発見した。一般に極性材料は、高強度レーザー光の波長を変換する素子として利用され、その性能指数をどのように増大させるかが重要な課題となっている。およそ1テラヘルツに周波数域を持つレーザパルスの照射により、室温で第二次高調波強度が5割以上増大する現象が明らかになった。これは、瞬間的な高電場印加によって極性材料の波長変換特性が大きく向上したことを示す。室温かつ非接触、超高速での新しい非線形光学材料の性能指数向上や巨大データ高速処理に必要な超高速光電子デバイス開発への応用が強く期待される。

研究成果は5月11日発行の米国科学誌『フィジカルレヴューアプライド誌(Physical Review Applied)』オンライン版に掲載された。

研究の背景

強誘電体を代表とする極性材料が果たす役割は多くの分野で重要になってきた。中でも非線形光学材料への応用は、高強度レーザーの波長を変えるために不可欠の技術であり、光機能性開発の分野で注目されている。一般に極性材料は、その反転対称性の破れた独自の結晶構造に由来する「二次の非線形感受率[用語1]」が存在し、入射した光の周波数の2倍(波長が半分)の光を発生させることができる。第二次高調波発生(SHG)[用語2]と呼ばれ、非線形光学材料の最も重要な応用例の一つである。レーザーにおける波長変換技術にも利用される。発生するSHG強度が大きい、すなわち性能指数が高い非線形光学材料の開発は重要な課題となっている。

これに加えて、高強度レーザーの照射によって物質の光学的・磁気的・電気的性質などを非熱的かつ超高速に変化できる光機能性材料を開発する研究が世界中で盛んである。この現象は「光誘起相転移[用語3]」と呼ばれ、電気的には実現不可能な応答速度で物質の屈折率や吸光度を制御する方法と考えられ注目されている。しかし、SHGに代表されるような非線形光学応答を光によって大きく変化させようという試みはこれまでは行われていない。光誘起相転移研究の知見を非線形光学材料開発に生かすためには、最先端光源を駆使した様々な極性材料における粘り強い研究が必要であった。

研究成果

東京工業大学 理学院 化学系の沖本洋一准教授らの研究グループは、同科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点の廣理英基特定拠点准教授らの研究グループと協力し、ビスマスとコバルトからなる酸化物セラミックス結晶(BiCoO3)において、発生するSHG強度をテラヘルツレーザー光照射で5割以上増強することに成功した。

対象の物質は、ビスマスとコバルトを中に含む酸素4面体で構成されたユニットが3次元的に連なった構造を有している[図1(a)]。(これは強誘電体材料として有名なPbTiO3結晶と同型である。)ピラミッド構造を持つ4面体の頂点方向が結晶内で同一の方向を向いており、全体としてマクロな極性構造を持つ。実際、巨大な自発分極が観測されている。この結晶試料は、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授らによって合成された。

この物質では極性構造に起因する二次の非線形感受率が存在するため、SHG効果を容易に観測することができる。我々は、この試料に対し尖頭値が約1 MV/cmの電界強度を持つテラヘルツ光パルスを照射した。ポンプ―プローブ分光法[用語4]と呼ばれる測定手法を用いて、試料から発生するSHG光強度がテラヘルツ光照射にともないどのように変化するかを測定した。照射に用いた高強度テラヘルツ光パルスは、京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点の廣理英基特定拠点准教授らによって開発されたものである。

実験の結果、試料から発生するSHG強度は、テラヘルツ光パルスの照射によって瞬時に増強することが観測された。最大電界強度0.8 MV/cmのときSHG強度は5割以上増えた[図1(b)]。これは、テラヘルツ光が結晶の歪みを引き起こし、二次の非線形感受率を増大させたために発生したものであり、試料の非線形光学応答の性能指数が劇的に増大したことを意味する。さらに、そのSHG強度変化のスピードは、照射したテラヘルツ波の波形に追随しており、1ピコ秒(1兆分の1秒)以内に変化し元の状態に戻ることがわかった[図1(b)]。このような巨大、かつ高速の非線形光学応答の変化はこれまで全く見られなかったものであり、新しい非線型光学材料の性能指数を制御する手法を示すものである。

(a)極性構造を持つ酸化物セラミックスBiCoO3の結晶構造の模式図。(b)テラヘルツ電磁波を照射したときの試料から発生する第二次高調波(SHG)発生強度の増強の様子。

図1.(a)極性構造を持つ酸化物セラミックスBiCoO3の結晶構造の模式図。
(b)テラヘルツ電磁波を照射したときの試料から発生する第二次高調波(SHG)発生強度の増強の様子。

今後の展開

以上の研究結果から、テラヘルツレーザー光が極性材料の波長変換特性を大きく向上させる可能性が明らかになった。室温かつ非接触での新しい非線形光学材料の性能指数アップの技術やテラヘルツ電磁波によって制御される超高速データ処理のための新たな超高速光電子デバイス開発につながることが期待される。また、強誘電材料が持つ他の有用な性質(アクチュエーターやキャパシタなど)もテラヘルツ光の照射によってその機能を大幅アップできる可能性を強く示唆する。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(15H02103,16K05397, 16H04000)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環として行ったものである。

用語説明

[用語1] 非線形感受率 : 光が物質に入射すると、通常は反射や透過のように光の電場に比例した応答が観測されるが、レーザー光などの強度が強い光を入射すると、その電場の2乗や3乗に比例した応答が出現することがある。その時の応答の係数を非線型感受率と呼ぶ。

[用語2] 第二次高調波発生(SHG) : 二次の非線形感受率の存在により、入射光の周波数の2倍の光が発生する現象。強誘電体などの、結晶の反転対称性がない試料で観測される。

[用語3] 光誘起相転移 : 光を物質に入射することで、物質の相が変化する現象。近年の高強度・高速レーザー光研究の発展により、様々な物質群で非熱的な(単純な温度上昇では得られない)電子相を光で引き出すことに成功した実験結果が報告されている。

[用語4] ポンプ―プローブ分光法 : ポンプ光(励起光)を物質に照射することで起こる電子状態や構造の変化を計測するため、続けてプローブ光(計測光)を物質に照射してその反射率や透過率の変化を調べる計測手法。ポンプ光とプローブ光の間の時間間隔を変えることによって、物質の特性が変化していく様子をスナップショットのように刻々と追跡する実験手法。

論文情報

掲載誌 : Physical Review Applied
論文タイトル : Ultrafast Control of the Polarity of BiCoO3 by Orbital Excitation as Investigated by Femtosecond Spectroscopy
著者 : Y. Okimoto, S. Naruse, R. Fukaya, T. Ishikawa, S. Koshihara, K. Oka, M. Azuma, K. Tanaka, and H. Hirori
DOI : 10.1103/PhysRevApplied.7.064016 別窓
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東京工業大学 理学院 化学系

沖本洋一 准教授

E-mail : okimoto.y.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3895 / Fax : 03-5734-3895

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

東正樹 教授

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点

廣理英基 特定拠点准教授

E-mail : hirori@icems.kyoto-u.ac.jp
Tel : 075-753-9854 / Fax : 075-753-9854

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