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いつか、有線を超える無線技術を夢みて―岡田健一准教授

ミリ波から広がる世界最速の無線機への可能性

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2016.08.18

いつか、有線を超える無線技術を夢みて ミリ波から広がる世界最速の無線機への可能性 大学院理工学研究科 電子物理工学専攻准教授 岡田健一

速く、途切れない無線機を実現する「ミリ波」

「ラボの中に入る前に、この白衣と帽子を身につけて、靴を履き替えてください。」

研究室の責任者である岡田に促され、白衣に袖を通す。回路の基板に埃や塵が入らないようにするためだ。ガラス越しの実験室の中では、数名の学生たちが神妙な面持ちでパソコンのディスプレイを覗き込んだり、高周波測定器を操作したりしている。彼らの目指すものは「世界最速の無線機」を自分たちの手で開発することだ。

携帯電話やパソコンの無線LANなど、無線技術の進歩には目を見張るものがある。より速く、より遠くへ、途切れない電波を送受信する。大容量の画像を送れるようになり、端末の画面上で動画も見られるようになった。ほんの10数年前には考えも及ばなかったことだ。

岡田健一

この無線通信の目覚ましい進歩のカギを握っているのは、"高周波"を利用した回路の開発にある。現在、携帯電話や無線LANなどの無線通信機器に利用されている周波数帯は6GHz(ギガヘルツ)以下の低周波数帯なのだが、この周波数帯は既存の無線利用が多く、それぞれの無線通信規格で利用可能な周波数帯域はごく限られてしまっている。そこで、近年世界でトレンドとなっているのが、「ミリ波」と呼ばれる、波長1~10mm、周波数30~300GHzの電磁波だ。岡田は、現在このミリ波を用いた無線分野の研究で、フロントランナーとして、最先端を走っている。

高周波の雑音を既存技術の応用で抑制

ミリ波は利用できる周波数も大きく、大幅な速度向上の可能性を秘めている。しかしながら、これまで開発されてきたミリ波無線機のほとんどは、入力信号の周波数を異なる周波数に2段階変換する「ヘテロダイン方式」によるもので、部品が多く電力を消耗するなどの難題を抱えていた。これを解消すべく、岡田は、従来の研究では理論的に困難と言われていた「ダイレクトコンバージョン方式」により、まず画像データ等の信号を1段階で電波に変換、さらに注入同期[用語1]という物理現象を使って、回路の雑音を大幅に下げることに成功する。

「雑音を考えなければいくらでも通信速度を速くできるのですが、その雑音を下げられないというネックがあった。それを解消してくれたのが、注入同期現象だったんです。」

実は、ここでもうひとつ大事なポイントがある。注入同期という現象自体は古くから知られていた技術なのだが、これを集積回路に利用するには、制御が難しいというネックがあった。岡田はこれを、「リコンフィギュラブル技術[用語2]」を応用することで、解決策を見いだしたのだ。

岡田健一

「そのままですとやんちゃな暴れん坊みたいな感じで、思ったような周波数で発振させられないのですが(笑)それをリコンフィギュラブル技術によってソフトウェアからアナログ回路をうまく制御して、送受信する無線の中心周波数や帯域の幅を柔軟に切り替えられるようにすることで、雑音が下げられたのです。」

そしてまた一歩、夢に近づいた

さる2014年2月14日、サンフランシスコで開催された2014年IEEE国際固体素子回路会議[用語3]のセッションで、東工大の松澤昭教授と岡田らの研究グループにより、毎秒280億ビット(28Gb/s)[用語4]の伝送が可能な60GHz(600億ヘルツ)ミリ波無線機開発の発表がなされた。これは、一度に6ビット分の情報を送る64QAM[用語5]という変調方式に対応した、世界初の60GHz帯無線機だ。

実用化されている中で最も高速な無線LAN規格でも、5GHz帯で160MHzの周波数帯域しか利用できないのが現状だ。そのような中で岡田らは、前述の60GHz帯を用いたミリ波無線通信を利用することで、従来より54倍も広い8.64GHzの帯域の利用が可能になると発表した。これで、一気に大幅な無線通信速度の向上が見えてきたことになる。さらに、無線機は一般に用いられるCMOS[用語6]集積回路として実装可能。回路面積は3.9mm2とコンパクトで、消費電力も低く抑えられることから、携帯電話などのモバイル機器に搭載可能だ。

