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ラン藻による有用物質の大規模生産に道を拓く

高価な誘導剤使わずに遺伝子発現を誘導するネットワークを構築

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2016.09.30

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の久堀徹教授(ライフエンジニアリングコース主担当)と肥後明佳特任助教(JST・CREST研究員)らの研究グループは、合成生物学[用語1]的手法により原核光合成生物であるラン藻(シアノバクテリア[用語2])の遺伝子発現を高効率に誘導するシステムを開発した。人工的に改変した遺伝子発現ネットワークをラン藻に導入することで、今までよりも低濃度の遺伝子発現誘導剤を使用、もしくは誘導剤を用いなくても、長時間・強力に遺伝子発現を誘導することに成功した。

ラン藻は、その代謝系を遺伝子操作することで有用物質を生産することの出来る生物として期待されている。肥後特任助教らの研究は、ラン藻の代謝系の改変を実際的に行えるようにするもので、今後、ラン藻を用いて産業上有用な物質を生産する大規模なシステムの開発に道を拓く成果である。同研究グループは今年初め、ラン藻内で生産された含窒素化合物を細胞外に放出させることに成功したが、誘導剤は高価で、持続時間が短いという欠点があった。今回はこの問題を解決したもので、ラン藻による有用物質生産の実用化に一歩近づいたといえる。

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:松永是 東京農工大学・学長)の支援を受けて実施したもので、研究成果は、9月22日発行の米国化学会の「ACSシンセティックバイオロジー(ACS Synthetic Biology)」誌電子版に掲載された。

研究の背景と経緯

二酸化炭素排出量削減に向けた取り組みの一環として、光合成生物を用いてエタノールや油などの有用物質を生産させる研究が近年注目を集めている。これは、生物の代謝系を本来の経路とは異なる方向に働かせることで、その生物が作る代謝産物を適当な形で蓄積させたり細胞外に放出させるなどの方法で、いわば横取りする技術の開発である。微細藻類[用語3]の一種であり、原核光合成生物であるラン藻は、緑色植物が持っている光合成を行う細胞内小器官である葉緑体の起源となった生物と考えられている。培養の簡便性、速い生育速度、整備された遺伝子改変技術などの長所により、ラン藻を利用した有用物質生産の実現には期待が大きい。

ところが、目的の物質をラン藻に作らせるために行う、遺伝子の破壊や導入といった代謝系の改変がラン藻の細胞にとっては大きな負荷となり、代謝速度が低下して目的物質の生産性が落ちるというケースが少なくない。そこで、スイッチを入れた時のみ、代謝経路を切り替えて、目的物質を生産させる技術の開発が待たれていた。肥後特任助教らは、糸状性ラン藻Anabaena sp. PCC 7120(アナベナ[用語4])においてこのような代謝系の改変を実現するための遺伝子発現制御技術を開発し、実際にラン藻内で生産された含窒素化合物を細胞外に放出させるという成果をあげ、今年初めに発表した(Higo, A. et al. Plant Cell Physiol. (2016) 57: 387-396)。

しかし、この先行研究で遺伝子発現誘導に用いた薬剤は高価であり、また、光感受性であるため光合成生物のような光環境で生きている生物に作用させても誘導持続時間が短いといった欠点があった。そこで、肥後特任助教らは拡張性に優れている機能性RNAを用いて、人工的な遺伝子発現ネットワークをデザインし、これまでの発現誘導系を改良することにした。

研究成果

先行研究では、転写[用語5]抑制因子TetR(抗生物質であるテトラサイクリン[用語6]で機能を制御できる)を利用して、遺伝子発現誘導システムを構築した。今回の研究では、誘導剤であるテトラサイクリンにより遺伝子発現が誘導される(スイッチを入れる)と、TetRの遺伝子発現を抑制する機能を阻害するRNAアプタマー[用語7]の発現が誘導されるという遺伝子発現ネットワークを構築した(図1)。

今回、構築された遺伝子発現誘導系

図1. 今回、構築された遺伝子発現誘導系。通常は、転写抑制因子TetRの抑制能が誘導剤aTcによって解除され、遺伝子発現制御の指標として用いたGFPの発現が誘導される。本システムでは、TetRの機能を阻害するRNAアプタマーの作用により、ポジティブフィードバックループが形成され、通常のシステムより効率のよい発現誘導が実現される。また、TetRの発現は図に示すように硝酸塩やアデニンの有無によって制御されているので、柔軟な遺伝子発現誘導が可能である。

