生命理工学系 News

腸内細菌叢(腸内フローラ)のメタゲノム解析による発がん研究の加速に期待

糞便試料の新たな保存法を確立、効率的な収集・保存を実現

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2016.07.22

本研究成果のポイント

  • 腸内細菌叢(腸内フローラ)のメタゲノム解析に欠かせない研究試料である糞便の収集方法について、標準方法とされる冷凍保存よりも簡便な収集方法を確立
    既存溶液を活用した室温保存について、冷凍保存と同レベルの解析結果が得られることを実証した。
  • 大腸内視鏡検査により腸内細菌叢は変動しないことを確認
    大腸内視鏡検査とその前処置(腸管洗浄剤内服による洗浄)に伴う腸内細菌叢への影響を検討し、大腸内視鏡検査の前後で腸内細菌叢の組成の変動はみられないことが明らかになった。

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)と国立大学法人東京工業大学(学長:三島良直、東京都目黒区)は、腸内細菌叢(腸内フローラ)のメタゲノム解析[用語1]に欠かせない研究試料である糞便の簡便な保存方法を開発し、また大腸内視鏡検査により腸内細菌叢が変動しないことを明らかにしました。

本研究成果により、現在、標準的な収集方法とされる凍結保存・輸送が困難な地域住民のメタゲノム解析や、腸内細菌叢の大規模コホート研究の実施が可能となり、腸内細菌叢に関する研究が世界的に加速し、発がんメカニズムや各種疾患との関連の解明につながることが期待されます。

本研究成果は、国立がん研究センター 研究所 がんゲノミクス研究分野の谷内田真一ユニット長と同センター 中央病院 内視鏡科、東京工業大学 生命理工学院の山田拓司准教授(生命理工学コース主担当)の研究グループが、国立がん研究センター研究開発費「生体細菌叢のメタゲノム解析を用いた先駆的アプローチによる腫瘍発生メカニズムに関する基盤研究」の支援を受けて行ったもので、国際消化器病関連誌「GUT」オンライン版に掲載されました。

研究背景

腸内細菌叢は、培養を行わず細菌がもつDNAを次世代シーケンサーで解析する技術(メタゲノム解析)の発展により、近年、肥満や糖尿病、炎症性腸疾患、アレルギーなど様々な疾患との関連が報告されています。がんにおいても、発がん要因の特定やバイマーカーとして診断への応用が期待されています。

一方で、糞便は1gあたり1,000億個の細菌が高密度に存在しており、常温保存では15分以内に雑菌が繁殖し、メタゲノム解析は困難となります。そのため、排便直後にドライアイスや超低温冷蔵庫で冷凍保存するのが標準的ですが、より簡便な収集と保存方法が強く求められていました。

また腸内細菌叢は、約1,000種類100兆個の共生細菌で構成され(ヒトの体細胞数は37兆個)、その組成は各個人で異なり「もう一つの臓器」とも呼ばれていますが、以前より大腸内視鏡検査(大腸カメラ)による腸内細菌叢への影響が懸念されていました。

研究成果の概要

日本人健常者8名を研究対象とし、国立がん研究センター中央病院内視鏡科で便を収集、糞便からDNAを抽出し、16SrRNA解析[用語2]で腸内細菌の菌叢組成(どのような細菌がどれくらいの割合でいるか)の解析を、次世代シーケンサーを用いて行いました。同センター研究所でシーケンス解析を、東京工業大学でシーケンス・データの情報解析を行いました。