岡田健一

「回路はまだまだ小型化できます。将来的には、指輪くらいの大きさの機器も実現が可能です。速さについても、ダウンロードという概念がなくなるくらい、瞬時にアクセス可能になるでしょう。最終的には、あらゆる点において有線を上回りたいというのが、私の究極の夢ですね。」

少年時代から好きだった無線機器への憧れが原点

岡田健一

岡田が電子機器に初めて興味を持ったのは、10歳のときに家に届いた日立の「ベーシックマスターレベル3」という8ビットのパソコンだった。まだワープロが主流だった時代に目にしたパソコンには、小学生ながら少なからず好奇心をくすぐられたという。そして、中学生になり、一人でラジオを組み立てたのだが、その動機が今の岡田を象徴している。

「ほんとうはコードレス電話を作りたかったんです。中学校の技術家庭科の教科書を見ながら、トランジスタは壊れたテレビからむしり取って、一生懸命組み立てていました。携帯電話は、大学生の頃、まだ誰も友人が持っていないときに父親が持っていたものを無理矢理奪い取って使っていたくらい好きでしたね。ただ、通話料が高くて誰もかけてきてくれませんでしたが(笑)。」

少年時代の好奇心に端を発する電子デバイスの世界で、これまでにも幾多の功績を打ち立てている岡田だが、今の結果は決して自分1人ではなし得なかったと振り返る。現在のミリ波のプロジェクトは総務省の主導によるものであり、関連分野の研究者の協力や企業との連携を経て、初めて見えてくるものがある。それでも、結果が見えないときには精神的にも辛い。そんなときの心の支えとなっているのが、一緒に研究を続けている学生たちだと岡田は言う。

「学生って、単純にわかりやすい表現のほうがやる気が出るんです。例えば、LSIを使いやすくしようと言うよりも、「速度を上げて10倍にしよう」と言ったほうが、面白そうだなと意欲がわくんですね。そんな学生たちと一緒に研究を進めていけるのはほんとうに楽しいですし、お互いにモチベーションとなっています。」

岡田健一

そして、自らの経験をふまえつつ、岡田は未来の学生たちにエールを送る。

「未来の技術というものは、基礎をきちんと学んで、目指すものに向かって失敗や小さな成功を積み重ねていけば、自分の手で開発できます。東工大には、それを叶えるための環境があり、仲間がいます。ぜひ一緒に作ってみませんか。」

用語説明

[用語1] 注入同期現象 : 17世紀にオランダの科学者ホイヘンスが時計の振り子間の同期現象として発見。集積回路中では、回路中に複数の発振器を配置すると、他方がもう一方の周波数につられて誤った周波数で発振を起こし、回路に誤動作をもたらす。

[用語2] リコンフィギュラブル技術 : 電源を入れたまま、ブロック単位で回路の構成を変えることを可能にした技術。1組の無線回路で場面に応じて複数の無線サービスを切り替えられるという利点がある。

[用語3] 国際固体素子回路会議 : International Solid-State Circuits Conference (ISSCC)は、米IEEEが主催する最先端半導体についての国際学会。数多くある半導体関連学会の中で最もレベルが高いことで知られ、「半導体のオリンピック」と呼ばれる。

[用語4] Gbps (gigabits per second) : ギガビット毎秒。1秒間に何十億ビットのデータを送れるかを表す値。1Gbpsは10億bps(=1000Mbps)。

[用語5] 64QAM : デジタルデータと電波や電気信号の間で相互に変換を行うためのデジタル変調方式の一つ。位相が垂直に交わる2つの波を合成し、それぞれを8段階の振幅で識別する方式で、一度に6ビットの情報を伝送できる。
ちなみに、16QAMは同様に4段階の振幅を識別して一度に16値(4ビット)を伝送する変調方式。

[用語6] CMOS(シーモス、Complementary MOS; 相補型MOS) : p型とn型のMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を相補的に組合せた回路やその基本回路素子のこと。

岡田 健一 准教授

岡田 健一 (Kenichi Okada)

大学院理工学研究科 電子物理工学専攻 准教授

  • 1975兵庫県生まれ
  • 1998京都大学 工学部 電子工学科 卒業
  • 2000京都大学 情報学研究科 通信情報システム専攻 修士 修了
  • 2003京都大学 情報学研究科 通信情報システム専攻 博士 修了
  • 2003東京工業大学 精密工学研究所 助手
  • 2007東京工業大学 大学院理工学研究科 電子物理工学専攻 准教授

※本記事は2014年3月に全学サイトSPECIAL TOPICS別窓に掲載した内容です。

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