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パワエレ技術の応用で企業との大型共同研究を推進―赤木泰文教授

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2016.08.18

10年先を見据えたパワエレ技術の応用で企業との大型共同研究を次々と推進 工学院 電気電子系 教授 赤木 泰文

2030年までに電気の8割がパワエレ技術を利用

「パワエレ」という言葉をご存知だろうか。私たちに身近なところでは、エアコンや冷蔵庫、洗濯機、蛍光灯など、多くの家電製品に採用されている。エアコンの圧縮機を駆動するモーターの回転数を制御する省エネシステム「インバータ※1」の技術がこのパワエレ、つまり「パワーエレクトロニクス技術」の代表例である。

「Power Electronics(パワーエレクトロニクス)を直訳すると、『電力電子工学』となります。インバータはパワエレの一部であり、広くは半導体を用いて直流から交流への電力変換を行ったり、電力量を調整するなど、電力変換と制御を中心とした応用システム全般の技術を指します。太陽光発電で、パネルからの直流電力を50/60Hzの交流電力に交換し電力系統に送電する技術も、パワエレなのです。」

学生時代から数えてこの道一筋43年になるパワエレの第一人者、赤木はこのように語った。

パワーエレクトロニクスとは

パワエレの研究は、以下の2つの分野に大別できる。一つは、電力を効率良く変換できるように高速かつ低損失でON・OFFできるパワー半導体デバイス(パワーデバイスと略す)そのものの研究。そしてもう一つは、このパワーデバイスを使用した電力変換回路・制御機器・電動機駆動などのパワーデバイスの応用に関する研究である。赤木の研究は後者であり、製品開発を担う企業の研究開発に直結している。

そもそもパワエレの起源は、1957年に高圧大電力にも耐えられる半導体デバイスであるシリコン制御整流器(=サイリスタ)の発明に端を発する。その後、MOSFET※2などの低耐圧高速デバイス開発、そして現在のIGBT※3と、使いやすさと電力損失を最小限に抑えた、高圧・大電流の新構造パワーデバイスの時代に突入している。一方で、アナログ・ディジタル信号処理技術を活かした制御技術も目覚ましい発展を遂げている。その結果、パワエレはコンピュータ電源や家電・OA機器、産業機器、鉄道・自動車・船舶・飛行機、さらには発電、送電、配電など、現代社会を支える電気電子工学の基幹技術として、さまざまな場面に応用が進められているのだ。

「2030年までに、すべての電気の80%にパワエレ技術が利用されるという予測がアメリカの学会でも発表されています。パワエレ技術は『省エネ』や『創エネ』はもちろん、環境問題やエネルギー問題をも解決する非常に重要な基幹技術なのです。」

パワーエレクトロニクスの応用

気難しいだけに開発しがいがある大型建機

このように、家庭から交通手段まで、私たちの生活に広く活用されているパワエレ技術だが、赤木が最近、特に注力しているのは、家庭で馴染みのあるものではなく、工事現場などで使われる建設機器などの大型機材だ。

「普通自動車では、すでにハイブリット自動車にインバータが使用されていますが、建設機械についても、各メーカーが電動化を進めています。私も建設資材企業と共同で、鉱山機械や建設機械、重機開発のハイブリッド建機の研究を行っているのですが、これがとても面白いです。普通車のハイブリッド車でしたらインバータも50kW程度なのですが、海外の鉱山で使用している超大型ダンプになると、1,000kW前後のインバータを使用します。これは新幹線の各車両の床下にあるインバータに匹敵します。」

赤木泰文教授

タイヤの直径だけでも4mにもなる超大型ダンプ。これに1,000kWのインバータを搭載して効率を1%向上できれば、10kWの節電になる。さらに、使用しているパワーデバイスの冷却が簡単になり、装置も小型化できる。これにより、インバータの製造コストも下げられるというわけだ。と、言葉で表すのは簡単だが、実際には大変困難な作業だと赤木は苦笑する。

「高圧大容量の電力変換器というのは、無理をすると安定した動作をしなくなり、しかも効率も悪くなります。そこをどのように克服して効率向上を図るかが、逆に私にとっては、好奇心がくすぐられて、非常に面白いんです。」