大腸内視鏡検査前後および凍結保存検体と常温保存検体の間における腸内細菌叢の相関関係

図1. 大腸内視鏡検査前後および凍結保存検体と常温保存検体の間における腸内細菌叢の相関関係

既存溶液を活用した室温保存について、冷凍保存と同レベルの解析結果が得られることを実証。標準方法とされる冷凍保存よりも簡便な収集方法を確立

本研究では凍結保存に代わる保存法として、グアニジン・チオシアン酸塩溶液[用語3]入り採便容器を用いて便を室温保存する方法で検討を行いました。その結果、大腸内視鏡検査の前日(自宅採取)の凍結保存便と室温保存便の相関係数は高く(0.89)、保存法による差異は少ないことが示されました。同様に当日の朝、腸管洗浄剤内服後の初回便の室温保存においても高い相関係数を示し、室温保存でも凍結保存法と遜色のない腸内細菌叢のメタゲノム解析(16SrRNA解析)が可能であることを実証しました。(図1)

また、大腸内視鏡検査前日(青色)、当日の朝(赤色)、腸管洗浄剤内服後の初回便(黄色)について、それぞれ室温保存と凍結保存で、細菌(属レベル)ごとの存在割合を比較したところ有意な差は見られませんでした。(図2:保存法の検証)

大腸内視鏡検査により腸内細菌叢は変動しないことを確認

大腸内視鏡検査の実施前後で腸内細菌叢の菌叢組成を経時的に比較・検討することで、その影響を検討しました。検査日朝の凍結保存便、腸管洗浄剤内服後初回の凍結保存便、検査後60日目の凍結保存便は、検査前日の凍結保存便(標準便)と比較して高い相関係数(各々0.91、0.86、0.91)を示しました。その一方で、大腸内視鏡検査中の吸引便汁(凍結保存)は相関が低く(白色を示している)、メタゲノム解析の菌叢組成の結果、小腸液の混入が示唆され、研究試料としての活用には適さないことが明らかとなりました。(図1)

検査前日と当日の朝(青色)、検査前日と腸管洗浄剤内服後初回の便(赤色)、検査前日と検査後60日目の凍結保存便(黄色)の細菌ごと(属レベル)の存在割合を比較しましたが、有意な差は見られませんでした。(図2:採取時期の検証)

また、検査前日と検査後60日目の凍結保存便について、個々の被験者における各細菌(属レベル)の存在割合を調べても、大腸内視鏡検査の腸管洗浄による影響を受けないことが明らかとなりました。(図3)

大腸内視鏡検査前後および凍結保存検体と常温保存検体の間における個々の腸内細菌相対存在量の変動

図2. 大腸内視鏡検査前後および凍結保存検体と常温保存検体の間における個々の腸内細菌相対存在量の変動

細菌を属ごとに保存法(中央グラフ)や採取時期の違い(右グラフ)による差異をLog変換した値を比較した結果、左右に多少のずれはみられますが、概して0を中心にしており、保存法や採取時期の違いによる差異は細菌の属ごとの解析でも少ないことが分かりました。

中央グラフ:保存法の検証
保存法の検証を行ったもので、大腸内視鏡検査実施の前日の室温保存便(D0_R)と凍結保存便(D0_F)の比較(青色)、当日朝の室温保存便(D1-1_R)と凍結保存便(D1-1_F)の比較(赤色)、腸管洗浄剤内服後の初回の室温保存便(D1-2_R)と凍結保存便(D1-2_F)の比較(黄色)を行いました。
右グラフ:採取時期の検証
大腸内視鏡検査当日朝の凍結便(D1-1_F)と検査前日の凍結保存便(D0_F:組成解析の基準となる標準便)の比較(青色)、腸管洗浄剤内服後の初回の凍結保存便(D1-2_F)と検査前日の凍結保存便(D0_F)の比較(赤色)、検査後60日目の凍結保存便(D60_F)と検査前日の凍結保存便(D0_F)の比較(黄色)を行いました。