すなわち、遺伝子発現が誘導されればされるほどTetRの機能が阻害され、遺伝子発現がより誘導されやすくなるというポジティブフィードバックループ回路をラン藻の細胞内に構築したわけである。これにより、従来のシステムと比較して、1/10量の誘導剤で長期間、目的遺伝子の発現を誘導することに成功した。さらに、転写抑制因子であるTetRの発現量をアデニンリボスイッチ[用語8]や培地の窒素源の有無により制御する遺伝子発現ネットワークを構築したことで(図1)、高価なテトラサイクリン系の誘導剤を用いなくても、スイッチを入れることができるシステムを実現した。実験では緑色蛍光タンパク質であるGFPの細胞内での発現をコントロールし、細胞が蛍光を持つようになる様子を観察した(図2)。

構築したシステムによる遺伝子発現誘導

図2. 構築したシステムによる遺伝子発現誘導。アデニンやテトラサイクリン誘導体のaTcによって、GFP蛍光が誘導されている。自家蛍光は、ラン藻が光合成を行うために必要なフィコビリタンパク質[用語9]由来のものである。

今後の展開

今回の研究では、機能性RNAを適切に組み合わせた回路をデザインすることで既存のシステムを改良し、効率のよい柔軟な遺伝子発現誘導系をラン藻細胞内に構築した。この技術をさらに発展させれば、多細胞生物であるラン藻・アナベナの、炭素固定(光合成)と窒素固定という異なった代謝の役割を持つ細胞それぞれで、より精密に遺伝子発現制御による代謝改変を行うことも可能になり、ラン藻を用いた大規模物質生産の実現につながることが期待される。

用語説明

[用語1] 合成生物学 : Synthetic Biologyの訳語で、生体部品を新たにデザインしたり適切に組み合わせたりすることで、目的の機能を持つシステムを構築する、ボトムアップ型の研究分野である。

[用語2] ラン藻(シアノバクテリア) : 光合成を行う原核光合成生物で細菌の一種。光合成を行うチラコイド膜という膜構造を細胞内に持つ。原始の時代に真核生物に食べられて細胞内共生したことにより、緑色植物の葉緑体の起源となった生物と考えられている。

[用語3] 微細藻類 : ラン藻のような原核光合成生物から緑藻など真核光合成生物まで、主に単細胞の藻類の総称。物質生産に利用できる生物として注目されている。

[用語4] アナベナ : ラン藻の一種で、光合成を行う栄養細胞が数珠状につながった多細胞性である。窒素源の乏しい条件で培養すると数珠状の細胞のところどころにヘテロシストと呼ばれる特殊な細胞が形成される。この細胞で窒素分子を直接アンモニアに変換する窒素固定反応が行われる。

[用語5] 転写 : 遺伝子発現では、DNAに保存されている遺伝子情報から、mRNAが合成され(転写という)、このRNAの情報をもとにアミノ酸が数珠状につながってタンパク質が合成される(翻訳という)。

[用語6] テトラサイクリン : 放線菌が作る抗生物質のひとつで、微生物のタンパク質合成を阻害する。このため、細菌感染症の治療薬として用いられているが、近年、耐性菌(テトラサイクリンが効かない菌)が増えている。

[用語7] アプタマー : 特定のタンパク質や低分子に特異的に結合するDNAやRNA、ペプチドである。

[用語8] アデニンリボスイッチ : リボスイッチは特定の低分子が結合するアプタマー部分と、下流の遺伝子発現を制御するプラットフォーム部分からなる。枯草菌由来のアデニンリボスイッチは、核酸を構成する塩基のうちの一つであるアデニンがアプタマー部分に結合すると、プラットフォーム部分の構造変化を介し、下流の遺伝子の発現が抑制される。

[用語9] フィコビリタンパク質 : ラン藻などが光合成を行う際、光を集めるために必要なタンパク質。青色をしており、ラン藻(藍藻)がラン藻と呼ばれる由縁である。身近な食品にも着色料として使用されている。

論文情報

掲載誌 : ACS Synthetic Biology
論文タイトル : Designing synthetic flexible gene regulation networks using RNA devices in cyanobacteria
著者 : Akiyoshi Higo, Atsuko Isu, Yuki Fukaya, Toru Hisabori
DOI : 10.1021/acssynbio.6b00201 別窓

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 久堀徹

Email : thisabor@res.titech.ac.jp

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
特任助教 肥後明佳

Tel : 045-924-5234 / Fax : 045-924-5268

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