そんな高圧大電力の分野では、回路は一見複雑でも、電力変換が「自然で無理のない」あるいは「筋が良い」ことが、必須条件だと赤木は続ける。

「私の趣味は囲碁ですが、囲碁の世界でも、『筋が良い、筋が悪い』という言葉をよく使います。電力の世界に戻せば、筋の悪い電力変換回路は、たとえ特許を取得できたとしても誰も利用してくれません。この『筋が良い、筋が悪い』という感覚を学生レベルで理解するのは非常に難しいです。とにかく、電力変換の本質を理解し、経験を積むことが肝要です。」

そんな背景もあってか、実際に企業との共同研究を進める際には、5年~10年先を睨んだ研究テーマを設定するよう心がけている。1年、2年先の研究テーマならば、当然企業だって取り組んでいる。それでは、到底企業に勝つことはできない。しかし、10年先まで見据えて単独で研究を行っている企業は、そうそうない。莫大な研究コストを全て企業が自費で負担しなければならないからだ。その点、大学は、研究費を確保すれば、5年、10年と研究を続けられる。企業が負担するコストは10分の1程度であり、赤木が次々と企業との共同研究を成功に導いている秘訣と言ってもいい。

ものつくりの原点は「ゴム動力の紙飛行機」

パワエレに出会ったのは大学時代だが、工学に興味を持つきっかけは、幼少時から整っていたのかもしれない、と赤木は振り返る。父親が国鉄職員であったという赤木は、岡山市で生まれ育ち、毎日のように蒸気機関車の勇姿を目にしていた。家族旅行では、京都駅で当時最新の旧151系特急電車「こだま号」と遭遇。その時の記憶は今でも鮮明に覚えていると目を輝かせる。

小学校時代には、ゴム動力の紙飛行機もよく作ったと顔をほころばせる赤木。

「まず、竹ひごをお湯で曲げて、紙を張り、主翼、尾翼、垂直尾翼を作ります。完成品に霧吹きをしておくと、翌朝、翼の紙がピーンと張って締まり、破れにくくなるんです。実際に飛ばしてみると、急上昇・急降下したり、木や障害物にぶつかって壊れてしまいます。これを何度も繰り返して改良を続けるうちに、安定して遠くまで飛ぶようになったんです。これが私の『ものつくり』の原点になっています。」

こうして、ものつくりにすっかり魅了されていった赤木は、名古屋工業大学の電気工学科に進学。電気機器、制御理論、電力系統工学などの電力エネルギー関連の科目に興味を抱いたが、その中で最も興味を持ったのが「電力変換工学」であった。ここで赤木は、後にパワエレ技術と呼ばれる、シリコン半導体で大電力を制御する技術と運命的な出会いを果たす。高校時代には全く知り得なかった世界。それが、1,500V直流電車を駆動する直流電動機のトルクを制御する基幹技術であることに衝撃を受け、1973年4月に電気工学科4年次の卒業研究配属で迷わずパワエレ研究室を選択する。ここから、赤木のライフワークとも言えるパワエレの飽くなき研究が始まった。

逆転の発想で難問を解決した「pq理論」

赤木泰文教授

赤木にとって大きなターニングポイントになったのは、1983年4月、長岡技術科学大学講師の時代にパワーエレクトロニクス国際会議で発表した「三相回路の瞬時無効電力理論」だ。交流回路で実際に電力を消費するのが有効電力であるのに対し、電源との間で電力をやり取するだけで電力を消費しないのが無効電力である。日本を含めた世界の大学では、交流回路の有効電力と無効電力の講義は、単相回路から始めて三相回路へ展開している。同様に考えて瞬時無効電力を理論構築しようとすると過去の電圧・電流の情報が必要となり、厳密な意味での「瞬時」ではなく、正確性に欠けるという課題があった。1970年代には世界のパワエレ研究者・技術者がこの難問解決に挑戦したが、専門家を納得させる瞬時無効電力理論までは辿り着かなかった。赤木は逆転の発想で、三相回路から理論構築を開始して瞬時無効電力を定義し、数式を用いてその物理的意味を証明した。これが、「三相回路の瞬時無効電力理論」なのである。

「結果として、この定義と物理的意味は、専門家がなんとなく抱いていたイメージに合致していたので、すんなりと受け入れられました。現在では、瞬時無効電力理論は国内外で『pq理論』と呼ばれています。」