大腸内視鏡検査後60日における腸内細菌相対存在量の変動

図3. 大腸内視鏡検査後60日における腸内細菌相対存在量の変動

検査前日の凍結保存便(D0_F:x軸)と検査後60日目の凍結保存便(D60_F:y軸)について、採取可能であった5名の日本人健常者(被験者A、C、D、EとF)で、色分けされた各細菌(属レベル)がどれくらいの割合で存在していたかを散布図に示しました。その結果、腸内細菌叢の菌叢組成は個々人で異なりますが、各人では検査の前後で極めて高い相関を示し、大腸内視鏡検査の腸管洗浄による影響を受けないことが明らかとなりました。

今後の展望

腸内細菌叢の研究は、欧州では2008年からMetaHIT(Metagenomics of the Human Intestinal Tract)、米国でも2008年からHMP(Human Microbiome Project)の巨額の予算を投じた国家プロジェクトが始まっています。国内では、本研究の研究グループが2013年に日本人腸内環境の全容解明とその産業応用プラットフォーム(JCHM:Japanese Consortium for Human Microbiome) 別窓を設立し、日本人腸内微生物データーベース構築による「日本人固有の腸内環境及および腸内代謝系の発見」と「疾病マーカーの発見」を目指したプロジェクト活動の推進に取り組んでいます。

また、国立がん研究センター中央病院および研究所と東京工業大学は、共同で大腸内視鏡検査を受ける患者さんを対象に大規模なメタゲノム解析を実施中であり、発がんメカニズムの解明が期待されます。

用語説明

[用語1] メタゲノム解析 : 環境(腸内など)中には、多種多様な微生物(細菌など)が存在している。どのような微生物が存在するのかを調べるには、従来は微生物を分離し、培養して増殖させることが必要であった。しかし、腸管内の微生物のほとんどは人為的な培養が難しく、研究は困難であった。培養という過程を経ずに、環境中の微生物が持つ核酸(DNAなど)を抽出し、これらの構造(塩基配列)を調べれば、個々の核酸がどの微生物由来か(系統組成解析)、もしくはどの微生物由来かは分からないものの環境中の微生物の集合体がもつ遺伝子群(機能組成解析)が分かる。このような手法をメタゲノム解析と呼ぶ。次世代シーケンサーの普及とともに、近年、指数関数的に研究が進んでいる。

[用語2] 16SrRNA解析 : メタゲノム解析の手法の一つで、16Sr(リボソーム)RNA遺伝子の配列データを用いて、菌叢組成の解析を行う。メタゲノム ショットガン・シーケンス(全ゲノム シーケンス)と比較して安価で、菌叢組成の概略が解析可能であることから、多くの研究において利用されている。16SrRNA遺伝子は全ての細菌種が有している。また、各細菌によりその遺伝子配列が少しずつ異なるので、細菌の系統分類を行う指標となっている。

[用語3] グアニジン・チオシアン酸塩 : 蛋白質の変性剤として知られる化学化合物で、DNAやRNAの抽出の際に広く使用されている。さらに、微生物の増殖を抑えることでも知られ、この有効性を応用した市販の採便キット(株式会社テクノスルガ・ラボ/所在地:静岡県静岡市)を研究に使用した。

論文情報

掲載誌 Gut
論文タイトル High stability of faecal microbiome composition in guanidine thiocyanate solution at room temperature and robustness during colonoscopy
著者 Yuichiro Nishimoto,Sayaka Mizutani,Takeshi Nakajima,Fumie Hosoda, Hikaru Watanabe, Yutaka Saito,Tatsuhiro Shibata,Shinichi Yachida*,Takuji Yamada**責任著者)
DOI 10.1136/gutjnl-2016-311937 別窓

研究費

国立がん研究センター 研究開発費(25-A-4と28-A-4)

生体細菌叢のメタゲノム解析を用いた先駆的アプローチによる腫瘍発生メカニズムに関する基盤研究(25-A-4)

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ユニット長 谷内田真一

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Tel : 03-3542-2511

東京工業大学 生命理工学院
准教授 山田拓司

Email : takuji@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3629

その他全般に関するお問い合わせ

国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室

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東京工業大学 広報センター

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