「pq理論」が完成すると直ちに三相電力変換装置へ応用し、従来の無効電力理論では実現不可能な運転特性を世界で初めて実証する。これらの研究成果をまとめた論文は、電気電子工学の分野では世界で最も権威あるIEEE※4論文誌(1984年7月号)に掲載。世界のパワエレ研究者・技術者を唸らせる。1983年の国際会議論文と1984年のIEEE論文誌論文の被引用件数の合計は4,000に達し、発表から30年以上を経過した現在も被引用件数は年々増加の一途をたどっている。

世界に冠たる鉄道王国を支えるパワエレ技術

赤木泰文教授

1991年に長岡技術科学大学助教授から岡山大学教授として生まれ育った岡山に戻りパワエレの研究を続けた赤木は、9年間を故郷で過ごした後、かつて大学院時代を過ごした東工大に研究の場を移す。しかも研究室は、まさに自分が大学院生時代に研究に没頭していた場所であった。それだけに責任感と使命感で身の引き締まる思いであった、と赤木は当時を振り返る。

「東工大の研究環境は恵まれています。『ものつくり』に直結するパワエレ研究室では、モデリング・解析、シミュレーション、実験装置の設計・製作、計測、データ解析・特性評価など、工学の研究に必要なほとんどを経験でき、修了後は企業や大学での研究開発に役立ちます。実験研究だけでなく理論研究など多様な研究室があることも、叡智と技術、そして先進の設備が結集した『研究の場』としての東工大の強みです。せっかく学ぶのであれば、この環境をフルに活用して欲しいと願っています。

優秀な留学生も多く、異文化交流も盛んです。そのなかには博士の学位を取得し、さらに日本語検定1級に合格する留学生もいます。その結果、彼らは日本の企業に日本人と同じ条件で採用され、パワエレの研究開発の中核を担っています。」

日本のパワエレ技術は世界の最先端にあると言う。それは赤木が幼き頃に憧れた鉄道がパワエレの応用技術を牽引しており、世界に冠たる鉄道王国である日本には電気を如何に効率的に使いこなすかという使命が常に与えられているのだ。

※1 インバータ

直流電力から交流電力を電気的に生成する(逆変換する)電力変換回路。インバータエアコンは圧縮機の回転数を広範囲に調整し、急速冷暖房だけでなくきめ細かい温度管理も可能で、しかも大幅な省エネを達成できる。

※2 MOSFET

Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistorの略。主にシリコン(Si)を使用した電界効果型トランジスタの一種。炭化ケイ素(SiC: Silicon Carbide)を使用したMOSFETは次世代の高圧大電流パワーデバイス。

※3 IGBT

Insulated-Gate Bipolar Transistorの略。MOSFETをゲート部に組み込んだバイポーラ・ジャンクショントランジスタで、現在主流の高圧大電流パワーデバイス。

※4 IEEE

The Institute of Electrical and Electronic Engineers の略。米国ニュージャージー州に本部がある国際的な電気電子学会。会員数は42万人で、技術系の学会としては世界最大。

赤木泰文教授

赤木 泰文(Hirofumi Akagi)

工学院 電気電子系 教授

  • 1970年3月岡山県立岡山大安寺高校卒業
  • 1974年3月名古屋工業大学 工学部 電気工学科卒業
  • 1979年3月東京工業大学 大学院理工学研究科博士課程 電気工学専攻修了
  • 1979年4月長岡技術科学大学 工学部 助手
  • 1981年4月長岡技術科学大学 工学部 講師
  • 1984年10月長岡技術科学大学 工学部 助教授
  • 1987年3月~12月マサチュ-セッツ工科大学(MIT)客員研究員
  • 1991年8月岡山大学 工学部 教授
  • 1996年3月~8月ウィスコンシン大学マディスン校客員教授(3か月)
    引き続きMIT客員教授(3か月)
  • 2000年1月東京工業大学 工学部 教授
  • 2000年4月東京工業大学 大学院理工学研究科 教授
  • 2016年4月東京工業大学 工学院 教授

主な学会賞

  • 1996年IEEE Fellow
  • 2001年IEEE William E. Newell Power Electronics Award
  • 2008年IEEE Richard H. Kaufmann Technical Field Award

主な学会活動

  • 2007年1月~IEEE Power Electronics Society President(2年間)
  • 2015年1月~現在IEEE Division II Director
工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に新たに発足した工学院について紹介します。

工学院別窓

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院別窓

※本記事は2016年8月に全学サイトSPECIAL TOPICS別窓に掲載した内容です。

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